日当たりのいい家

作者 古池ねじ@木崎夫婦4/13発売

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50人が評価しました

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★★★ Excellent!!!

なめらかな文字運びの文章は、全編を通して、優しい音楽を聴いているようでした。
ゆすらさんの旋律にあわせて、木崎さん、崇さんをはじめとした登場人物の皆さんがそれぞれの音階を奏でて、よく、耳をすますと、お父さん、お母さんの「音」も聞こえてくるような・・・。

そんな物語でした。

★★★ Excellent!!!

作中に出てくる一文なのですが、あまりに読後の気持ちにぴったりな言葉だったので引用させていただきました。
しみじみ思います、この物語がこの世界にあることが嬉しい。そんな物語に出逢えたことも、本当に嬉しくてたまりません。

はじめは、なんて美しい文章の世界が広がっているんだ!と、文字を味わうことに夢中でした。
文字のすべてが心の栄養になるような読み心地で、出てくる一言一句にいちいち感情を刺激され、日本語の表現ってこんなにも魅力的なものだったんだと感動して、底光りのする美しい筆致に心底惚れ惚れとしました。
そんな感じで文章に酔いしれていたら、次第にストーリーにも飲み込まれ、気付いたらこの物語すべての虜になっていました。

途方もない喪失感を抱えながら、それでも生きていく主人公ゆすらさんと、そんな彼女にそっと寄り添うお料理上手な木崎さん。ふたりの暮らしぶりにそって、物語はゆっくりと進んでいきます。
その雰囲気が、とても好きでした。好きすぎて随所でしつこいくらいに泣きました。
切実で誠実な悲しみの描かれ方と、やわらかでさりげない優しさの描かれ方の対比に、どうしようもなく涙腺が緩むのです。
優しいものに触れたときに出る涙って、浄化作用が凄まじいじゃないですか。そういう類の涙が止まらなかったです。

料理だけじゃなく、優しさのレパートリーもやたらと豊富なのです木崎さん。
その愛を一身に受けるゆすらさんの優しさの受け取り方がまた、とても素敵なのです。拭い去ることのできない喪失感を抱えているからこそ、新たに得るものの尊さをいつでも噛み締めていて、そんなゆすらさんにしか見えないものが丁寧に描き出されてるところがとんでもなく素敵なのです。

愛情ってきっとこういうもの、というひとつの答えをふたりの中に見た思いがしました。
改めて思います。この物語がこの世界にあることが、嬉しい。

どうもごちそ… 続きを読む

★★★ Excellent!!!

登場人物が互いを尊んでいる、とても素敵なお話でした。

作中に登場する木崎飯、本当に美味しそうでした。
心を平穏にしてくれるおいしいご飯は誰かと食べるから意味を持っておいしくなるのだろうし、誰と食べるかによって幸せの感じ方が変わるのだろうなと思います。

ゆっくり時間をかけて自分の中に沈んでいる大きな石の塊に向き合う主人公に倣ってゆっくり読み進めていましたが、そうして良かったです。毎話、読後はあたたかい気持ちになれました。ちょっと泣きそうになりながら。

★★★ Excellent!!!

国民的作家だった父を亡くした若き女流作家の、どこか昭和レトロな雰囲気の日常。ぼんやりふわふわと過ぎてゆく、これといった事件も起こらない穏やかな日々の底にも、ずしんと重い喪失感や切実な孤独がたしかに潜んでいて、それでもやっぱり穏やかで温かく、料理上手の専業主夫・木崎さんの手料理の数々に彩られた丁寧な暮らしの手触りに癒やされます。そして、良い飯テロ。とても良い飯テロ。一章ごとに、いろんなものが食べたくなります。

★★★ Excellent!!!

主人公のゆすらは生きていくのがあまりうまくないタイプの人間かもしれません。神経の糸を張り詰めすぎたり、緩め過ぎたりして、失敗をしてしまう。そういう人だと思いました。

物語の中でもいつもどこかが緩みすぎていて、その裏でとんでもなく張り詰めたピアノ線のような、細い目には見えない糸の存在を感じます。

家主のいなくなった家で。娘のゆすらは夫の木崎さんとふたりぼっちで暮らしています。幼い頃からずっと慣れ親しんだはずの家なのに。自分の家なのに。肉親の不在が、周囲の態度が、ゆすらの存在を揺るがします。

そんな中で出会った、ゆすらの拠り所となる男性。なにもかもゆすらとは反対の、本を読まない、父を知らない、男性。
木崎さんは専業主夫として小説家としてのゆすらを支えます。ゆらぎない愛情と、温かい眼差しとともに、たくさんのごちそうを作って。

丁寧に積み重ねられた文章が、緊張感を保ちながら綿々と綴られています。
ゆすらの感じている違和感、差異、疲労、倦怠。才能への恐怖、亡くなった父への思い。毎日ごはんを食べて、仕事をして、ときどき外へ出て同業者と会ったり。自分へ向けられた周囲の同情や期待に押しつぶされそうになりながらも、物語の中でゆすらは小説家として大きなステップアップを遂げます。それはある意味彼女が父の死を乗り越えた瞬間なのかもしれません。
大好きで、偉大で、尊大な、父親。しかしゆすらはどこか、裏切られたような見捨てられたような気持ちを抱いてしまいます。傷ついた彼女を癒やしたのが木崎さんの料理と揺るがない眼差しなのでした。

奇妙な距離感をもった新婚夫婦の一年。みなさんもぜひゆっくり追いかけてみてください。美味しいごちそうと、季節と、何重もの愛情にくるまれた孤独が、頭の中で駆け巡ることになると思います。

★★★ Excellent!!!

