第9話 荒野の“災い”

 晴天の荒野を行く4人組。

 

 頭からフードを被り、黙々と先を進む中で、先頭の髭面の男は一人、声高らかにうたを吟じている。


「――“Sajyro《知らない》 hory《土地で》 tengna《一人きり》,Pooe《貧しい》 oen《男は》 verux《夢を》 igly《見る》”」


「……なんすか、その謌」

「あれ?  知らないの?  今巷で流行ってる“称揚謌ショーヨーカ”じゃない。従事『カカシ』達が、自分で自分を褒め上げる謌だよ。そんなことも知らないの?  時代遅れだね~、ミヨルド君は」

「なっ……!  貴方に時代遅れとか言われたくないんすけど!」 

 一際若い赤瞳の少年が、頭のフードを取り、反論した。

「……うるさい、ミヨルド。耳元で大声出すな」

 ミヨルドの隣で怒気を放つ青年に、「すんませーん」と、ミヨルドは悪びれることなく謝った。

「まあまあサイラス、そうカリカリするなよ。見聞で疲れているのは分かるが、それは皆同じだからな」

 青髪の長身男が、サイラスを宥めた。

「ウィルフリッドは大人だな~。今度の査定で、Kランク付けちゃおうかな~」

「お褒めに預かり光栄です、マスター。ですが、自分一人に高ランクを付けられては、他で汗を流している家族ファミスタに申し訳なく存じます」

 紳士的にウィルフリッドは謙遜した。胸元に伸ばされた手が、三日月に逆さ剣のロザリオを掴んだ。

「まあ、実際君達を査定するのは、大司教連中なんだけどね。ああ~、俺も誰かに査定されたいなぁ~。あ、そうだ!  ミヨルド、今度の査定、俺を根こそぎ査定してみない?」

「根こそぎって……。何で司祭の僕が、貴方を査定しなくちゃならんのです。だいたいアンタ、本来ならこんな見聞チームに混ざることすら許されない立場なんすよ? 分かってます?」

「こらあああ、ミヨルドー!  お前誰に向かってそんな偉そうな口利いてんだ!  処刑モノだぞ!  分かってるのか!」

 ガッと頭に血を上らせ、サイラスは捲し立てた。

「ああほら、サイラス!  落ち着けって……!」

「ウィルは黙ってろ!  だいたいコイツは、昔から目上に対する口の利き方がなってないんだ!」

「良いんだよ、サイラス~」

 髭面の男が言った。

「ですが……!」

枢機卿が良いって言ってるんだ。これ以上の審議は必要ない、よね?」


 髭面の男――枢機卿が、金瞳でサイラスを睨みつけた。

 

 ミルキー色の横髪を掴み、「申し訳ございませんでした……」とサイラスは謝った。


「ぐふふ、グレイ司教が怒られてるwww」

「黙ってろ、ミヨルド!」

 サイラスに怒鳴られても、「へーい」と、ミヨルドは反省の色を見せなかった。

「全く、何でお前みたいな奴が……」

「サイラス、今は任務に集中するぞ。余計なことは考えるな」

 ウィルフリッドの抑制に、「ああ、分かっている」と、サイラスは顔を反らして頷いた。


「それにしてもだだっ広い荒野だね~。地平線まで木々が生い茂ってらぁ~」

 枢機卿は、じっと地平線まで目を凝らした。

「お気を付けください、マスター。この地点はまだ未開の地ですから、何が災いとなるか分かりませんので」

「災いかぁ~。一昨日は確か、フェルリンで大火事が起こって、多くの『カカシ』達が焼死したっけ。そんでもって昨日は、灰島で莫人ばくとの暴動だろう?  ホント、不安定な世の中だよね~」

「それもこれも、『人柱』を選定する前に、無理やり前の世界を終わらせたからでしょ?  そのせいで教会幹部まで、こうして未開の地の見聞と、『人柱』候補の捕縛までやらされてるんすから、聖働せいどう法規もクソもないっすわ」

「口が悪いぞ、ミヨルド」

「グレイ司教だって、内心そう思ってるくせに。ねえ、オルティーヌ司教?」

「自分に振るな、ミヨルド」

 ウィルフリッドは、さっと顔を反らした。

「ねえ……」

 先頭を行く枢機卿が、俄かに立ち止まった。

「どうされました、マスター」

「空……なんか変じゃない?」 


 その言葉に、一同は上空を見上げた。

 

 晴天の空をグルグルと暗雲が渦を巻いて、彼らの上空で広がっていく。

 

