4話 火姫とワイバーン

「見つかった!」


 すぐにワイバーンの行動は変化した。

 今までは自分を傷つけないように穴から抜けようと、そっともがいていたのだが、それが火姫達に気づくや否や、穴を広げ、体に多少の傷を負いながらでも、なるべく早く火姫達の方向へ向かおうとし始めたのである。


「這いずってでもどこかに隠れて!」


 火姫は有無を言わさずに、亜美と南川を地面に置いて駆け出した。その間にワイバーンは幼稚園を破壊しきり、羽ばたき始める。

 そして、火姫が幼児たちの下へたどり着こく直前、飛んできたワイバーンは園児の目の前に着地していた。園児は動くことができず、泣き叫んでいた。

『グギャアアアア…!』

 叫んだワイバーンが園児に噛みつく寸前、火姫は何とか割り込みを間に合わせた。


ギャァァァン……


 金属同士がぶつかり合うような音とともに、火姫の身体に、今までに感じたことの無い衝撃が走った。シャイニーブルームを通して伝わる衝撃が、火姫の全身を揺さぶった。


「ぐぬぬぬぬ……」


 飛び込む前、シャイニーブルームによる身体能力向上効果により跳ね飛ばされることは無いだろうと予想できたが、ワイバーンは噛みつこうとしていたので、それを防ぐためには首を跳ね飛ばすなどして殺してしまうか、シャイニーブルームに噛みつかせるしかなかった。


その中で、一般人が咄嗟に取れる行動はどちらか。


「止めはできたけど……」


 シャイニーブルームは猫に咥えられたお魚のように、口から横向きにはみ出していた。そして現実は理想的とはいかないもので、火姫の持ち方が素人だからか、ワイバーンの癖のせいか、少し傾いている。


膠着状態が生まれた。火姫の力とワイバーンの力が拮抗し、園児に向かおうとするワイバーンと、それを止めようとする火姫は、押し合いつつ、けん制し合っている。


「今のうちに速く逃げて!」


「あ……わああああああ!?」


火姫の声に気づいた子供たちは我に返ったのか、必死に二人から逃げ始めた。その時間を稼いでいる間に、火姫は次の策を巡らせる。


 そんな時、ワイバーンのよだれがシャイニーブルームを伝って左手の方へ流れ始めた。注意力が鋭敏になっている火姫はそれに気づき、シャイニーブルームを前後に揺さぶり離れようとする。しかしワイバーンはこのまま得物を奪ってしまえば勝てると確信しているのか、飼い主に骨を取られたくない犬のように抵抗し、離さない。


「うわ、ばっちぃ! 離せー!」


そして次第によだれは持ち手の方へ向かっていく……が、火姫は良いことを思い付いた。

ワイバーンはシャイニーブルームを離さないように全力で噛みついている。その顎に全力で膝を入れれば中々のクリーンヒット、更に自分の身体能力は上がっているため、それなりのダメージが見込めるのではないだろうか。


――シャイニーブルームは折れるかも知れないが。


「おりゃ!」


火姫の決断は速かった。即刻叩き込まれた渾身の膝蹴りは、顎に綺麗に入り、クリーンヒット。ぱきっ、と間の抜けた音がして、折れた歯がワイバーンの口から落ちた。


「ガァアアアアアア!?」


ワイバーンは優勢だと思っていた所に唐突に襲ってきた激痛に怯んで、シャイニーブルームを離した。


「よしっ」


火姫はシャイニーブルームを適当な上述のような構えで直した。


(よだれが消えている……?)


視界の隅っこで見てみると、ぬめりは一切ない。自動浄化機能があるようだ。便利な棒である。しかしそれに気を取られるのも一瞬にしておいて、火姫はワイバーンを睨み付けた。

 ワイバーンの視線は火姫に痛めつけられてもなお、未だに動けない園児の方へ向けられていた。


突如、いや、実際は十分な予備動作を行ってから、ワイバーンは飛び上がった。


「あっ、待て!?」


予備動作があっても大ジャンプを見抜けず、反応が遅れた火姫は慌ててワイバーンへ距離を詰めるが、飛翔には間に合わなかった。ならばと地面を強く蹴り、シャイニー

ブルームのジャンプ突きを放った。


(直撃コース!)


しかし――体を捻り躱された。空中での機動では、やはりワイバーンに分があった。

飛べない火姫は保育園の方向に飛んで行ってしまい、最早園児、亜美、南川とワイバーンを隔てるものは何もなくなってしまった。そして、ワイバーンは全力で園児達へ突進する。


「しまった!?」


風切音に気づいて振り向いた園児達の体が反応するより前に、より距離が近かった女の子の方へワイバーンは肉薄した。


「やめろおおおおお!」


――どう足掻いても、間に合わない。走る速さが足りないせいで、小さな命が失われてしまう……もしかしたら、亜美と南川が殺されるのにも、間に合うかどうか。


「(あの子たちは無理だ……)」


どこか遠くが光った。

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