「神話」はどこから来たのか、世界を体系化するのを夢見た男

 世界各地の神話や伝承のなかには、驚くほどの相似を見せるものがある。
 たとえば洪水伝説。
 あるいは楽園放逐。
 想像上の奇怪な生き物にも類似がある。
 それはひとつの「初源の伝説」が世界に広がったと考えるか、自然現象などの似た経験に基づいて、同時多発的に生まれたものと考えるか、その捉え方はおおむねふたつに分かれるだろう。
 本作は、前者の考え方をし、その思想の体系化に生涯を捧げた平田篤胤の物語。
 現代の視線で観れば、よほど民族的に共通の先祖を持っていることが明らかである場合を除いて、後者の立場を取る学説が多いのではないかと思われる。
 日本の神話や伝承を源に据え、世界を体系化しようとする平田篤胤の説は奇怪でときに醜悪でもある。
 けれども、その説には人を引きつけて止まない魅力も持っている。そう、いまもなお……
 本作は、彼の誠実な生涯と家族や隣人に愛された生涯を通して描いている。

 牛鬼とミノタウロス、疫病と迷宮の怪しい夢幻を彷徨い、ひとつの「真理」に至る彼の思索は、稀代の怪人物に相応しい。
 一筋縄ではいかない彼の足跡を、たった十万字強に納めた作者の力量は賞賛に値すると、私は思う。