第10話
「アンタねえ、やり方が間違ってんのよ」
ホント使えないんだから。
え?と言いそうになった喉を抑えて、私はいつものようにへらりと笑った。
「すみません、どう間違っているのか、もう一度教えていただけないでしょうか」
「そんなもん見て覚えなさいよ!」
私は一層へらへらと笑った。申し訳ありません、私では判断しかねるので、もう一度誤ってしまうとご迷惑をおかけしますし、御手数ですがどのようにしたら良いのか教えていただきたいです。
「大体あんたねえ、そんな可愛い格好して、何しに来てるわけ」
「服装に問題があるなら、次回から気を付けますので、仰ってください。」
「そんな可愛い顔して男でも漁りに来てんの?使えない癖に。」
私のへらへら笑いは止まらない。黒いスキニーに白いブラウス、グレーの無地のカーディガン、ポニーテールをピンでとめたこの格好のどこが、『男を漁りに来ている』のだろうか。それともこのおばさまはデート服にこんな服装を選ぶのだろうか。少なくとも私は『男を漁る』なら、花柄のタイトなミニのワンピースに、ヒールを履いて、髪はおろして外巻きにし、赤いリップを付けるのだけれど。
お局様は結局、「正しいやり方」を教えてはくれなかった。仕方なしに他の社員に聞きにいくと、私のそれまでのやり方は全く間違ってはいなかった。
帰宅時間になり外へ出る。タバコへ火を付けると、私の横にカオルさんが並んだ。長期派遣のスタッフの一人で、年齢はよくわからない。もしかしたら、あのお局と同じくらいなのかもしれないが、少女の面影を残している、美人なお姉様、というのが大抵の人の抱く彼女への印象だと思う。
「今日あのババアに目付けられたでしょ」
「ああ、はい。私が使えないそうなので。」
「服装のことまで言われててさ、あたし、笑いそうになっちゃった。」
カオルさんは煙を吐き出しながら、くすくすと笑った。その香りが覚えのあるものだったので、あ、と、思う。
「私の服装、何か問題ありますかね?」
「どこにあるかっつーの。可愛い子は何着ても可愛い。それだけでしょう。ババアは何着てもババアだから、妬んでんのよ。女が女を嫌うのは大抵妬みだから、レイちゃんは何も悪くないし。物覚えもいいし。ババアがすっぴんでぼさぼさの髪してる方がどっちかってゆーと問題よね。」
けたけたと笑う彼女を見ていると、私まで少し笑えてくる。へらへら笑いではなくて、「面白い」という笑い。
コンビニ寄っていい?タバコ切れちゃった。彼女がそう言ったので、私は頷いて、近くのセブンイレブンまで行った。彼女が買い物をしている間、私はハイライトを大きく吸い込む。血管が収縮する感じがして、ああ、と思った。世界が少し狭まって、また少し、冷えてゆく。
「お待たせ、寒いねー」
「寒いですね、ほんと」
「あ、レイちゃんハイライトなんだ。珍しいって言われない?」
「割と、言われます。カオルさんは何吸ってるんですか?」
「あたしはコレよー、女子タバコよ。」
バージニア•ロゼ。ピンク色のパッケージが似合っている。
「私もバージニアのアイスパール吸って、る?た?んですよ。吸ってみたいな。一本貰えませんか?」
「いいわよー、はい。」
甘い香りとキツ目のメンソール。少女のような香りがする。やっぱりバージニアも買っておこうと、私は思った。
「ああ、火、つかないや。貸してくれる?」
「はい」
どうぞ、とライターを出す前に、カオルさんは自分の咥えたバージニア•ロゼを、私の咥える先端の火種に、そのまま顔を近付けて火を移した。優雅だった。こんな女性にならなりたいかもしれない。
「女子タバコってさ、吸ってる感じしないでしょ。」
「まあ、そうですね。いつものに慣れちゃうと。」
「あたしも前はアメスピだっから、全然吸った気しないのよね。」
「どうして変えたんですか?」
「男ウケ、悪いでしょ?」
「そうですね、間違いないです。」
私とカオルさんは目を合わせて、くすくすと笑った。お局様の悪口を言ってから、私に聞く。
「レイちゃん彼氏いるでしょ?」
私は、いつも、返答に困る。
「彼氏って、いうか。」
「あ、不倫?」
「どうして分かるんですか?」
「だってあたしがレイちゃんくらいだった時、奥さんいる人としか付き合わなかったもの。いいのよ、それで。それでいいの。自分が幸せだと思うなら、幸せなんだから。誰に何を言われようとね、それでいいの。」
バージニアは、直ぐに吸い終わってしまった。カオルさんにお礼を言って、また明日、と別れる。
そっか、それでいいのかあ。腑に落ちたようで、全く落ちないその言葉を胸にして、私は、白い息を吐き出した。
シンヤさんからのLINEが鳴る。ヤリてぇ、という4文字だけだった。
今仕事終わりました。大丈夫なら、お近くまで行きます。
既読が直ぐについて、今度は2文字。
来い。
わかりました、と私は打つ。あーあ、こんな格好で来なきゃよかった。せめて、Tバックでも履いてくるんだったなあ。まあ、お局に褒められたし、いいか。可愛いって。
シンヤさんの車には2、3度顔を合わせたことのある彼の友達がいて、よくわからないまま、3Pをした。
彼が楽しそうだったから、それでいい。
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