 暗雲が太陽を隠し、辺りが暗くなっていった。


「……天災か?」

 サイラスが呟いた。

「いや、違う……」

 枢機卿が、じっと渦の中心を見つめた。

「これは、神災だ……!」

 

 そう叫んだ直後――。


「ハーックシュン!!!」

 

 大声で空からくしゃみが落ちてきた。


神嚏しんていだっ!  コアまで走れ!  巻き込まれるぞ!」

 

 次から次に、空からくしゃみが落ちてくる。

 

 それは雨風を伴い、暴風吹き荒れ、くしゃみが直撃した地面には、大きく穴が開いた。

 

 4人は来た道を走って戻り、緊急用のコアに滑り込んだ。


「……神嚏しんてい、この世界の始まりとされる『神』のくしゃみ。正しく『神』の鉄槌とも言える災いだよ」

「しかしこんなにも頻繁に起こっては、未開の地の見聞も開拓もままなりませんね」

「予測出来ないからこその神災ですからね。人間や『カカシ』が起こす災いなら予防策も練れますが、『神』が起こすそれには、教会中枢ネヘミヤも未だ打つ手がないようです」

 

 4人はコアの中から、渦を巻く空を見上げた。


「ようやく『神』の脅威に打ち勝てると思ったんだけどな~。早く『人柱』を選定して、世の中の動乱を鎮めてもらわないといけないな~」

 枢機卿が鼻息を漏らした。

「既に捕縛チームが適合者の選定に入ってるみたいっすよ?  でもてんでダメダメみたいっすけどね」

 ミヨルドが、含み笑いを浮かべた。

「捕縛チームも相手が神成りした人間だから、迂闊なことは出来ないのでしょう。幾体か『カカシ』を『人柱』にする実験も行われているようですが、計画遂行には、当分時間を要するようです」

「全く、リュンセル卿が事を急いだばかりに、多方面で綻びが生じてしまった。そのせいで『西の教皇』がどれだけの心労を負われたか、あの方はお解りではないのだ」

 サイラスは、ぷいっと顔を反らした。

「君は『西の教皇』派だもんね~。……そんなにおじいちゃんが、好きなの?」

 

 笑顔から一転、鋭い表情が、サイラスを突き刺した。


「……そういう訳ではありませんよ。ただ、あの方が最後まで『終わりの日』を肯定されなかったことが、私には……」

「サイラス……」

 ウィルフリッドはサイラスの言わんとしていることを察し、俯いた。

「あの、もうそろそろ良くないっすか?」

 その場の空気を一掃するかのごとく、ミヨルドは口を挟んだ。

「そうだね。神嚏しんていも治まったことだし、そろそろ行こうか」

 

 空からのくしゃみが治まり、渦を巻く雲も風に乗って流れていった。

 

 再び太陽が顔を出した。

 

 4人はコアを出て、神嚏しんていで大きく開いた、深さ100メートル程の地面の穴を見下ろした。


「まるで隕石でも直撃したかのようだね~。ずっぽり穴が開いてらぁ~」

「前の世界ではこのような現象、有り得ませんでしたからね。正しく未知の災いですよ。ですが、空からくしゃみが降ってくる摩訶不思議な現象でさえ、『カカシ』達は天啓として受け入れている。我々人類の創世期とは、真逆の道を行っているようですが……」

「それで良いんだよ、ウィルフリッド。彼らが人間と同じ道を辿る必要はないんだから。それに彼ら『カカシ』にとっては、俺達人間こそが目に見える信仰の象徴だ。俺達人間は神になって、『カカシ』は人間の亜種となった。全てはフラミンゴス教会の筋書き通りさ。後は世界の安定の為にも、俺達見聞チームが早急に『羊の門』を探し出さなければね」

 真面目な顔で、枢機卿は言った。

「我々の表向きの目的は、新しい世界の見聞録の作成ですが、実情は『羊の門』の捜索こそが、我々の大いなる目的であります。他のチームに先んじて、我々が『羊の門』を探し出さなければなりません。見聞チームの中には、『羊の門』を破壊せんとする連中もいるようですから……」

 ウィルフリッドが拳を握り締めたのを、サイラスは見逃さなかった。

「心配しなくても大丈夫だよ、ウィルフリッド。何せこのチームには、枢機卿の俺の他に、“金色神獣アウレア”がいるんだからさ~」

 

 そう枢機卿が笑って見つめる先に、金髪を靡かせて笑う、司祭ミヨルド・ルーパーの姿があった。

 

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