第5話 “弔訃の儀(ヒューマン・ロッド)”

  フラミンゴス教会 ジェノレープ支部

  リブレー教会堂


「――反教会のデモ集団が、続々と教会堂の前に集まっています」

 双眼鏡を覗き込んで、白い礼服を身に纏った、狸顔の真ん丸と太った中年男が、冷静に言った。

「昨夜の『カカシ』の襲撃を受けて、多くの市民が犠牲となった。まだその弔いの途中だと言うのに、生き残った市民らは、“弔訃のヒューマン・ロッド”を蔑ろにするつもりか?」

 

 白い礼服に黒のガウンを羽織い、銀色の長髪の男が、手にした蝋燭の火を消した。


「これでようやく214人目。さて、ミネルヴァ司祭。私は後、何十人の市民を弔えば良いのかね?」

「リュンセル司教、少しお休みになられた方が宜しいのではないですか?  昨夜からずっと“弔訃のヒューマン・ロッド”を執り行われて、少々お疲れのご様子ですが……」

「いや、大丈夫。休んでなどいられんよ。死者を弔うのが、司教の役目。その声に耳を傾けて、最期の姿を遺族に伝えるのが、教皇に選ばれし司教の務めなのだ。そうだろう、ウォーズ・レックスマン?」

 意を含んだ口元で、リュンセルは、白い礼服に身を包むウォーズに目を向けた。


「……オレは、これから司祭になる人間だ」

「貴様!  若輩の分際で……!」

「こら、ミネルヴァ司祭。司教は司祭より格上の地位だぞ?  言葉遣いには気を付けたまえ」

「ですがっ……!」

「ミネルヴァ。彼は『西の教皇』が御自ら選ばれた司教だ。年齢など関係ない。彼は私と同じ、死者を『神』の御許へと運ぶ才があるという、フラミンゴス教会の申し子というだけだ」

 

 リュンセルが次の蝋燭を手に取り、祭壇の炎を消した。

「それだけの理由だよ。聖職者の地位とは」

「しかし司祭経験もなく、いきなり司教の役に就くとは!  その才、果たして本物かどうか分かりませんぞ!」

 忌々しく、ミネルヴァが苦言した。

「お前は昨夜のこの少年の才を見ていないから、そう言うのだ。それはそれは凄まじく荘厳で、気高く、他を圧倒する、正しく『獣』。フラミンゴス教会の神髄をく、3体目の神獣なのさ」

「アーテル、アウレアに続く、3体目の神獣、ですか……」

「俺は人間だ。そんなモンになった覚えはねーよ」

「だが、のだろう?  『カカシ』に襲撃され、瀕死の重傷を負った、本来助かるべき人間を。ほうら、この死者も、あの死者も、『獣』が喰い千切った痕が、どこかしこにあるぞ?」

 ウォーズは、祭壇に横たわる手足が欠損した死者に目を向け、ぐっと拳を握り締めた。


「……オレは、『カカシ』から市民を守ろうとしただけだ」

「ああ、そうだとも。君は『カカシ』から市民を守り、その魂を『神』の御許へと運んだ。フラミンゴス教会が掲げる『終わりの日』に向けて、忠実にその義務を果たしただけだろう?」

「……っ」

「その忠誠心が、信仰心の表れさ。だから教皇も君を選んだ。誇りに思いたまえ。神獣は、次の『人柱』を選ぶ権利があるのだから」

 そう言うと、リュンセルはほくそ笑んで、蝋燭の炎を死者に傾けた。

 

 その瞬間、群青色の炎が死者を燃やした。

 暫くして炎が鎮火し、

 欠損した肉体が元通りに復活した。

 傷跡は綺麗に消え去り、

 死者は生前の姿で横たわっている。


「さて、そろそろ仕事を手伝ってくれると有り難いんだがな、レックスマン司教」

 リュンセルに促されても、ウォーズは、頑なな態度を取ったままだった。

「はああ」

 やれやれと溜息を吐いたリュンセルが、ウォーズの耳元で囁いた。


「……中枢は、次の『人柱』は男でも良いとの、お考えだ」

 それを聞いて、「ぐっ……」とウォーズは奥歯を噛み締めた。そうしてリュンセルから蝋燭を奪い取ると、ひと思いに炎を吹き消した。

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