「勇者と魔王」――王道で、ありふれていて、そして、それだけに地力が試されるジャンル。目の肥えた読者にごまかしは一切、効かない。
本作は社会人ハウツーな主人公TUEEEE! と、勇者的な意味での主人公TUEEEE! が両立されており、かつ、各話が「ええっ! これからどうするの?」「ええっ! これどうなるの?」「ええっ! 今のどうやったの?」というフックを抜け目なく仕込み、間断なく読者を気持ち良くさせる手腕に満ちている。
邪悪だ。カロリー豊富でかつ複雑多彩な味わいを持つガトーショコラのように邪悪だ! 太ると分かっているのにやめられないとまらない! 人間の胃が砂糖と脂と塩を求めるように、ヒトの脳が求める快楽を供給してきやがる! こいつこそ、この作者クオンタム様こそラノベの大魔王よォ――ッ!!
本作は一ヶ月そこらで構想から執筆10万文字まですべて一挙に仕上げられた作品。強いて言えば多少粗く感じる箇所もありますが、作者が楽しんで物語を書かれていることや、活き活きしたキャラクターの躍動感が伝わってくる、とても楽しい作品です。
エピソード冒頭にアバンタイトルが入る演出も、「アニメになったらここまでがAパートなんだろうな」と自然に想像できるてワクワク感があり、するすると世界に引き込まれていきますね。勇者レオが語る「そういえばあの時」な思い出ばなしの数々も飽きが来ません。さすが経験豊富……!
ちなみに推し四天王は最初メルネスくんと思ったんですが、リリちゃんにかなりなハートを持って行かれました。だってずるいでしょ、レオとの馴れ初めから倒されるまでの経緯……(二話で語られる、四天王をどうやって倒したかの経緯も、ああこういうのが週間少年漫画みたいな調子でストーリーが繰り広げられたんだなーって考えられて楽しいです。目に浮かぶようだ!)。
外伝もやるとのことで、楽しみにしております!!!
最初にこの作品を目にした時には
「また勇者モノか。しかも勇者が魔王になる系か。なんでみんな、こんな手垢がついたシチュエーションが好きなんだ」
「中身は社会人ハウツーをファンタジーに落とし込んだものか。こういう現代の概念をファンタジー世界でやるのも、そろそろありきたりになってきたよな」
なんて上から目線バリバリの考えを持ちながら読み始めました。
ところが実際に読み進めていくと、いい意味で予想を裏切られました。まずナメていた社会人ハウツーの部分が素直に面白い。ファンタジーへの落とし込み方が上手いのはもちろん、説明臭さを感じさせず、サクサクと読み進めることができました。
「そして社会人ハウツーを駆使して無事に魔王軍に就職できました」という無難な形で終わるのかと思いきや、後半は全く予期していなかった展開に。ネタバレを避けるためにここでは明言しませんが、きっとあなたの予想を裏切り、期待に応えることでしょう。
惜しい点があるとすれば、キャラクターの人数が多すぎて、それぞれのエピソードがあっさりと終わってしまったのが残念でした。もっとじっくり、一人一人にスポットを当ててほしかったです。
少し不満点にも触れましたが、それでも読み進める手が止まらなくなる魅力がこの作品にはあります。最新の章まで追いついた時には「あれ、もう終わり?」と思いましたが、よく考えたら既に文庫本1冊に近い文章量になるんですよね。それだけの文章量を読んでいるはずなのに、それを感じさせない、ワクワクが加速するような読書体験は久しぶりでした。このレビューを書いている時点ではまだ完結していないので、最後までこの勢いのまま走り切ってもらいたいです。
社会人経験、もしくはバイト経験があって、無能な上司に苦しめられた方は間違いなく面白いです。是非読んでみてください!
根本的な話として、勇者が魔王の下で働くという構造自体には、決して目新しさはありません。
ですが、そこで「あー、よくあるやつね」と読まずに済ませてしまうのは、あまりにももったいない面白さを持っています。
その最大の理由は、普遍性があるからだと思います。異世界を舞台にはしていますが、出てくる問題は現代とまるで変わらない、身近なものばかり。仕事を抱え込みすぎて、潰れそうになる上司。効率が悪いけどワンマンだから逆らえない上司。そして、飲み会……。
働く上で欠かせないジレンマを、持ち前の効率主義思考と勇者足る強さでことごとく撃ち砕いていく主人公は、恐らく現代に異世界転生しても、一財を築くことができるでしょう。
そんな姿に、社会人である私は、カタルシスを禁じ得ないのです。いやー、めっちゃおもろいですわ。
なんなら、この設定そのままで自己啓発本作っちゃえば良いんじゃないですかね。「魔王軍に入社した勇者に学ぶ、仕事の効率よく進める10の方法」みたいな。