愛しい者は死後どこへ行くのか。国学者・平田篤胤は問い続ける。

江戸後期。学問を志す平田篤胤は、本居宣長の書と出会う。
それが、牛の姿を追い、人は死後どこへ行くのかを探る長い旅の始まりだった。

平田篤胤。日本史で習った名前しか知らない人物です。
新しい知識に接すると、子供のように目を輝かせ、寝食を忘れて研究に打ち込み。
生活力はないけれど、周囲の人々が手助けしたくなるような、魅力的な人物として描かれています。
献身的に支える妻・織瀬の存在も大きい。

本居宣長の書は、死後の世界に深く触れていない。それは不可知であるから。
しかし篤胤は、夢で見た牛の姿を追うように、幽冥の迷宮へと足を踏み入れていく。
それは理論とかではなく、個人の信仰みたいなものではないか、とも思いますが。

江戸後期は、想像以上に、海外の文物が国内に入ってきていて。
篤胤は国学者ですが、西洋の神話や伝説の知識を得ることにも熱心。
古代の日本が最上であることを、諸外国の神話などを調べて立証する。
という、バイアスのかかった研究目的ではありますが。
本居宣長の門人が、師の書には一点の誤りもない、と疑いもせず主張するのに対して。
篤胤は、誤りに気づけば師の説であっても正していかなければならない、と言います。
その姿勢は、間違いなく学問でしょう。

現在ほどに医療の発達していなかった時代です。
人々は病でおびただしく死に、病を鬼神の災厄として恐れる。
篤胤が失った愛しい者は、死後どこへ行くのか。
愛しい者には、死後も美しい場所にいてほしい。
迷宮を抜け出した彼の結論には、そんな願いが溢れています。

作者様の『幻想ニライカナイ―海上の道―』も他界を扱った作品でお薦めですので、ぜひ。