優しい夫。美味しい食事。皮肉屋の幼馴染。いなくなった家族。小説家の父。遠い日の約束。
ゆるやかに、けれど容赦なく流れていく時間の中で、主人公のゆすらが感じる寂しさ、呼吸のし辛さが、豊かな情感で描かれています。
寂しさの影に何度呑み込まれても、生きていくこと。生きていけること。それを柔らかい手触りで、教えてくれたお話でした。

★★★ Excellent!!!

自分の内面で言葉になりきらないものに、しっかりと形をつけてもらえる、というような感覚を覚える文章です。
それは、簡単な言葉で済ませれば、ゆすらという人の言葉や考え方に「本当にその通りだな」と納得できる、共感できる、ということかも知れません。
そういう共感があるからこそ、おいしい食べ物があるおだやかな日常と、だけれど不穏な雰囲気が、不思議な心地よさを持っています。
大きな事件が起こらずとも、その文章をずっと読んでいたい、と思ってしまいます。

また、淡々としているようでいて、きちんとゆすらの心の動きに沿って構成されているように感じました。

前半は、自身の家から動けず、それが嫌で仕方がないのに、いざ動くことも恐ろしい、というような複雑な感情が、いろんな所から感じられます。
例えば、昔の家や家庭を思い起こさせる変わらない幼なじみへの感情や、逆に変わってしまった人への感情。
そういう類の辛さを感じたくないので、昔の自分や家とは関わりのない、変わっても変わらなくても関係がない人の所へ安心を求めている、というようなゆすらの脆さと今の状況がよく分かります。

だけれど、途中からその「安心」にも陰りが見えてきてしまいます。

そして、終盤、ある人との間のすれ違いが、すれ違ってしまった結果の今がはっきりとなり、切なさ、やり切れなさが迫ってくるようです。
その段になって、やっと、なぜゆすらがそこまで過去を恐れるようになってしまったのか、もしあの時こうなっていたら過去に苦しまなくても済んだのかもしれない、ということが分かった気がして、はっとさせられました。

でも、最後にはどこかすとんと腑に落ちてほっとするようなラストが迎えてくれます。
それまでと同じく、おいしいものを食べる、ということが、夫と一緒に過ごすことの安らぎを象徴していて、こうやって寂しい気持ちになってもちょっとした幸せでそれを埋… 続きを読む

★★★ Excellent!!!

 小説家のゆすらは木崎と結婚して同居生活を始めました。
 木崎は本を読みません。ゆすらの作品も、読んでと言われれば読む程度。先年亡くなった大作家・島田仁の娘、島田ゆすらであることを周囲に期待されて生きてきた彼女にとっては、それがとても大事なことでした。

 しかし周囲は島田仁の物語の延長として、彼が息子のようにかわいがっていた崇――同じく小説家――とゆすらが結婚する、そう信じていました。そんな彼らに対してゆすらが一生懸命、木崎のよさを説明しているの見ると、胸が苦しくなってきます。この「日当たりのいい家」は物語の初め、ゆすらが信じた木崎と結婚する必然性を、かたくなにはねのけています。木崎との歴史よりも、父との、母との、弟との、崇との歴史のほうが、ずっとわかちがたくしみついているために。

 ゆすらに望まれて仕事をやめた木崎は、過去をあまり気に留めない泰然としたところがあり、おまけにやさしくて料理上手な男です。木崎がゆすらにふるまうおいしそうな料理の数々は、食べるのが好きな方だったら、自分でも作りたくなったり、食べたくなったりしてくるかもしれません。おいしい、おいしいと食べているゆすらも本当に幸せそう。
 けれど、ゆすらが欲しいものを、欲しいときに、欲しいようにくれる木崎がいる生活は、冗談のようにできすぎています。ゆすらは、できすぎているという事実そのものにほんの少しずつ傷つき、読者もまた、ほんの少しずつ大きくなっていく不安を引きずっていくことになります。

 木崎や崇や弟などとの関わり、父や母の遺したものとの関わり、崇の幼さ、ゆすらの幼さ……。でてくる料理と木崎のやさしさにくつろいだ気持ちになりながら、かつての記憶に囚われ揺れ動くゆすらを心配し、寄り添うように読んでいくことができる。あたたかくもものがなしい、ものがなしくもあたたかい、そんな余韻ののこりかたをする小説でした。