つらくても、小さな幸せがそれを埋めて誰かと共に生きていける

自分の内面で言葉になりきらないものに、しっかりと形をつけてもらえる、というような感覚を覚える文章です。
それは、簡単な言葉で済ませれば、ゆすらという人の言葉や考え方に「本当にその通りだな」と納得できる、共感できる、ということかも知れません。
そういう共感があるからこそ、おいしい食べ物があるおだやかな日常と、だけれど不穏な雰囲気が、不思議な心地よさを持っています。
大きな事件が起こらずとも、その文章をずっと読んでいたい、と思ってしまいます。

また、淡々としているようでいて、きちんとゆすらの心の動きに沿って構成されているように感じました。

前半は、自身の家から動けず、それが嫌で仕方がないのに、いざ動くことも恐ろしい、というような複雑な感情が、いろんな所から感じられます。
例えば、昔の家や家庭を思い起こさせる変わらない幼なじみへの感情や、逆に変わってしまった人への感情。
そういう類の辛さを感じたくないので、昔の自分や家とは関わりのない、変わっても変わらなくても関係がない人の所へ安心を求めている、というようなゆすらの脆さと今の状況がよく分かります。

だけれど、途中からその「安心」にも陰りが見えてきてしまいます。

そして、終盤、ある人との間のすれ違いが、すれ違ってしまった結果の今がはっきりとなり、切なさ、やり切れなさが迫ってくるようです。
その段になって、やっと、なぜゆすらがそこまで過去を恐れるようになってしまったのか、もしあの時こうなっていたら過去に苦しまなくても済んだのかもしれない、ということが分かった気がして、はっとさせられました。

でも、最後にはどこかすとんと腑に落ちてほっとするようなラストが迎えてくれます。
それまでと同じく、おいしいものを食べる、ということが、夫と一緒に過ごすことの安らぎを象徴していて、こうやって寂しい気持ちになってもちょっとした幸せでそれを埋めて、一緒にずっと生きていくというのが本当なのかもしれないな、と感じました。

読んでいて、ゆすらという人の感覚にとっぷりと浸っていけるような、痛々しいけれどとても大切なことが詰まった作品です。

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