エピローグ

時の封印

「ここよー!」


 車椅子のまま霞がカフェテリアに入ると、翔子が笑顔で手を振ってきた。相変わらずゴージャスな服装が目を引く。


 霞は手を振りかえすと、コーヒーカップを受け取って翔子のテーブルに向かった。



「びっくりしたわ」


 席に着いた霞の顔を、翔子が興味深そうにのぞき込む。


「何が?」


「あんな解決方法があったなんてね」


「ふふ」


 霞は笑った。



 あの後、霞たちは結局「時をつなぐ演算」の結果を確認しないことに決めた。データをそのまま消去する道を選択したのだ。


 その代わり、現代のアシュレイに「未来から来た二つのアシュレイの意志」を突き付けた。


 現代のアシュレイは将来、そのどちらも選ばないことに決めたらしい。

「人類の最大多数の最大幸福」を実現するためには今、決断を下すしかなかったからだ。


 こうして「アシュレイによるタイムマシン開発計画」そして「人類のリアルホロ移管計画」は将来にわたって封印され、未来は予定通り、人類自らの意志に委ねられることになった。



「だけど、いろいろとありがとうね」


 霞がカップに手を添え、翔子に穏やかなまなざしを向ける。


「今さら何言ってるの? お互い様でしょ?」


「本当は知ってたんでしょ? すべて」


「まあね。だけど――」


「なぁに?」


「あなたに出会えてよかったわ」


 名残惜しそうに翔子が言う。霞は笑顔で答えた。


「わたしは嫌だったけどねー」


「本当に天邪鬼ねー」


「まったくね。誰に似たのかしら?」


 うそぶきながら翔子を見る。彼女には霞の言葉の意味は通じなかったらしい。


(自分自身の未来のことは知らないのだろうな)


 そう思う霞の前で、翔子は席を立った。


「じゃあ私、そろそろ次に行くわね」


「まだ安定してない時代を監視する任務が残ってるんだ? また会えるといいね」


「そんなこと絶対ないってわかってるくせに」


「あら、意外とそうでもないかもよ?」


 霞はコーヒーを飲み干すと、立ち去る翔子に手を振った。心の中で


(わたしのこと、お願いね。お母さん)


とつぶやきながら。そして自分もカフェテリアから出て行く。庭では玲が待っているはずだ。



(さてと、なんて言ってやろうかしら)


 そんなことを考えながら、霞は玲の背後に忍び寄った。




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時と霧の軌跡 叶良辰 @Quatro

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