5話 天鹿児弓と升野詠夜
◆
升野詠夜はお爺ちゃんっ子だった。彼女の中で最も旧い記憶は、祖父に「カモシカになった弓の名人」を読み聞かせて貰っていた時である。その日は暇だからと何個も童話を読み聞かせてもらっていたのだが、その中で唯一覚えているのが、その話なのだった。
彼女はその教訓的な話を聞いていて思ったのだった。
「弓矢をしてみたい」
子供の発想は不可解なものである。弓矢で獣を狩りすぎて罰を受けるような教訓の話を聞けば、普通は「思いやりを持とう」などと発想するものだが……
「命中」
所定の所作をこなして指定位置に戻った詠夜は試合に勝利した。彼女は後攻、先行は外れだったからである。
「詠夜先輩、これで二十連勝だって……!」
「格好いい……清楚でクールで……あぁお姉さま……」
試合が終わったので、観戦していた後輩がひそひそと話始めた。二十連勝の節目といえど詠夜は気が浮かず、暗い顔になっていたからである。
「(お爺ちゃんに見せられなかったな)」
「(先輩何で泣いてるの!?)」
「(この前お爺さんが亡くなったって! 言ってたじゃない)」
詠夜が天鹿児弓に選ばれたのはこの試合の帰り道だった。
俯いて歩いていた詠夜。長い影が出来ていたが、一瞬影の背が短くなった。
「光?」
『――手にとって』
詠夜は頭の中に響く声に驚いて、つい指示通りに手を出してしまった。空飛ぶ光はゆっくりと手に向かって降りてきた。手に触れた光は輝きを徐々に鈍らせていき、手に残ったのは装飾つきの弓。握ると、弓についての情報が頭の中に入ってきた。
「
その日から、詠夜は時折授業や部活をサボるようになった。今日もその内の一日である。
〈勇者達コミュニティ〉に通達された魔物発生の情報。基本的には、一番近くにいる〈STAR〉の使い手が魔物に対応することになっている。今回は升野詠夜が一番近くにいたため、新種である〈ワイバーン〉を討伐しに来たのだが……情報では一匹のはずが、二匹いた。
「いやそれはいい、倒せる。だけれど、〈コミュニティ〉に私以外が現着していると
いう情報は……やはりない。なのにこの感じ……」
現場に他の〈勇者〉がいる。
「まるで駄目みたいね……助けてあげましょう」
詠夜は建物に遮られた視界を透してワイバーンへの射線を開き、ひょう、と矢を放った。
◆
遠くが光ったかと思えば、ワイバーンが壁に激突していた。
「……へ?」
思いがけない事態に火姫の頭は一瞬思考停止した。
光と共に、ドパンッ! という衝撃音がしたはずなのだが、ワイバーンの胴体には矢が刺さっている。普通ならブスッ! やザクッ! などの音がしそうなものだが。
火姫の頭には矢の特性などというものは浮かばなかったため、判別することが出来なかったが、刺さることよりも着弾したもの吹き飛ばすことを重視した、特殊な矢である。その衝撃の強さでワイバーンの頭は破裂したのだ。
矢の特殊性はそれだけではない。矢の発車位置である、「光った所」は建物で遮られて見えない位置にあったのだ。矢の軌跡を示す光の線も、家から湧いて出てきていた。
火姫は透過能力だけは理解して、格好いい……。と感動した。
「いやそうじゃなくて! 矢だから、さっきの弓矢の人! もうワイバーン倒したんだ!」
早いなぁと感心しながら火姫は頭が吹き飛ばされたワイバーンを見る。頭がないにも関わらず変な体制でよろめきながら今にも起き上がろうとしているが、その時間は火姫が着地し、再び突撃するのに十分なものだった。
「生きてるなら攻撃しないと……ッ!?」
凝視。
「(目は無い筈なのにッ!?)」
一歩踏み出したところで、火姫は本能的に突撃を中断した。さらに全力のバックステップで園児たちと亜美、南川が集まっているところまで下がった。
――数瞬先の死の予感。
変な体制のままのワイバーンの足は未だ壁に刺さったままであり、もうしばらくは抜けそうになかったが、火姫はそれを確かに感じた。
「(だけど私が感じたのは……自分の死じゃない。後ろにいるママや子供達が危ないという予感だ)」
「グルルルルァァァァァアア!」
火姫が下がった直後、ワイバーンの首が開いた。
「炎!?」
ワイバーンは突撃してきた火姫を無視して後ろに
それは当然――
「……受けるしかない!」
ここで避ければ後ろの人々に当たる。何のために必殺のタイミングを逃してまで下がったのか分からない。
問題はどうやって受けるのかであるが……
「あのときの光でなら……ッ!」
棒を回す。残像のような、七色の力場が残る。仕組みはわからないが、その力場はきっと、エントロピーを元手にエネルギーを操る。
「エントロピーを元手にするなら、炎の熱エネルギーは、散らせるッ!」
眼前に円形の力場が二周分出たところで、炎が迫って来た。火姫は人間の本能からだろうか、一瞬だけ、押さえきれない恐怖を感じた。
その乱れを利用するかのようなタイミングで火球が着弾、爆発した。
「ぐああああああ!?」
一部が乱れていた障壁はそこからガラスのように破壊し、火姫は吹き飛ばされた。次いで重力にしたがって地面に打ち付けられ、転がり、子供達の目の前で倒れた。
走った痛みから女の子とは程遠い野性味溢れる絶叫を上げた火姫。
「(ワイバーンは……!?)」
体が重くて動かせないが、必死に顔と目だけは動かしてワイバーンがいた方向を見る。
「い、ない……」
逃げたのか? あれほどの威力の矢を受ければ仕方がないだろう。
「ふぅ……」
園児たちは守れた。その安堵からため息を吐いた火姫に、影が射した。
「グルルルルルゥゥ……」
悪寒。寒気。やっぱり駄目だったか。
そしてワイバーンは、一先ず一番素早く食べられそうな、一番小さな女の子を食べるかのように、食道を開いた。
「あっ、あっ、やめ、やめ」
ガッ!
「やめろぉ……ぉ」
叫びも声にならないが、時すでに遅し。横目で見たが、口は閉じられている。女の子は見えない。飲み込まれている……次は男の子番なのか、火姫か。
「ダメだったな……せめて楽に……」
「楽な道に逃げないッ! 諦めるなッ!」
「えっ……?」
弓矢の人が、そこにいた。女の子を抱えて。
驚くが起き上がれない火姫。心から思ったことだけは出てきた。
「ダメじゃなかった……!」
「そう。貴女の行為は無駄ではなかった。足の遅い私が……」
抜き打ちで矢を放つ。まるで居合の様な早業。
……今度こそ衝撃矢ではなく、ワイバーンの心臓には一本の矢が突き刺さっていた。
「ギィ……」
絶命。
「あ……ありが「グギャァ!」」
ボンッ!
ビチャァァァ………
「あばば……」
「間に合うだけの時間は稼いでくれたの……聞いてなさそうね」
爆発した矢によって大量の血を浴びた火姫は白目を剥いて気絶した。トドメを刺したと思ったのに、追い討ちを掛けて矢が爆発するなんて理不尽だと思いながら。
そんな火姫を見て、全身血で真っ赤だが、目だけが白いのはシュールだ、と
詠夜は思った。
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