幕末SF 奇才貴杉

 ━━取材を受けて頂き、ありがとうございます。まずはお名前と、貴杉晋作とのご関係を、よろしいでしょうか?


 はい。

 私は宇乃と言います。彼の愛人でした。

 私が芸妓をしていた二十歳の頃に、彼と出会いました。

 彼は「一目で惚れた」と言い、私を身請けしてくれたんです。



 ━━亡くなられた貴杉さんについて、印象的な思い出があれば、お聞かせください。


 えー、確か、二月のことです。

 梅の花が咲いているのを覚えています。

 下関の山荘で、彼が療養しているときに私が看病しました。



 柔らかい日光が、縁側を暖めていて、この時期にしては、朗らかな陽気でしたね。


 でも、彼は布団の中に居ました。不治の病、結核は確実に彼を蝕ばんでいました。


「調子はどうですか?」

 縁側に座って振り向き、私は彼にそう尋ねると━━

「あぁ、酒でも飲みたいな」

 なんて言って、彼は笑います。

 でも、よく冗談を言う彼が、このとき、ふいに真面目な顔をしたんです。


「三全世界のからすを殺し、主と朝寝をしてみたい……か」

 彼はぽつりと呟きました。


 出会った頃に彼が作った歌です。

 朝に騒がしく鳴いている鴉を、すべて殺してでも、好きな人とゆっくり静かに朝を過ごしたい。そんな歌でした。



「それ、昔、私に歌ってくれたものですね」

「あァ。まさに今みたいなことだな」

 彼は布団の上で、梅の花を見つめてました。


「四境戦争を思うと、今こうやって穏やかな生活をしているのが不思議だ」

 彼は、その戦争を思い起こすように、目を細めます。厳しい戦いだったとしか私には言わず、想像が及びません。


 なんとなく、嫌な沈黙が流れたので━━

からす、居ないですね」


 そんなことを言いました。



 ■

 ━━あなたの名前とご関係を、まずお聞かせください。


 は、はい。源太郎(仮名)、部下です。

 あッ、すみません、仮名で。

 あまり貴杉先輩のことを変に言うと、上層部が怒るんですよ。


 貴杉の名を汚すなッて。



 ━━大丈夫ですよ。安心して好きなように語ってください。


 分かりました、じゃあ、のびのびと。

 貴杉先輩には、いつも驚かされるンですけど。

 戦争の序盤ですね、あのときは、流石に引きました。


 貴杉先輩が、夜中の戦艦の上で、大声で出したんです。

「えーいッ! 幕府の奴らを殺ッちゃえー!」



「何してんすか、貴杉先輩ッ! あなたが闇に紛れて奇襲するッて言ったんでしょう?!」

 僕、必死に止めましたよ。

 それでも、先輩は無邪気に━━

「ほらほら、みんな慌ててるぜ、見てみろよッて」

「バレてるじゃないッすか」

 あのときは、頭を抱えましたね。


「うるせェ! いざ砲撃、始めッ!」


 貴杉先輩が率いる戦艦が、幕府軍の4つの軍艦に夜襲をしたんです。

 でも、指示はデタラメ、めったやたらに撃ちまくり、結局そそくさと逃げる始末。

「貴杉さん。全然、当たってないッすよ」


「良いンだよ、これで」

 貴杉先輩は、ニヤリと笑いました。


「花火大会の、始まりの合図だと思ッとけ」

「なんすか、それ」

「俺らは、花火なんだよ」

 的を射ない説明で、よく分からなかったんですけど、先輩はなぜか満足そうでした。




 ━━すみません。その戦争について詳しく、教えてもらっていいですか?


 分かりました。

 慶応2年、四境戦争。

 幕府からは、第二次長州征討と呼ばれてますね。僕ら、完全に悪役です。

 幕府軍15万人VS長州軍3500人。日本中が長州の四点に攻め込むという、文字通りの四面楚歌。長州滅亡の危機でした。


 まァ、その状況を作ったのは、貴杉先輩なんすけど。


 貴杉先輩、嬉々として言ってましたよ。

「真の楽しみは、苦しみの中にこそある」


 知らねェよ、ドMかよ、一人でやれよ。

 長州藩の面々は、総ツッコミです。

 でも、貴杉先輩、圧倒的不利だったのにクーデターを起こして、打倒幕府へと長州藩をひっくり返しちゃったんです。


 僕は逃げる戦艦の上で、

「打倒幕府なんて言わなきゃ、こんなピンチにならなかったのになァ」

 そう呟きながら、貴杉先輩の背中を見ました。


 どこに勝機があったのか、背中は自信に満ちてましたね。



 ━━確か、あなたはその数日後、戦争の前線に居たとか?


