三章:ジル・ド・レの願い

 一度はイングランドの手に落ちたオルレアンの城。しかしヴィランという第三勢力によって図らずも解放された今、主の代わりに王の寝室に立つのは、ジル・ド・レ一人。窓際から遠い夜空を見つめる彼は、誰も居ない筈の背後の闇に向かって、幾つかの問いを投げかける。


「……これで本当に、ジャンヌは救われるのだろうな?」


 すると闇の中からうごめき出た影のうねりは、寸時に人の形を象って答えた。


「クフフッ。貴方がそう望み、且つテラーとしての役割を全うするなら、ね」


 ウェーブの掛かった紫髪に、やはり同じ紫の外套がいとうを纏った不気味な青年。――彼の名はロキ。幾つもの想区を渡り歩きながら、カオステラーを生み出しては去っていく、エクスらにとっては言わば悪の象徴の様な存在だった。


「私の望みは一つ。ジャンヌが幸せに暮らせる未来、それだけだ」


 だがそんなジルの言葉を、ロキは一笑に付す。


「――むかしむかしあるところに、羊飼いの少女が居ました。少女は幸せに育ち、幸せに結ばれ、幸せに子を育み、幸せに生涯を終えました。めでたしめでたし」


 まるで面白味の欠片も無いとばかりにあらすじを読んだロキは、つかつかと石畳を歩きながら続けた「それじゃあ物語にならないじゃないですか」と。


「ではどうすれば良いのだ? 今やイングランドは放逐ほうちくされ、後は国王の叛意はんいさえ削げば済む話だろう?」


 困惑を隠し切れないジルの側にロキは近づくと、その猛る唇を人差し指で押さえて、悪戯げな笑みを浮かべた。


「クフフッ、もう気づいてるんじゃあないんですか? カオステラーとして全ての結末をった今、貴方は貴方の、貴方の中に巣食うドス黒い悪魔の顔に」


 思わず歯ぎしりをして見せるジルに、止めを刺す様にロキは結んだ「その意のままに動くのです。君の大切な女性ひとの幸福を、阻もうとするすべからくを滅する為に」と。


 言うや煙の様に姿を消したロキの後に、また一人取り残されたジル・ド・レは、もう一度空を見上げると独り言ちた。


「殺人鬼……青髭……それが、私の……正体……」




*          *




 翌朝、小鳥のさえずりを目覚まし代わりにエクスたちは起きた。ジルの計らいで久方ぶりにありつくまともな食事に、誰よりもレイナが垂涎すいぜんし瞳を輝かせる。


「はふはふ、やはり英気を養ってこその、はふはふ、カオステラーの、はふはふ」

 

 もう何を言っているかすら分からない調律の巫女をそのままに、タオとシェインもガレットを頬張る。郷土料理の一種であるそれは、チーズやベーコンを織り交ぜた、そば粉仕立てのクレープだ。


「おいしいね、これ。――ファムにも食べさせてあげたかったなあ……」

 ふと思い出した様にフォークを止めるエクスに、レイナも「はによ、えふす」と、喉につかえた食事に悶えながら食いつく。


 ファムとは道中、孫悟空の想区で出会った不思議な魔女だ。レイナとは顔馴染みの様ではあったが、エクスもタオもシェインも、彼女の事は良く知らない。今回も「調べ物がある」だとかでパーティーを離脱したファムは、今頃気ままに一人旅を楽しんでいるのだろう。ちなみに見た目は、エクスの初恋の相手、シンデレラにとてもよく似ている。


「元気にしてると、いいけれど」

 そう呟いたエクスを小突き「新入りさん、あんまり他の女の子にうつつを抜かしていると、レイナの姉御が火を吹きますよ」と脅してみせた。


「な、わ、わらひが何を……!!」

 しかしレイナが慌てて否定し、ガレットを吐き出しかけたその時だった。ノックもそこそこに部屋のドアが開けられたのは。




*          *




「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

 見ればフランスの将、ジル・ド・レが剣を携え立っている。その装いからは、穏やかな表情とは裏腹に、今にも戦場に打って出そうな気迫が感じられた。


「ありがとうございます。おかげ様でぐっすりと」

 当たり障りの無い笑顔で答えるエクスに「よかった」と、こちらも社交辞令の返事を済ませたジル・ド・レは「早速だが」と本題に入った。


不躾ぶしつけですまないが、あの悪鬼どもの討伐に協力して欲しい。イングランドとの戦争で摩耗まもうした我が軍に、悪鬼を滅するだけの力は無い……頼む」


 そうして頭を下げたジルに「良いってことよ。俺たちはほうぼうで悪魔を退治して回るスペシャリストだ。泥船に乗ったつもりで安心してくれ」と、意気も軒昂けんこうにタオが答える。


(タオ兄、そこは大船じゃないと駄目でしょう)

 しかし間髪入れないシェインの突っ込みを、フォローする様にレイナが締めた。


「ご安心下さい。必ずやジャンヌを探しだし、私たちが地区の平穏と取り戻します」

 その断言に安堵したのか「ありがとう、異国の方々」とジルが応じる。




「では行こう。斥候せっこうの話では、森に連中の残党が居座っているらしい。ここを挫けば、ジャンヌへの手がかりも得られるかも知れない」


 半ばく様に踵を返すジルの背に「おう! オンボロ船に乗ったつもりでガンと行こうぜ! タオ・ファミリー!」とタオが狼煙のろしをあげる。


 そして呆れた表情でその狼煙をシェインがかき消す頃には、森に至ったエクスたちは、展開するヴィランの群れと対峙していたのだった。

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