6話 〈コミュニティ〉

「た、助かったの……?」


「そうみたいですね……?」


 火姫が気絶した後も数十秒放心していた亜美と南川が、ハッと目を覚まして喋りだした。そこへ詠夜が近寄ってきて、話しかけた。


「無事でしたか?」


「はい、何とか。〈勇者さん〉、私の娘と研究成果を、どうもありがとう」


「いえいえ、では、私はこれで」


 詠夜はそういうと、火姫とシャイニーブルームを抱えて歩き始めた。


「オイオイオイ待ってよ〈勇者〉さん! 私の娘が如何に可愛いからって報酬がわりにはならないわよ? ちょっと一発殴らせ……きゃっ」


 亜美は怪我の痛みで転ける。


「この子の力は私達〈勇者達〉に必要な可能性が高い。特権で連れて行こうと思います。悪く思わないで……ん?」


「どうしたんだ?」


 南川が問う。


「さっきこの棒を『私の研究成果』って言いましたよね? ……貴女も連れて行った方がよさそうですね。よいしょっと」


「なっ、えっ、速っ!? うそ、抱えられるの見えなかった!?」


 詠夜は火姫を丁寧に地面に寝かせたと思えば亜美を左手で抱え、空いた右手で弓矢を出していた。


「お母さんなんですよね。この子と一緒にいたいならこれを握ってください。取って食おうなんて思っていませんから」


 亜美が詠夜を止める事ができる可能性は万に一つもなかった。流石は〈勇者〉。力の差は歴然であり、捕まえることは出来なそうだ。亜美を捕まえたとき然り、詠夜は火姫を連れて逃げようと思えばいつでも逃げられる。それをこう言ってくれているのだから、妥協すべきだろう。


「……仕方ないわね」

 亜美が弓を握ると、握った手が離せないほど強力に矢にグリップした。


「じゃあ着弾まで放さないようにッ!」


「え?」


 その直後、詠夜が弦を離すと亜美は弓矢とともに飛んで行った。


「きゃああああああ、し、死ぬううう、あ、でもこれ凄い! たーのしいいいいいいいい!」


「いいなー羽箒先生。僕も勇者の力で飛んでみたいなー」

 あんな風には飛びたくないけど、とそんな南川の心の声を詠夜は拾ったのか、


「貴方まで連れていくのはめんどくさそう。警察が来るまでまってなさい」

 連れていかないことを宣告した。そして小脇に火姫を抱え、自らも矢のように飛んでいった。


「そんな!? ……でもなんか今の冷たい目線良かった」



 詠夜が場を去った後、その場に残ったのは一部素材を遺して粒子に消えつつあるワイバーンの死骸と南川、男の子、女の子だった。


「おじさんハブられちゃたね! かわいそー」


「おじちゃん、いいこいいこ」


「うぅ、おじさんじゃないけど、お兄さんだけど、君たちありがとう……ハブられたって君たちの世代でも使うんだね」


 火姫たち、そして詠夜は東の空に消えていった。






「うっ……ん? どこここ?」


 火姫が目覚めると、そこは知らない病室だった。


「おっ、目が覚めたな火姫くん」


「はい。貴方は……誰?」


 目を覚ますと目の前におっさんがいた。


「ああ、俺だけ君の事を知っているというのはよくないな。自己紹介しよう。稲一七郎いないちななろうだ。〈陸上自衛隊特殊防衛大隊〉の隊長を勤めている」


「特殊防衛大隊?」


「〈勇者達〉は知っているか?」


「はい。さっき助けて貰いました」


「話が早い。日本では、〈勇者達〉はほぼ全員この部隊に入っているんだ。表では〈コミュニティ〉という通称を使ってはいるがね。コミュニティだと仲が良さそうだろう?」


「はぁ。そうなんですか」


「反応が薄いな。学生なら噂で知っているかもと思っていたが……。詳しく説明しよう。世界的に見ると〈勇者達〉は皆国家的な組織には所属せず、フリーでやっている。魔物が出たとき以外、いや時には魔物が出たって、何にも縛られない、いつも通りな生活だ。報酬はないが、戦闘の結果物をいくら壊したって文句は言われない。だが、日本では彼らはそのような生活を送っていない。なぜなら、自衛隊の〈嘱託陰陽師〉として働いてもらっているからだ」


