第二章 『羊の門』の争奪戦

第11話 ケルヴィン・レックスマン

 世界の中心、ウィズパニアには各地の路線が集結し、シーノコング駅は、神となった人間達でごった返していた。


「皆様、世界各地を豪遊される旅行に出掛けられるのでしょう」

 ユースは荷物の入ったトランクを持ち、片手には、機関車に乗る為の切符を持っている。

「気楽なものだな、神は」

 皮肉交じりに、言った。

「あら、貴方もその神ではなくて?」

「そう言う君こそ、本物の『神』だろう?」

「『神』の概念なんて、この世界では何の意味もないわ?」

 

 フィリアが小さく息を吐いた。この世界の神はかつての人間であり、カカシが崇拝する存在。そうして『神』は、僕達人間がかつて崇拝していた存在だ。


 僕は、シーノコング駅で働く駅員に目を向けた。

 

 紺色の車掌帽に制服を着た青年達が、バタバタと働いている。


「彼らは第2統の『カカシ』達です。人命を扱う専門職に就くことを許された『カカシ』達なのですよ」

「そうか、皆『カカシ』なんだな。やっぱり人間は働いていないか」

「私がケルヴィン様について、聞いて参ります」

 そう言うと、ユースはホームに立つ駅員の下へと向かった。


 暫くして、足早にユースが帰ってきた。


「どうだった?」

「やはり、ケルヴィン様はスモック鉄道で働いていらっしゃるようです」

「そうか、やっぱり……」

「ですが、シーノコング駅には、いらっしゃらないようで……」

「え?」と僕はユースを見上げた。

「前の世界では機関士をされていらっしゃったようですが、今現在は、セントラル駅の駅長として、スモック鉄道の幹部をされていらっしゃるそうです」

「ケルヴィン兄さんが、スモック鉄道の幹部?」

 思わず眉をひそめた僕に、「リオネスの2番目の息子は、マジメすぎるくらいマジメだもの」とフィリアが、くすくすと笑う。

「でもまだ20代前半だぞ? それにスモック鉄道は、前の世界では、世界中のエリートが集まるような、トップ企業だったんだぞ。大学出でもないケルヴィン兄さんが、そんな会社の幹部にまで出世したなんて、驚きだな」

「この世界じゃ、神の学歴なんてものは、何の意味もないわ? 神は存在するだけで、神だもの」

「なら僕も、今なら大企業に簡単に就職できるってことだな?」

「ヴァンは無理じゃないかしら?」

 くすくすとフィリアが笑うから、僕は、すっかりへそを曲げてしまった。それでもユースが「ヴァン様に労働は似合いません」とフォローしてくれるから、「セントラル駅に行こう」と、気を取り直して、ケルヴィン兄さんの下へと急ぐ。


 機関車で1時間ほど。ようやくセントラル駅に着いた僕達は、駅長室へと向かった。何人もの『カカシ』達の間を通り抜け、ようやく駅長室の前まで辿り着いた僕は、ゴクリと息を呑んだ。


「ケルヴィン兄さん……」

「ケルヴィン様とお会いするのは、3年ぶりですね」

「ああ……」

 ん? と僕は顔を上げた。後ろに立つユースが、ニコニコと笑っている。

「ユース、お前なんで兄さんと会うのが3年ぶりだと知っているんだ?」

「ヴァン様は私の御主人様なので、主については、ある程度の知識を持ってお仕えするのが、従事『カカシ』の義務なのです」

「そう、か……」

 

 どこかそれ以上踏み込んでほしくなさそうな、そんな表情をユースは浮かべている。それについては、フィリアから何のフォローもない。


「そんなことよりも、駅長さんに早くお会いした方が宜しくてよ?」

「ああ。よし、じゃあ、ノックするぞ」


 コンコン――。


「入れ」

 命令口調のその声は、正しく、ケルヴィン兄さんだった。僕は大きく息を吸い、

「しつれいしまーす……」

 ゆっくりとドアを開けて、駅長室へと入っていく。こちらには目もくれず、兄さんは何やら資料らしきものを読み込んでいる。


「どうした? 何か混乱でも生じたのか?」

「あ、えっと……」

 一向にこちらを見ようとしない兄さんは、昔と変わらず、ケルヴィン兄さんのままだ。黒髪のブルーアイズ。前髪が左側へと流れ、その左目の下には、泣きボクロがある。まだ兄さんは僕に気づいていない。恐らく、『カカシ』だと思っているのだろう。

