幕末SF 鬼土片
戦場となった市街地に、一人。
土片歳三は刀を振るう。
斬れども斬れども、血は噴かず、滴らず。
軍服に、黒い染みが付く。
深い一息を吐き、刀の腹を睨む。
てらてらとした黒い液体が付着していた。
「重油か……」
次々と斬り伏せた鉄屑を眺める。
転がる鉄屑には『SHEPHERD』『MADE IN BRITAIN』の文字。
英国から輸入したであろう兵器だ。
「文字通り、新政府軍の“犬”ってか」
転がる“犬”を、土片は足で弄る。
寸胴の体躯からは、華奢な四脚が伸びる。
脚はまだ蠢き、内燃機関が唸っていた。
四脚型自律戦闘兵器。
内燃機関で駆動し、4本の脚で駆け回る、新型の戦闘ドローンだ。
不整地での物資輸送や、人的被害を避ける為の戦闘行為を目的として作られた。
斬り伏せた一機は、背中にガトリング砲を搭載していた。
『土片隊長、大丈夫ですか』
イヤホンマイクに通信が入る。
「あァ、もちろんだ」
『また、そちらに“犬”、行きますよ。キリがないです』
了解と伝え、土片は愚痴る。
「今さら、こんなもん投入しなくて良いだろうに。御苦労なこッた」
旧幕府軍は、江戸城の無血開城後、諦めきれない幕府残党が、拠点を宇都宮へと移していた。
かなり厳しい状況が続く。護るべき主君もいない。戦力もない。軍資金もない。
では、なぜ旧幕府軍相手に、新政府軍は新しい兵器を投入したのか。
「まァ、俺らは実験台の鼠だろうな……」
旧幕府軍は、いずれ敗北する。
そんな終わりの見えた戦いで、土片は刀を振るう理由を見失っていた。
「俺は、時代遅れか」
土片は、もともと農民の出身だった。
そこから幕末の動乱を「武士よりも武士らしく」を信念に、刀一つでのしあがってきた経緯がある。
しかし、最新の戦場において、刀は、忠義は、人は、もう要らない。
戦場は、刀から銃弾へ、人から機械へ、移り変わる。
戦争は
戦争のパラダイムシフトが、土片歳三を完全に否定していた。
『新撰組Ⅲ班、交戦中。Ⅰ班、囲い込みましょう』
「了解」
遠くから、ぱらぱらと銃声が聞こえる。
土片はそちらに向き直り、駆け出した。
■
土片率いる新撰組は、市街中心にある寺の敷地内に入った。依然として、人影は無い。
土蔵の扉の閂を抜いて開け放つ。
「新撰組、土片歳三だ。待たせたな」
埃が舞う中に、くたびれた老人が居た。
「助かったのか……」
老人は、安堵の表情を浮かべる。
土蔵から這い出ると、煤けた顔があらわになった。
幕府最期の老中、板鞍勝静だ。
板鞍は、新たな政権でも徳川慶伸が実質的な政権掌握ができるよう、画策していたが、そのせいで新政府軍から反発を食らい、幽閉されていた。
「もう、助からんと思っていたよ」
板鞍の疲れが窺える。
「そもそも旧幕府軍にも、助ける余裕は無い」
土片は厳しい表情を崩さずに言った。
だが、と土片は続ける。
「お前に聞きたいことがあッてな……」
この救出は、土片の独断の作戦だった。
■
前日の夜。
「頼みがある」
最盛期から大分減ってしまった新撰組の隊員を集め、土片は言った。
「幕府の要人、板鞍勝静が寺に監禁されているとの一報だ」
背中を預ける仲間に、言葉少なく伝えた。
「救出する」
救出作戦は、新撰組の十八番だった。
もともと市街地でのテロ対策や要人警護の特殊部隊である上、鳥羽・伏見の戦いの敗戦から、西欧兵術であるCQB(Close Quarters Battle、近接戦闘)を学んだからだ。
新撰組は、度重なる歴戦を経て、市街戦に特化した洗練された部隊になりつつあった。
土片は、危険な任務の上に自分の酔狂による独断だ、と前置きして冗談っぽく言った。
「世に生き飽きた者だけ、ついて来い」
■
そうして集まった仲間と、“犬”が駆け回る、危険な市街地を抜けてきた。
「お前に聞きたいことがあッてな……」
「何でも構わんが」
「お前の優秀な部下は、黒船来航後の混乱を見て、既に幕府の滅亡が避けられぬことを察していたようだな」
あまり聞きたくない話なのか、板鞍は言葉が詰まった。
「そ、そうだが」
「意見が合わず、部下の大半に嫌われ、無理やり隠居させられた」
板鞍は渋い顔で頷く。
「そうだ」
「でも尚、幕府を諦めなかったが為に、監禁された」
その固執が土片の疑問だった。
幕府最期の老中に、問う。
刀と同じように、時代が必要としていないのに。新しいパラダイムが否定しているのに。
「なぜ、それでもあなたは幕府を見捨てないのか」
板鞍は、土片の目を見据える。その問いの真意を測っているようだった。
そして、板鞍はきっぱりと言い放つ。
「忠義に、理由など必要か?」
ここにも時代遅れが一人か、と土片は思う。
それと同時に
「なるほど」
そう言葉が洩れた。
土片は、部隊に命令した。
「街中に火を放て、板鞍を拠点まで護衛した後に、城攻めを始める」
■
火を放ちながら市街地を進む。
宇都宮城下は、もはや街ではなかった。
火焔が荒れ狂い、地獄のようだった。
黒煙がもうもうと立ち込め、数ブロック先も見えない。
風下に入った新政府の宇都宮城が煙に包まれた。
配備されていた数多の“犬”は、踊り狂う炎を画像認識アルゴリズムで捉えられず、不用意に炎に身を入れてしまっている。
出てきた“犬”は、精密な部品が膨張、変形して、動きが緩慢でぎこちなくなっていた。
のさばる“犬”の殲滅を開始した。
のろのろと這う“犬”に、刀を叩き込む。
土片の一刀に迷いは無い。
「理由を見失う、なんて馬鹿な話だ。一度、誓えば、もう理由など要らんのに」
羽織の“誠”の字は、『言ったことを成す』と書く。
武士に二言は無いとは、この為だ。
武士よりも武士らしく。
「“犬”、 そのレンズで捉えとけ。いまどき、武士は珍しいぞ」
『土片さん、目立ちますよッ。死ぬ気ですかッ』
無線が飛んでくる。
軍服の上に、馴染んだ陣羽織を纏った。
背中には“誠”の一文字。
「俺が新撰組副長、土片歳三だ」
この日、此処から、函館で凶弾に倒れるその日まで。
この鬼の往く処は、地獄と化す。
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