七章:青髭、混沌に魅入られし者
「ジルっ! 陛下っ!」
エクスたちが王の間のヴィランを制して尚、ジルとシャルルの姿は見当たらなかった。焦りを露わにしたジャンヌが、さらに上階に位置する王の寝室に向けて走りだす。彼女が嫌な予感を拭いきれないまま寝室のドアを蹴破ると、そこには鉈を持った蒼髪の化物と、無残に横たわるシャルルの遺骸があった。
「国王陛下?!」
ジャンヌが血相を変え、後に続いたエクスたちが
「シャルル……ジャンヌ……ウラギッタ……テキ……コロス」
だが片言の人語しか話さない化物は、恐れも無く血の雫を垂らしながら歩いてくる。
「こいつがカオステラーか?!」
タオの発言が図星とばかりにレイナが頷き、シェインが弓を構える。
「悪魔……まだ息絶えていなかったの?!」
衝撃から我に返ったジャンヌも、また槍を掲げ化物と向き合う「――よくも国王陛下を!!!」と猛りながら。
「ジャン……ヌ……シャルル……ハ……テキ……」
やがて歩く化物の肩にかかる、黒いコートにジャンヌの目が留まった。
「それは……ジルの……!!」
姿を現さない盟友と、命奪われた主君。いちどきに怒りを滾らせたジャンヌは「私が絶対にあなたを倒すッ!」と声高に叫ぶと、先陣を切って化物に挑みかかった。
「ジャンヌさん! 冷静に!」
しかしエクスの声は届かず、ジャンヌは感情に任せるまま怒涛の連撃を繰り出す。聖女の剛槍には凄まじい気迫が篭っていたが、その分かり易い殺気の所為か、化物は造作も無いといった風に
「ジャン……ヌ……ドウシテ……」
それでも攻撃を仕掛けてこない化物は、数歩後ずさると、逃げる様に窓から飛び降りた。
「逃がすかっ!!」
ジャンヌの一撃が僅かに左腕を掠め、一瞬だけ響いたうめき声と共に、化物は闇に消えた。
* *
「見失ったか……」
窓枠に手をかけ、悔しそうに歯噛みするタオの後ろで「駄目……もう手遅れ」と、シャルルへの治療を断念したレイナが呟く。
「陛下……ジル……」
盟友と王を二人同時に失ったジャンヌは絶望の溜息を漏らすが、一人シェインだけは「皆さん。この血の跡を追っていけば、化物の正体が掴めるかも知れないです」と冷静に告げた。
「明け方を待って……なんて悠長な事は言ってられなさそうね……」
覚悟を決めた様にシェインの指差す方を見るレイナに「行きましょう。陛下とジル亡き今、あの怪物に
* *
エクスが掲げる松明を頼りに、一行は化物の遺した血の跡を辿っていく。それはオルレアンの城を抜け、森に至る街道にまで続いていた。周囲にヴィランの気配の漂わない中、エクスは正面にうずくまる、見覚えのある少女の姿に立ち止まった。
「どうしたの? エクス」
背後のレイナが訝しげに問う中「君は……」とエクスは呟いた。
「こんばんは。そしてお久しぶりです、エクス様、それからレイナ様」
闇夜に浮く銀髪と白いドレス。街道の中央から立ち上がったのは、かつてこの想区で出会った少女、カーリーだった。今やエクスたちと敵対する彼女がなぜここに居るのか。その答えを得られないまま、タオが一行の意志を代弁する。
「おいおいまたお前らか? いい加減にしようぜ。もう俺たちの全勝でケリは付いてるだろ?」
眼前の盲目の少女、カーリーの正体とは、カオステラーを生み出す元凶「混沌の巫女」だ。よってその思想も目的も、エクスたちとは水と油の様に相容れない筈なのだが、どういう訳かカーリーは、折に触れ一行に接触――、もとい説得を試みてきている。
「行くのですね……あなたたちは。たとえ運命が悲劇の繰り返しであったとしても、それを終わらせない為に。――それを終わらせようとする者の願いを踏みにじって」
「どういう事……カーリー?」
「レイナ様……あなたがこれから否定する物語は、一人の男が切願し紡いだ愛の物語。ジャバウォックの様に独り善がりでも無ければ、ドロシーの様に思春期のそれでも無い。大切で
カーリーは謎めいた言葉だけを残すと「レイナ様、エクス様、どうかあなた方の心に、その想いが届きます様」そう言ってふっと姿を消した。
「いったい今のは……?」
「確かに、この先に待っているものは、途方も無く残酷な結末かも知れないですね……」
そしてカーリーの消失を待っていたかの様に、これまで鳴りを潜めていたヴィランたちの鳴き声が辺りに響く。
「クルルルルゥウウ」
今まで何処に隠れていたのか、という数のヴィランが四方八方から現れ出て、エクスたちを取り囲む。
「くそっ……考える事は性に合わねえ……やるしかねえじゃねえか……!」
刹那、ハインリヒにコネクトしたタオが、考えるのは止めたとばかりに槍を突き立てる。
「また悪魔……ジルの仇!」
同じく槍を武器にするジャンヌもまた、タオと背合わせに獲物を構える。
「カーリー……いえ……今は目の前の戦闘に集中しましょう!」
迷いを振り切る様に魔道書を開いたレイナの、魔弾の一撃が戦闘の幕を切って落とした。
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