 そうです。

 夜襲のあと、幕府軍に奪われていた周防大島に上陸します。

 戦力差が有りながらも意外や意外、戦況は膠着してました。


 たぶん、貴杉さんの夜襲が効いたんです。

 幕府軍にとって、いつ狙われるか分からないプレッシャーになったのかも。

 なんとなく、疲弊してる感じでした。


 激しい戦闘は続きます。

 銃弾と怒号が飛び交う中、僕は拠点に無線を飛ばしました。

「貴杉先輩ッ、僕ら、後退してます」


『大丈夫だよ、まだ俺らは実力の半分も出してねェ』

「何言ってんすか。ほとんどの兵は出払ってますよ」

 前線の苦労も知らずに、呑気です。


『凄いなー、音割れ』

 砲撃の音が耳をつんざいてきます。

 うるさいんです、戦場って。

 目線を上げると、もう━━

「前線がッ、もう崩れそうですッ」



『しゃあねェな、もう半分出すか』

「そんなのどこに居るんですかッ!」

 そう僕が叫んだとき、幕府軍の軍勢が乱れたんです。



『切り札は隠さねェとダメだろ。ギャーギャーうるせェからす共を喰い切って、すぐに静めてやらァ』



 目を凝らすと、幕府軍の横っ腹に、十数体の兵が突入してました。

 戦い方は、凄惨と呼ぶべきか、圧倒的と呼ぶべきか、とにかく強かったです。



『奇兵隊、喰ってこいッ!』

 貴杉先輩が、そう吠えたのを、僕は覚えてます。



 ■

 ━━では、まずお名前とご関係を。


 奇兵隊の隊員、鈴木(仮名)です。

 申し訳ありません、奇兵隊は名前と顔出し、NGなので。



 ━━奇兵隊とは、何ですか?


 貴杉さんが、創設しました。

 身分に依らない精鋭の隊員と、最新兵器が、持ち味の特殊部隊です。


 貴杉さん曰く、「奇兵隊は“野蛮”な部隊だ」そうです。

 農民、猟師、職人、僧侶。

 身分に関わらず登用したのは、何故か分かるか、と。

「平和な社会を、肩で風切って歩いてた武士よりも、お前らの方が修羅場を潜ってるだろ」と言ってました。

 まぁ、確かに私達は、武器を手にして暴れたかった平民ばかりでしたし、奇兵隊創設の直後は、やんちゃばかりしてました。




 ━━周防大島を奪還するときは、何をしていましたか?


 貴杉さんの号令と共に、潜伏していた奇兵隊15名が“切り札”を纏い、幕府軍に飛び込みました。



《戦闘モード》

《高速機動に切り替えます》

《自動照準……敵砲をロックオン》


 切り札とは、英国から購入した強化外骨格装備『アームストロング』のことです。

 大猿のような腕っぷしと機動力、AIによる戦闘アシスト、搭載された銃火器。当時の最強兵装でしょう。

 

 敵を薙ぐように蹴散らしては、戦場を跳び回りました。



『戦艦二つ分の費用が掛かってんだ、負けたら許さねェぞ』

「そもそも、そんな高い買い物、よく藩が許してくれましたね」

『許可を取ッてないんだ、後で請求するッ』

 酷い話ですよね。でも、結局、それが周防大島奪還の要因となったんです。



 ━━たしか、周防大島の奪還を果たした後、一気に形勢が傾き、長州軍が勝利したんですよね。


 クーデターの時といい、勝利を確信していたのは貴杉さんだけですよ。


 ━━なるほど、神がかった先見の明ですね。



 ■



「鴉、居ないですね」


 彼は、またニヤリと笑います。

「俺が喰った」

 とにかく笑顔が印象に残る人でした。



 ━━そんな豪傑な人が結核で……。27歳では、あまりに早すぎます。


 そうですね。

 でも、こんなことも言ってましたよ。


「俺は花火になりたかったんだよね」

「……花火?」

「花火ッてサ、派手にパッと上がると、みんな見上げるだろ。それと同じなんだ」


「俺らが派手に戦争して、幕府の脆弱さを明らかにしたから、日本中が一点を見つめるんだ。新しい政治の方向にな」


 彼は、花火の役目をしっかり果たして、身を燃やし散ろうとしてたんでしょう。


 ━━そうなんですか……。


 こんな感じで、よろしいですか?


 ━━ええ、ありがとうございます。やはり、すごいヤツですね。貴杉晋作ッてのは。


 まぁ、すごいですけど、亡くなった方の人格を、AIに再現する必要があるのでしょうか。


 ━━それは“神がかった先見の明”が、まだ長州に必要だからだよ。


 それに親しい人物から、一から逸話を聞いて学習していくAIなんて、少し面倒ね。


 ━━うるせェ。ダイアログから学習する、それが仕様だから、仕方ねェだろ。


 ━━そもそも英雄ッてェのは、皆が口々に逸話を残すものなんだッて。


 ━━そして俺は、それに価するヤツだろ?


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