二章:急襲、オルレアンの城

「これであらかた片付いたか?」

 ゴーレム型のメガ・ヴィランから槍を引き抜き、タオが呟く。


「ですね、タオ兄。あくまで外は、ですが」

 弓使いのヒーロー、初芽はつめにコネクトしたシェインは、黒い狐の面を上げながら答えた。


 オルレアンの城から溢れ、市街に満ちたヴィランの群れは半刻で鎮圧。残るは城内のみとなった所だが、しんと静まり返った辺りからは、人の息づく気配は感じられない。


「とにかく中に入って確かめよう。ジャンヌさんが居るかも知れない」

 言うや先陣を切ったエクスに釣られ、レイナもまた城門を潜る。既に物語の破壊者――、カオステラーの存在は疑い得ない。しかしその居場所までは、調律の巫女たるレイナにも分からなかった。




*          *




「ジャンヌさん! 居たら返事をして下さい!」

 声をかけて回るエクスたちだったが、相変わらず人の気配は無い。幾つかの部屋を回り、やがて一行は多くの椅子の並んだ広間で立ち止まった。 


「ここって……」

 言葉を発するレイナに「――臨時の裁判所、でしょうね。姉御」とシェインが続ける。


「って事は、ジャンヌもここに居るって事じゃねえのか? おーい、ジャンヌ!」

 しめたとばかりに大声を上げるタオだったが、その声に反応する様に、部屋の隅で何かが動いた。


「あ、あれは!」

 反応したエクスが声をかけると、もぞもぞと蠢く影は身体を起こし、怯えた視線をこちらに向ける。


「こ、殺さないでくれ! 聖女は居ない、居ないんだ!!!!」

 見れば祭服に身を包んだ小太りな男が、青ざめた表情で身を震わせている。


「どうしたんですか? ここで一体何が?」

 駆け寄ったエクスたちを見て、それが自分と同じ人間である事に安堵したのか、男はやっと幾つかの言葉を発した。


「は、判決の席で、アイツらは雪崩れ込んで来たんだ……聖女はその時連れ去られた……」

 聞けば男は、ジャンヌに異端の烙印を押した張本人らしい。察するに他の人間たちはヴィランに変貌したか、喰われて消えたかのどちらかだった。


「教えてください。何か心当たりは無いんですか? ジャンヌさんが連れ去られた場所に!」

 焦燥する神父をなだめながら問うエクスだったが、その背後で舌打ちをしたタオが「どうやらそんな時間は無い様だぜ」と槍の柄を地面に打ち立てた。





「っ……ヴィラン!」

 その声に振り向いたレイナもまた、コネクト先であるキャロルの姿に装いを変える。猫耳のカチューシャに黒い本を携えた彼女の技は、可愛らしい見た目に反し、攻撃的な黒魔術だ。


「まるで待ち伏せでもされていたみたい、ですね」

 初芽はつめの狐面をかぶり直すシェインも、自らの獲物である弓を高く掲げる。毒の混じった弓術は、一度でも掠れば生命を奪い続ける暗器でもある。


「神父さんは下がってて下さい! ここは僕たちが何とかします!」

 じょろろと失禁を見せる神父を背に、エクスがコネクトを終えた所でヴィランたちが襲い来る。戦列は兵士が化けたであろう、騎士型のヴィランが過半だった。




*          *




「――くっ、流石に硬え!」

 全身を甲冑で覆うナイトヴィランの、前方への防御は鉄壁を誇る。タオの陰から矢を射るシェインの合図に従い、背後に回ったエクスが幾重にも斬撃を繰り出す。――銀髪の少年、ジャックにコネクトしたエクスの得意技は、素早さを活かした飛燕ひえんの剣技。装甲の間隙かんげきを突いた見事な太刀捌きは、見る間にヴィランを切り刻んでいく。


