幕末SF 死の商人クラハー
長崎港を望める夜景は、見物だった。
「さすがだな」
「ですね」
高台の庭園から景色を見下ろしているのは、長州藩の貴杉晋作と部下の二人。
彼らはある商談の為に、長崎はクラハー邸に出向いていた。
「我ながら、良いところを選んだと思っている」
貴杉の背後から、細身の若い外国人が流暢な日本語で声を掛けた。ギラリと輝く鳶色の瞳や、20代前半に見えぬ佇まいに、あぁ只の西洋人では無いな、と一目で貴杉は悟った。
その後ろには、護衛なのか、黒スーツの大男が付いている。
「ここから、長崎港を行き来する船を眺めれば、日本の動きが分かるんだ」
長崎港には、幾つもの外国船の灯が点っている。
「そして、まさに今、日本は成長の渦中だ」
クラハーは言った。
「おかげで、クラハー商会も順調だしな」
貴杉が付け加える。
クラハー商会は、クラハーが開港間もない頃に日本に設立した貿易会社だ。茶の類から船舶まで売り込み、長崎における外国商館の最大手となっている。
「少々、夜風が冷たい。中へ入ろう」
クラハーは気にする風もなく、邸宅に招いた。
クラハー邸に近づけば近づくほど、いかにも異国の住宅で、周囲をぐるりとベランダが囲む様は、貴杉の目に新鮮に映った。
貴杉と部下が玄関に入ると、護衛に止められた。護衛が手で示した先に、赤いランプが点っている。
クラハーが、廊下の奥から声を上げる。
「すまない、玄関にセキュリティーチェック用の金属探知機が動いているんだ。そのカゴに武器等は置いてくれ」
「はぁ、厳重ですね」
感心する部下に、クラハーは更に続けた。
「血生臭いモノは、邸宅に持ち込みたくは無くてね。落ち着いて商談をしたいんだ」
意外にも貴杉は、素直に従って認証刀、認証リボルバー銃をカゴに置くと、こう言った。
「さぁ、これで、血生臭い商談ができる」
部下は、口をへの字にする。廊下の奥に視線を写すが、クラハーは先に応接室へ入っていて、反応は窺えなかった。
部下は貴杉に囁き声で注意する。
「商談前に、機嫌を損ねさすつもりですかッ」
ここまで、クラハーの様子が気になるのは、彼が何しろ紛れもない武器商人であり、扱う品も、物騒極まりない最新兵器だったからだ。
大抵その手の人物は、商談相手の一挙手一投足をシビアに見定めている。新兵器の手配に進退を賭けている長州藩にとって、慎重にならざるおえないのだが━━。
「血生臭さの元凶だろうが」
と、貴杉は依然、横柄な態度を崩さない。
「まぁ、間違いでは無いけども」
商談の中味が中味だけに、血を避けるのは土台無理な話と、部下は一人で無理くり納得する。
応接室に入り、クラハーの正面のソファへ腰掛けた貴杉は、で、例のモノは? と口を開く。
「あれが、君らが欲しがっているモノだ」
クラハーは視線で、部屋の端を示す。そこには箪笥大の木箱があった。『
「ここにあるのは一つだけだが、全部で十五機。能力は保証する」
貴杉は、立ち上がる。
「開けて見て良いか?」
「もちろん」
木箱の蓋を取ると、黒塗りの外骨格装備が姿を現す。胴体は、洗練された西洋の甲冑にも見える。腕部、脚部は武骨な骨格が顕になっている。
「後から、肩に重火器が載る。それを纏えば、文字通りの百人力、いや、一騎当千の活躍をするだろうな」
貴杉は満足気な顔になったが、ふとあることを思い出した。
「そういえば、四脚の自律兵器はどうなってる?」
「
「こっちは多少、荒くても目を瞑るぜ。何なら実戦投入してデータを取っても良い」
「そう甘くはない。が、いずれ御披露目しよう」
貴杉は、どすりとソファに腰掛けて言った。
「さすが、死の商人」
「先輩、失礼ですよ」
すかさず、部下が注意する。
「大丈夫だ。武器を売ろうと決めた時点で、そう言われるのは覚悟している」
クラハーの一言で、少し沈黙が流れる。
「覚悟だってさ、覚悟」ふんと貴杉は鼻を鳴らす。「ドンバチの引き金を引けば、あとは金が懐に入り、そんで見物だもんな。いい覚悟だ、いい仕事だ、商人ってのは。武士とは勝手が違うね」
「ちょっと……!」部下が貴杉の腕を掴む。
「……何が言いたい?」クラハーが凄む。
貴杉は飄々と言い放つ。
「今回は金が無ぇんだ」
「えっ?」と部下が驚く。
貴杉は、金の工面も出来ぬままに交渉をするつもりだった。
「貸せ。そうすれば、俺が命に代えて勝つ。勝てば、“次の戦争”と“更なる大金”が手に入るぜ」
「酷い条件だな」
クラハーは睨む。
「必ずだ、約束する」
貴杉が強気に言った。
「武士に二言はないって言うのか?」
「ああ、俺は魂賭けて刀を下げてるんだ。刀が錆びれば斬れねぇし、振るう身の方が錆び付けば、その刀で腹を斬らねばならねぇ。言うを成す、それは武士の覚悟だ」
クラハーは口元を緩めた。
「武士というのは、変な奴らだな」
「商人よりは、真っ直ぐな信念を持つ連中だ」同じく貴杉も口元を緩めた。
クラハーは天井を仰ぎ見る。
「信念の拠り所が、違うんだろう。武士が刀ならば、商人はこれだ」
1ドル銀貨を、取り出した。
「悪銭だろうが、泡銭だろうが手に入れる。金は錆びても替えが利く。目標の為なら一度や二度、己が汚れるのも厭わない」
「目標?」
貴杉の問いにクラハーは答えなかった。
「次の戦争が欲しいなんて、何時言った。俺を勘違いしているな」
クラハーは立ち上がり、窓から景色を見る。
「そもそも、
ARMSTRONGは肉体労働の補助として。
SHEPHERDは運搬用無人機として。
「本来は、人の安全を護り、危険な任務を肩代わりするはずなんだ。全ては、国の基盤を作り上げる為に」
クラハーは唇を噛む。技術そのものは悪ではなく、利用する側の心を写している。
「あんたが……国の基盤……?」
貴杉は、少し驚く。
「まぁ、最初はただ儲けに来ただけだがな。だが、なんだろう。君みたいなひどく真っ直ぐな武士という人種に感化されたのかもな」
貴杉は黙ったまま、クラハーを見つめる。
「そんな奴らが創る国がどんなものか、見てみたいんだ。それが今の目標だ」
クラハーは意を決した。
「貸してやろうじゃないか。利子はそうだ、国の平定を持って返してもらおう。そしたら、富国のオマケを付けてやる」
幕末SF短編集 「人斬り伊蔵」 緯糸ひつじ @wool-5kw
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