一章:再び、ジャンヌの想区
「ここは……ジャンヌの想区?」
沈黙の霧を抜けエクスたちが辿り着いたのは、見覚えのある中世の町並みと、そして鉄と血の臭いだった。
「間違いないわね。以前私たちが調律した……」
ボブカットのブロンドをかきあげ、レイナが言う。彼女の蒼眼に映しだされるオルレアンの市街は、戦火の残り火が未だ消えずに居た。
「まったく。ヴィランとやりあってた時のほうが、人間同士団結してたってんだから……皮肉でしかねえ」
やれやれと
「そういう想区なのですから、仕方がありません。タオ兄」
割って入ったのはシェイン。タオと義兄妹の盃を交わした妹分は、他の三人よりひときわ低い背で、達観した様に想区を見渡している。
「わかってるよ。これが運命の書に記された
言葉を濁し、諦めた様にタオが返す。彼ら義兄妹の故郷は桃太郎の想区。人と鬼が無限に争い合う世界で、タオが一旗揚げようと躍起になった結果が、主人公の死という非遇な末期だった。――運命に抗う事がその想区に惨禍をもたらす。痛い程に事実を知るタオが、
「シェインだってこういう空気は好きじゃないのです。さ、姉御、もうこの想区は調律されている筈です。さっさと抜けちゃいましょう」
タオの陰気な顔は見たくないとばかりに言葉を発するシェインに「そうね」と答えたレイナは、想区を通りすぎようと足を速める。前回と違い、戦争の只中という訳では無いらしい。幸いに矢も砲弾も飛び交っては居ない。
* *
「希代の魔女、ジャンヌ・ダルクの裁判に判決が出たぞ! 有罪、有罪だ!!!」
しかし市街を抜ける最中、号外を叫ぶ声に一行の足が止まる。どうやらジャンヌ・ダルクが敵中に落ち、異端者として判決を受ける下りが今なのらしい。
――ジャンヌの想区は、文字通りジャンヌ・ダルクの物語をモチーフとしている。フランスとイングランド。対立し永きを争う両国の間に、颯爽と現れた救国の聖女、ジャンヌ・ダルク。
だがこの物語はハッピーエンドで終わる事は無い。祖国救済のため身を削ったジャンヌを待ち受けているのは、虜囚の上の火刑という、余りに惨めな最期だからだ。
「そう……今が……」
悲しそうにレイナが俯く。「調律の巫女」として物語を在るべく姿に戻す彼女の力は、その結末の悲喜を問わない。つまりジャンヌの想区のジャンヌ・ダルクは、未来永劫火刑に処せられ、道半ばで死に至るのだ。
「行こうレイナ。僕たちはジャンヌの遺志を尊重したんだ……間違った事はしていないさ」
エクスが慰める様にレイナに寄り添う。確かにあの日、この想区を調律したあの日。主役であるジャンヌは言ったのだ「私が恐れているのは、死では無く遺志の死なのだ」と。
「そうだぜお嬢。この想区は正常に戻った。俺たちは次のカオステラーの――」
だがタオも援護射撃を浴びせかけた時だった。城の方角から、号外を示すよりもさらに大きな悲鳴が響き渡ったのは。
* *
「悪魔だ! 魔女が悪魔を呼び寄せたぞ!!!!!」
逃げ惑う群衆の先頭がそう叫ぶと、間髪を入れる事無く背後からヴィランの群れが姿を現す。――黒色の、小型の悪鬼を
「そんな? この想区は調律された筈じゃ!?」
戸惑いの声を上げるエクスに、タオが応じる。
「話は後だ! 先ずはヴィランどもを片付けるぞ!」
「おう! です。タオ兄」
残されたレイナもまた「行くしか、無いわね」と覚悟を決めた様に頷く。それを横目にエクスが「ああ」と返した時……戦端は既に開かれていた。
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