第2話 不信
日が暮れだし、僕達は屋敷へと戻った。
広大な屋敷の一角で、何やら使用人達が集まっている。
「こんな所でどうした、お前達」
「ヴァン坊ちゃん! ウォーズ坊ちゃん!」
彼らの後方から、モクモクと黒煙が上がってきた。
「なっ! オマエら、まさかっ……!」
「いや、これは……」
使用人の1人、庭師のダビソンが、気まずそうに口を開いた。
彼らが燃やしていたモノ、
それは屋敷周辺に無造作に立っていた、『カカシ』。
神の啓示によって定められた、『終わりの日』を迎えた世界の、次の支配者。
「まだ芽吹く前の『カカシ』か」
「へい。まだここいらの『カカシ』は只のカカシで、無害なもんでぇ。だから今の内に燃やしちまおうかって、皆で話し合って決めたんでさぁ」
ダビソンが緊張している。
彼に助け舟を出さんと、掃除婦のミージャが口を開いた。
「『終わりの日』が近づいている今、都会では命を芽吹かせた『カカシ』が人間狩りをしていると聞きます。幸いにも、ジェノレープ地方はまだ『カカシ』が芽吹く前で、誰もその被害に遭っていませんけど、いつこいつらが芽吹くとも分かりませんわ?」
ミージャもダビソンも、その他の使用人達も皆、『カカシ』に対する恐怖心を隠せないでいる。
そもそも『終わりの日』を肯定した世界の権威、フラミンゴス教会の教えを敬虔に守る教徒が世界の大半を占めている中でも、今回の教会の決定には、多くの人々が不信を抱いていた。
「……だが、『カカシ』を処分することは禁じられている。教会でそう決められたことだ。オレ達の行く末は運命で決められていて、『終わりの日』を、ありのままに受け入れなければならねーんだ」
ウォーズの説教に俯く使用人達。
僕もフラミンゴス教会の聖職者を目指す手前、やり切れない想いはあるものの、世界の決定に従う他なかった。
「なんで教会は、そんなモン受け入れちまったんですか……」
ポツリと、ダビソンが呟いた。
「神の啓示だかなんか知りやせんが、そんなきな臭ぇモン、突っぱねてやればいいんだ」
「ダビソン……」
そう彼の名を呼んだミージャや、他の使用人達の表情も暗い。
はっと顔を顔を上げたダビソンが、堰を切ったように反抗心を露わにした。
「そんなモン、抗って、戦って、どうにかして人間が生き残る道を探してっ! 『終わりの日』なんてモンは、最初からなかったかのようにすればいいじゃねえですか! 『カカシ』なんて気色悪ぃモンに取って代わらちまう程、人間は弱くねえでしょ!」
ダビソンの熱のこもった意見に、僕の心が揺さぶられた。その通りだ、と納得する自分がいた。けれども、教会の中枢を目指すウォーズの顔は、険しかった。
「教会にとって、神の啓示は、最も人類が享受すべき『神』の御意思なんだよ。その『神』が人類に終わりを示唆されたんだ。それに従えば、人類は更なる高みへと導かれる。そう教会の中枢は考えているんだ、ダビソン」
ダビソンが首を横に振った。
「……スンマセン、俺には、ちっとも分からねえです」
「今は分からなくても、その時が訪れれば、きっと理解できる」
ゆっくりとウォーズが諭し、ロザリオを掴んだ。それに救いを求めんと、彼等もまた、胸元のロザリオを躊躇いがちに掴んだ。
みんな、みんな眠れずに、目の下には、酷いクマが出来ている。
その場が沈黙した。
パチパチと、『カカシ』が燃えている。
僕は、灰になりゆくそれを力なく見つめた。
世論は信仰心を捨て始め、『カカシ』排除の動きを見せつつある。
当然だろう、と僕は世論こそが人類の正しい在り方だと理解していた。だが僕は、聖職者を目指す者として、ウォーズの説教を心に深く刻まなければならない。
フラミンゴス教会の教えに賛同してこそ、僕が聖職者を目指す意義があった。
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