「今日も書けない」を題材に。

作者 ひつじ

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★★★ Excellent!!!

今を輝く小説家やライトノベル作家のように名文がゲロゲロ書けるなら、一生ゲロ吐き続ける呪いにかかっても構わない……いや、それは問題か。

チョロQだって一回後退させるんだから、前進するには後退も必要じゃないでしょうか?ねじ切ったら前にしか進まなくなりますぜ!

※要約「みんながんばろうぜ!」

★★★ Excellent!!!

「書けない!」という悲しみは、本人にとってはとても耐えがたい苦痛だ。
私にも、その経験がある。書きたくても書けなくなった時がある。

そもそも、『物語を書く』という行為は、その隙間に多くの絶望の種が潜んでいる。
まず最初に、アイディアが思いつかない。
思いついたとしても、まとまらない。物語の形にならない。
物語としてはまとまったけれど、文章に起こすと全体的に何かが違う。
すべての要素に納得して送り出した自信作なのに、全然読まれない。

これら多数の『思い通りにいかない』を感じ続ければ、次第に「こんな辛い思いをするなら書きたくない!」となり、最終的に「もう書けない……」と絶望してもおかしくない。

でも、その『書けない苦しみ』というものは、逆に言えばそれだけの『書くことへの熱意・執着』がある、ということでもある。
また、『書けない』という悩みを通すことで、自分が本当に言葉を使って表現したい世界に真剣に向き合うことができる。
そう考えると、『書けない苦しみ』自体は、あまり悪いものではない。むしろ、自分の内面と向き合う大チャンスと言えよう。

感じた苦しみを通して、本当に自分が書きたいものを本気で考えて、自分なりの答えを見つけ、好きなように書けばいい。どうしても書けないなら、書かなくていい。それもまた、一つの答え。

『書けない苦しみ』を、自分なりの答えのヒントとする。
『書くことへの自由』をもたらすための、過程なのだと考える。
それが、『自分のための執筆』について大切な要素なのだと、私は思っています。