「……ケルヴィン、兄さん……?」

 はっとした兄さんが、ようやく僕を見た。


「ヴァン……!」

「兄さんっ……!」

 席を立った兄さんが、一目散に僕の下へとやってくる。

「ヴァン、ヴァン・サリー……!」

「ケルヴィンにいさ――」

 感動の再会も束の間、「何をやっとるんじゃ、お前はっ……!」と、案の定、蹴っ飛ばされた。


「に、にいさんっ……」

 それでも信じられなくて、我が兄ながら、その非道さにがっかりした。

「……ヴァン、お前、ウォーズをどうした?」

 長身のケルヴィン兄さんが、ゴオオオと怒気をまとって、僕を見下ろす。

「ウォーズは……」

 

 フラミンゴス教会の神獣になった、とは言えず、あの可愛かった末弟の現状を、どう説明すれば良いか分からない。


「ウォーズ様は、フラミンゴス教会の神獣となられました」

「ユース……!」

 それを言えなくて、僕は言葉が詰まったんだぞ! 

 

 馬鹿正直に伝えたユースの言葉を真に受けたケルヴィン兄さんが、ますます怒気を強めていくのが分かる。


「神獣、だと?」

 ギロリと兄さんに睨まれ、

「ぼ、ぼくも何がどうなってそうなったのか、まったく分からないんです! 僕には、司祭になるとだけ言ってきてっ……」

「ヴァン、それは言い訳か?」

「えっと……ハイ。言い訳、です……」

 ケルヴィン兄さんが、大きな溜息を吐いたのが分かった。自分でも情けないことは、よく分かっている。


「それで、その『カカシ』と、お嬢さんは?」

「私はフィリアよ、ケルヴィン。リオネスの二番目の息子。懐かしいわね」

「フィリア……?」

 兄さんが眉をひそめた。咄嗟に事の成り行きを説明しようとしたが――。


「ああ、吸血鬼ババアか」

「なっ……! 兄さん、何て言い方するんだ……! このレディは——」

「いいのよ、ヴァン。この子は昔から、私のことをそう思ってきた子だもの。それに、吸血鬼というのも、あながち間違ってはいないわ」

 気にする素振りもなく、フィリアは涼しい顔をしている。対してケルヴィン兄さんは、嫌気がさしたように、そっぽを向いている。

「あなたの血は、マジメで味気なかったけれど、私に対しての憎悪や苛立ちは、時に良いスパイスとなったわよ、ケルヴィン」

「忌々しいババアめ。その姿に復活したということは、『羊の門』の人柱ではなくなったのだな。まあ、新世界となった時点で、そういうことだろうとは分かっていたが。それでお前達、行く当てはあるのか?」

 ケルヴィン兄さんに訊ねられ、僕は沈黙した。

「……この世界は、フラミンゴス教会を中心に回っている。ウォーズが教会の神獣となったのなら、必ず『羊の門』の人柱選考に携わっているはずだ」

「その人柱になるために、僕達は『羊の門』を探す旅に出たんだ。ケルヴィン兄さんは、『羊の門』について、何か知っていることがあるの?」

 

 僕の問いに、ケルヴィン兄さんがフィリアに目を向けた。そうして口を開こうとした、その瞬間——。


 駅のフォームで爆発音が鳴り、同時に、地面が大きく揺れた。


「なっ……?」

「ヴァン様っ……!」

 すかさず、ユースが僕を守る。本棚が崩れ、フィリアに直撃しそうになったところを、間一髪のところで、ケルヴィン兄さんが盾となり、守った。

「ありがとう、ケルヴィン」

「礼などいらない。この駅にいる者はすべて、駅長である俺が守るべき者だ。この爆発も、“災い”の一つだ。このケルヴィン・レックスマンが駅長を務めるセントラル駅で、何人たりとも、死なせてなるものか!」


 格好つけたケルヴィン兄さんが、急いでホームへと向かっていく。その後に続いて、僕達も、爆発を起こしたホームへと向かった。























 

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羊の門の継承者 ノエルアリ @noeruari

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