「はあ。そうなんですか」


「外国では〈勇者達〉に給料は出ない。日本では出る。するとどう違うのか。単純だが……判るかな?」


「……外国では、勇者の仕事や学業の都合、とか……あと面倒くさがりで魔物を無視する場合があるけど、日本ではその心配が無い……ですか?」

稲一は頷いた。


「その通り。という訳でだ。ここまで話せば解るだろうが……羽箒火姫君。君も〈コミュニティ〉、〈特殊防衛大隊〉に入って貰いたい」


「えっ」


「ん?」


 火姫は困惑した。〈コミュニティ〉に入れ? どうして自分が〈勇者達〉の所属する機関に入ることを求められなければいけないのだろうか。普通、勇者というのは『聖遺物』、すなわち――


「私、〈STAR〉は持っていないんですけど……?」


「あるじゃない。私が作ったこの、〈シャイニーブルーム〉が」


「ママ! ……怪我はなさそう、良かった」


「おかげさまでね。火姫、頑張ってくれてありがとう」


「うん! ……で、〈シャイニーブルームこの棒〉って〈STAR〉だったの?」


 稲一は亜美の意見を改めて確認するように亜美の方を見ていたが、亜美が頷くのを見て火姫に向き直った。


「君が寝ている間にこちらの方で検査させてもらった。これは間違いなく〈聖遺物〉だという結果が出た。どの神話の物か、由来は不明だが……検査にはちゃんとママさんの許可は取ったから安心してくれ」

 亜美が「ママさんだなんて……」と吹き出した。意味が分からなかった稲一は無視して続けた。


「検査結果は先んじて私の端末に送られてきたんだが、間違いなく〈聖遺物〉だという判定が出ている。そしてこれを使えるのは火姫君と、君のお母さん、亜美さんだけのようだ。亜美さんによると君に合わせて作られたもので、君が使うと最大パフォーマンスを発揮するという。だから――」


「だから私に戦えっていうことですか? 仕事として」


「……その通り。だが大丈夫。〈嘱託陰陽師〉になったからといって、高校を辞めるとか、大学に行けないとか、そんな心配は全く無い。なぜなら最近、秘密裏でこのような法案が可決されたからだ」 


 稲一がそう言って取り出したのは一枚の紙だった。どうやら法案の文章が書いてあるようで、それは一見しただけでも火姫を驚かせるに十分値するものだった。

『公立高等学校においては魔物討伐により単位の取得を認める。私設の高等学校はできるだけ認めるように努めなければならない』

 要約するとこんな感じである。


「それと、これだ」


「〈嘱託陰陽師〉大学卒業資格取得の手引書? ……これって大学に行かなくても大学卒業資格が得られるってことですか」


「その通り。勉強自体はある程度してもらうが、大学卒になれる。流石に修士や博士を取るためには自力で大学院に入学してもらわなければならないが、そういう人にはコーチが付くことになっている。安心だ」


「大学の自由な生活とサークル活動とかアルバイトは?」

「自由な生活については……君は高校生だからまだそうはならないが、大学生の〈勇者〉は平時は学部生として特別枠で授業を受けていたり、研究室にも特別枠で行っている。魔物が出たときは呼んでいるがね」

 まあ、色々大丈夫だから気にしないでくれ。好きなアーティストのチケットだって用意するし、服が欲しいとかパソコンが欲しいとかでもある程度は大丈夫だ。旅行は日程の調整が必要だが……実はお嫁さんになりたいとかでもOK。と稲一は言った。


「それはまた……太っ腹ですね」


「限度はあるがね。情報部署の予測では、来年には魔物に対して対物ライフルが全く効かなくなる見通しだ。5年後には核爆弾も効かなくなるだろう。火器無しに、町を破壊せずに魔物を倒せる〈勇者〉の待遇はすこぶる良い。詰まるところお偉方は、良い生活させてやるから自分らを守れ、という積もりらしい。〈勇者〉は大抵子供だというのに。まあ、武士になったとでも思って欲しい。

……さて、〈コミュニティ〉に入って魔物退治、やってくれないだろうか」

 武士……戦いの世界に身を置く者である。そう考えた火姫は戦いのイメージを思いだそうとして、


『ギョアアアアアアアア!』


「っ!?」

 初めてワイバーンを見たときの記憶をフラッシュバックさせ、ふらついた。


「……大丈夫か? 何があったかは詠夜君から聞いているが、ワイバーンと交戦したときは怖かっただろう。だが、思い出すべきことはそれだけではないはずだ」


 そう。戦いは恐怖だけではなかった。確かに火姫だけではワイバーンを倒せなかっただろう。それでも、火姫の時間稼ぎによって詠夜の到着が間に合い、園児等の命は救われたのである。


「(私の頑張りで命を救える?)」

 戦士として人に求められる。それは火姫にとって初めての経験だった。

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