第6話 蜂起

 “寓話の婦人マダムグース”を背負い、僕は反教会のデモ集団が抗議するリブレー教会堂の前まで来た。昨夜の『カカシ』襲撃の難を逃れたのか、その場所は、まだ目立った損傷は見られない。

 

 プラカードを持つ民衆が、救世主、未句麗みぐりの演説に続いて、大声を上げている。


「我々人類は、フラミンゴス教会の考えに強く抗議する!  何故『カカシ』と戦わぬのか!  何故『終わりの日』を回避する手段を講じぬのか!  我々人類こそ、恒久的に世界平和を実現し得る、唯一の知的生命体である!」


「『カカシ』に死を!  我々に安眠を!」


「フラミンゴス教会は考えを改めよ!」


「『神』は我々に滅びの道を示された!  『神』は我々を裏切った!  この世界に『神』はもういない!」


「人類に信仰の自由を!  “世界信仰化オプシション”反対!」

 

 何百人と集まった民衆の主張は、教会のあり方にまで言及していた。

 

 その時、教会堂のバルコニーから一人の男が出てきた。


「見ろ、リュンセル司教だ!  リュンセルが出てきたぞ!」

 一斉に、民衆の怒号が鳴り響いた。


「教会のいぬは引っ込めっ!」


「俺達の安眠を返せっ!」


「『カカシ』と戦うことを恐れた腰抜けがっ!」

 

 民衆が次から次へと抗議し、遥か上の階にいるリュンセル司教に、空き缶や石を投げつけた。


「先生……」

 リュンセル司教はリブレー教会堂の最高責任者ド・トーレであり、僕とウォーズが通う、神学校セミナリオ教宣リーチでもあった。


「見ろ、もう一人出てきたぞ!  少年だ!  少年が出てきたぞ!」


「え……?」

 民衆の言葉に、僕は息を呑んだ。

「ウォーズ……?」

 リュンセル司教の隣に、ウォーズが立った。


「ヴァン坊ちゃん!」

 民衆を押し退けて、ダビソンが僕の下まで駆け寄ってきた。

「坊ちゃんもいらしてたんですか!」

「ああ」

「ウォーズ坊ちゃんも、ご無事だったようでぇ!」

「そうだな。けどアイツ、何であんな所にいるんだ?」

 その時、背中の“寓話の婦人マダムグース”がずれ落ちそうになり、よっと背負い直した。

「ヴァン坊ちゃん、その娘は……?」

「あ、ああ……昨夜の襲撃でな。色々あって……」

「そうですかぃ。なんなら俺が背負いやしょうか?」

「いや!  ……僕が背負うから大丈夫だ」

 

 正直言って、背中のマダム(と言うよりレディ)は重い。

 だがレックスマン家の人間として、他の誰かにこのレディを預けることなんて出来やしない。


「教会は即刻、『カカシ』と戦う手段を講じろ!  我々人類は、神の啓示になど屈しぬっ!」

 未句麗の抗議で、次々と民衆達は、教会堂の正門に押し寄せた。


「教会は人類を滅ぼす!」


「教会は人類を裏切った!」


「教会は人類の敵だ!」


 正門を押し破ろうと、民衆は武器を片手に蜂起した。

「ヴァン坊ちゃん、このままじゃあ、ウォーズ坊ちゃんが……!」

 反教会を掲げるダビソンも、ウォーズの危機には、苦悶の表情を浮かべた。

「ウォーズ……」

 見上げる先の弟は、ぐっと口を噤んで、民衆達を見下ろしている。

 

 リュンセル司教が一歩前に出た。


「我らが家族ファミスタよ! 『神』は我々人類に、新たなる世界をご用意なされた!  我々はもう、この世界の住民ではない!  我々は『神』の御許に昇ることを赦されたのだ!  さあ、共に昇ろう!  私の隣にいるこのウォーズ・レックスマン司教が、3体目のフラミンゴス教会の神獣となり、我々人類を『神』の御許へと運ぶのだ!」


「ウォーズが神獣……?」

 僕は困惑した。

「ヴァン坊ちゃん、ウォーズ坊ちゃんが神獣ってなんなんです!?  司教って、ウォーズ坊ちゃんは、司祭になるんじゃねえんですか!?」

「分からない!  僕にも訳が分からないんだ!  けど、フラミンゴス教会にはアウレアとアーテルという神獣がいて、その神獣が亡き魂を『神』の御許へと運ぶとされているんだ。その神獣がウォーズ?  アイツ、そんなこと一言も……」

 俄かに辺りが暗くなった。

 

 暗雲が太陽を隠し、雨が降り始めた。

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