第11話

「私の行き着く先はどこなんでしょうか」

「どこがいい?吉原?すすきの?」

「近い方がいいです」

「そうだな。そうしたら俺も、直接会ってやれるもんな」

車の中は暖房が効きすぎていて、熱い筈なのに、脳だけが冷えていた。

「シンヤさんは、私を殺してくれますか?」

水槽のようなホテルの駐車場に入る。オーライ、オーライ、これでいい。ホテルへ入るといつものように私はウイスキーをロックで持って、彼の分の烏龍茶を持って、彼がエレベーターを開けているところへ滑り込む。入った瞬間、あ、と思った。初めて彼と来た部屋と同じつくりだったからだ。

「あれ、ここ入ったことあるよな」

「そうですね、多分、初めての時に」

「大塚辺りにアパート借りようかと思ってんだよ、お前と来るホテル代考えたら、そっちの方が安いもんな。」

でもお前住み着きそうだからな、とシンヤさんが笑った。

たったそれだけで、夢みたいに幸せだった。私のこと好きですか、なんて聞いてしまって、好きだよ、嫁がいるから2番目に。そう答えられた時くらい、幸せだった。この人の2番目は私しかいない。私は子供を産んだり育てたり、毎日料理を作ったりする1番目に課せられた義務を負わずに、2番目という特別な立場を享受している。これ以上望むことなんて何もない。私はただ、刹那的に生きている。

マリファナをやって世界が溶けて、私も溶けて、二人で溶ける。ぎぎ、とSのタトゥーの上に爪を立てられて、それから、内腿の桑の実に触れられた。

「何で勝手にこんなの入れてんの」

「ごめんなさい」

桑の実の花言葉は、一途な愛だって、嘘をついた。肉が抉れるかと思うほどに太腿を噛まれて、仰け反ったところを押さえ付けられる。

彼の大きな手が、私の鼻と口を覆った。

首吊り自殺は苦しくない。頸動脈からの血液の供給が絶たれると、人は数秒で失神する。「上手」に首を絞められた時も同じだ。浮遊感の中で、視界が暗くなる。ブラックアウトと云うらしい。

でも今回のこれは違う。彼が塞いでいるのは呼吸で、息が出来なくても、人は何十秒も動くことが出来る。痙攣するような苦しみの中で、私は彼の手を引き剥がそうとした。その手を押さえ付けられて、私は純粋なる、苦しさの中にいた。意識が白みかけた時、手を離されて、私は呼吸をしようとする。代わりにげほげほという喉からの音と、生理的な涙が視界を滲ませて、そんな私の頬を、シンヤさんはぐ、と掴んだ。

「びびってんじゃねえよ、殺して欲しいんだろうが」

私は、首を、縦に振った。その後に最中に首をまた絞められて、今度は頸動脈を綺麗に圧迫してくれて、私は、果てたのか、失神したのか、わからないまま、気が付くとぼんやりとした霞のようなシーツの中で、目を、開けていることに気が付いた。

「さっきの顔、よかったよ」

「…そ、ですか」

「お前も生きてるんだな、って思った。」

彼の携帯が鳴って、彼は酩酊なんてしていないかのように、それに出る。私はシーツの中で、丸まっていた。

携帯を置いた彼が、私に覆いかぶさった。

「お前は、俺の為に死ねる?」

「死ねます」

だって、もう、私は死んでいるから。あなたに殺されることだけを願っているのだから。

「じゃあ、俺の為に生きられるか?」

「……」

答えられない。

「生きるんだよ、お前は、俺の為に生きて、俺の為に死ね」

レイカ、と呼ばれる。もうこの呼び方をする人は、この人しか、いない。

初めて彼としたあの日の私の幽霊がここにもしも留まっているなら、私を見て私は笑うだろう。何本気になっちゃってんの、って、嘲笑うだろう。桑の実の花言葉は、共に死んで、だ。叶うことのない、願い。私だけが、私と一緒に死んであげられる。

シャワーを浴びている最中、シンヤさんの怒鳴り声が聞こえた。何かあったのだな、と、思った。私は知らぬ顔をして、少し長めのシャワーを浴びてから、部屋へ戻る。

帰りの車で、いつものようにくだらない話をした。いつもよりも、私の名前を呼ぶ回数が多かったから、私はそれが幸せだった。

「シンヤさん、好きですよ」

「知ってるよ」

葉っぱの後の煙草は、とても美味しい。私は家に帰ってから、着替えて、煙草をひたすらふかしていた。


私のブラジャーに、パッド代わりに挟まれた、マリファナのパッケージが、10あった。

翌日、彼と連絡が取れなくなった。

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バージニアと桑の実 繭蜂ナズナ @uminisizm

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