「下がって、エクス!」

 エクスの連撃でバランスを崩したヴィランに向けて、レイナが必殺の禁呪を放つ。闇の瘴気を集約した爆発が、満身創痍のヴィランを四散させ無へと還した。


「これで虎の子の盾は無くなったぜ! 覚悟しろよおおお!!!!」

 前面を守るナイトヴィランが駆逐された事で、残るは後衛のゴーストヴィランだけ。遠距離攻撃が鬱陶うっとうしい魔道士型も、接近戦に持ち込んでしまえばこちらのものだ。魔弾を引きつけ、かわしながら狙撃するシェインに後押しを受け、エクスたちは一斉にゴーストヴィランに切り込んでいく。




*          *


 


「やったな……まったく、どこに潜んでやがったんだ?」

 止めはやはりタオの一撃だった。先刻同様、剛槍を引き抜いたファミリーの頭は、溜息を吐きながら独り言つ。


「二度目の想区だから――、もしかすると何か罠が仕掛けられているのかも」

 緊張の糸は張りながらも、コネクトを解いたエクスは神父に駆け寄る。何よりも今は先ず、想区の主役たるジャンヌの所在を突き止めねばならない。


「充分に尋問・・すると良いのです。シェインとタオ兄が、張り切って哨戒を続けますから」

 ひょいと狐面を外し呟いたシェインだったが、すぐに弓を構えると、タオと共に周囲の警戒に乗り出す。その様子に頷いたレイナもまた、エクスの隣に立ち詰問を加えた。


「教えて下さい神父様。ジャンヌが今どこに居るのか。知らないとしても、心当たりを」

 あどけない顔に真剣を漂わせ問うレイナに、狼狽うろたえながらも神父は口を開く。


「あ、悪魔だった……あれは……あ……ぐぁッ!!!!」

 しかし神父は最後まで言葉を紡ぐ事なく事切れる。その胸には鋭い短剣が、一切の気配を感じさせること無く突き立てられていた。




*          *




「君たち、大丈夫だったか……?!」

 突然の出来事に身構えるエクスたちの眼前に現れたのは、オルレアンの智将、ジル・ド・レその人だった。まだ人の形を留める部下たちを引き連れた彼は、一息つくと剣を鞘に仕舞った。


「おいおっさん、アンタは……」

 一方で警戒網をあっさりと掻い潜られたタオの目には焦りが浮かび、それを見つめるシェインの目には、いささかの猜疑さいぎが見て取れた。


「突然すまなかった……イングランドの手の者はそいつで最後だ。ともあれ、君たちに怪我が無い様で良かったよ」

 どうやらジル・ド・レもまたジャンヌを追ってここに来たらしい。聖女の居場所を問う彼だったが、その所在の分からないエクスたちには首を横に振るしか出来ない。


「手がかりは無しか……なら城内を探そう。折角の反攻の好機に、オルレアンの乙女が居ないでは士気に関わる」

 部下の前という事もあるのだろう、努めて冷静を演じるジル・ド・レだったが、総員に指示を出し終え一息をつくと、エクスたちの前に本音をこぼした。


「誰がここを襲ったかは知らないが――、実を言うとほっとしている。このままではジャンヌが、異端の角で処刑される所だったからね」


 そしてジャンヌが座っていたであろう被告人席に腰を下ろしたジル・ド・レは、誰に言うでも無く呟いた。


「――時々思うんだ、私は。もしジャンヌが聖女に選ばれる事なく、何処どこか遠い田舎の草原で、羊を追いながら平穏に人生を終えていたら、どうだったろうか、ってね」


 城内を探る兵士の足音が響く中、答える術を持たないエクスたちの、間の悪い沈黙だけが横たわる。


「……おっと、世迷よまい言に過ぎたな。ジャンヌに聞かれたら叱り飛ばされてしまう。忘れてくれ」


 そう釈明の様に述べ立ち上がるジル・ド・レは「君たちも疲れたろう。ジャンヌの捜索は我々が行う。今日はゆっくり休んでくれ」と結んだ。




 こうして正体の見えない敵の不気味さに疑念を深めながらも、エクスたちはジャンヌの想区に留まる事になったのだった。 

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