だから、なぜ?
アイオイ アクト
ねえ、どうして?
妻は新潟生まれ新潟育ち。
しかもただの新潟生まれではない。一昔前のおじさまおばさまなら必ず知っているであろう港町の出身である。ほうぼう、のどぐろ、あんこう、すずき、巨大な寒鰤に南蛮えびが所狭しと並ぶ大きな魚市場は、魚好きなら身上を潰してしまう程の美魚の宝庫である。
港町生まれの妻には行きつけの寿司店がある。
その寿司店にはネタケースが無く、代わりに長大なベルトコンベアが店中をのたくり回っていた。
そこはたこだわりの回転寿司店ではない。明朗会計百円寿司店である。
あらゆる名魚を食し尽くした妻の行き着いた終着点が、何故半解凍の代用魚なのか、今持って謎である。
その寿司店で、私は繰り返し妻へとぶつける台詞があった。
「ねえ、どうして?」
私の疑問に、妻はだんまりを決め込み、箸に挟まれたネタを口へ放り込み、テーブルに転がったシャリを手で拾い上げて口に運ぶ。
再び、妻の箸が寿司を掴む。私の視線はその姿に釘付けとなる。
寿司が原型を留めていたのは数瞬だけ。シャリはボロリと崩れ落ち、半解凍のネタを箸に残してテーブルへと転がる。私の盛大なため息に、妻は恨めしい視線を送りつつも、シャリを手で拾い上げて口へと運ぶ。
「だから、なぜ?」
三たび、シャリがテーブルへと転がる。
私は正直、妻ほど回転寿司は好きではない。お金の無駄と思っている程だ。
だが、回転寿司へと足繁く通うのは無論、妻のこの不器用な食べ方をつぶさに観察したいからに他ならない。
普段は甘えん坊な妻が、眉間に深く皺を寄せつつ寿司と格闘する姿は、私にはたまらない光景なのだ。
次の寿司が持ち上がる。
それは私の思いに反し、正しく妻の口へと収まった。
そんな時、失敗を望んでいた私は心の中で、小さく舌打ちをするのである。
だから、なぜ? アイオイ アクト @jfresh
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