9話 出撃!

 火姫達が抱き合っていても説明を受けることが出来るのと同様に、稲一も額を抑えながら説明を再開することが出来る。


「……で、だ。ワイバーンが出現して、何故驚く必要があるのか、という話に戻ろう。脱線しすぎたからな」


「はーい」


「亜美さん……暫く割り込まないでください……また脱線しますから……」


「はーい♡」


「実はセカンド・ムーンの出現とともに起こった事象は魔物と勇者だけではない。海産物の漁獲量が、急激に上昇した」


「……? 何の関係が?」


「さらに、群馬県で


「……?」

 首をかしげる火姫。意味が分からんと亜美の方を見た。しかし亜美は指を口元でバッテンにして黙ったままだ。


「……亜美さん、仕方ないのでお願いします」


「ふっふっふ。火姫。実はニホンオオカミって言うのは、絶滅が確認された動物なのよ!!」


「へー」









「な、なんだってー!?」


 拍遅れで驚いた火姫を確認してから、稲一が続けた。


「そう、説明は端折るが、セカンド・ムーンの出現後、世界で『その地域に過去に存在した生物』の目撃例が多発している。それが……」


 火姫はこの説明から、一つの発想に至った。


「もしかして、セカンド・ムーンが起こした現象って……!」


 ビー!ビー!ビー!


 突然大音量のサイレンが鳴り響き、部屋の片隅にあった赤色灯が回転し始めた。


「な、なに!?」


 稲一が手持ちのタブレットを確認して叫んだ。


「火姫君、詠夜君、魔物が発生した!」





 稲一の先導で一同が駆け込んだのはブリーフィング室。既に黒板のような位置づけの画面は必要な情報を映し出していた。


「警察によれば出現した魔物は10体。ゴブリンの群れだそうだ。発生時間は15分前、場所は……マイハマだ」


「マイハマ!? あそこって確か……!?」


「遊園地がある」


「早く行かないと!」


 焦って立ち上がる火姫。勢いで椅子が後ろの机に衝突し、大きな音を立てた。今度は詠夜が火姫をなだめる番だった。


「火姫、焦ってもしょうがない。さっき私が来た時だって、ワイバーンが出現した瞬間から26分後だった。そのうちブリーフィングに使ったのは5分。現地まではすぐ着くから、少しくらい作戦会議しても間に合う。私たちが負けたら後が無いから、落ち着いて」


 どうどう、と宥められて納得した火姫は素早く椅子を引いて座った。作戦会議の時間は短い方が良い事には、すぐ気づいたようだ。


「では、簡単だが作戦を説明する……


【ブリーフィング】

 現在地は東京湾。ヘリも利用可能だが、この距離ならした方が速い。出撃順は詠夜君、火姫君の順だ。

 火姫君は初回ゆえ説明するが、既に特殊防衛大隊の〈インフォキーパー隊〉が現着している。彼らは斥候のようなもので、現地で魔物の情報を集めてくれている。画面を見てくれ。この地図にある通り、ゴブリンの位置は筒抜けだ。

 戦術はこうだ。

 まずは〈インフォキーパー5〉が遊園地の食事を利用して、群れをこの広場に集める。二人は広場の西側にして、戦闘を開始する。

 第一矢は詠夜君が、この一番大きな魔素反応の敵を攻撃。敵の統制が崩れたところで、火姫君が近接戦闘を仕掛け、詠夜君はそれを援護。とにかく〈シャイニーブルーム〉で殴りまくるんだ。そうすれば勝てる。


【ブリーフィング終了】


 作戦は以上。二人は直ちにエレベーターで出撃スペースへ向かうこと。帰りはヘリを寄こすから、無事に帰ってきてくれよ」


「「はい!」」


「火姫、詠夜ちゃん、いってらっしゃい! 気を付けてね。詠夜ちゃん、火姫をお願いします」


「任されました。行ってきます」


 火姫と詠夜はエレベーターに乗った。エレベーターに乗った時、窓の遮光が解除され、外の景色が見えた。


「えっ!? ここ船だったの!?」

「現在地は東京湾だって言ってたじゃない」


 水平線と空が見えた。今までいた場所は、軍艦の艦橋だった。放心状態の火姫から海原の景色を切り離すかのように、エレベーターの扉は決まった時間で閉じた。





 火姫と詠夜の二人きりのエレベーター。詠夜は決意を決めた表情で扉を見つめている。火姫は……ただ扉の染みを見つめていた。詠夜が声をかけると、火姫はビクッと跳ねあがり、ぎぎぎっと詠夜の方へ振り向いた。

「火姫、さっきはありがとう。どんな事があっても守るから、頑張ろう」


「う、うん、ガンバローネー」


「緊張してる……最初がワイバーンだし、怖かったよね。仕方ない。でも……えいっ」


 ぷにっ


 詠夜は火姫のほっぺたを引っ張った。


「ぶっ」


 火姫は動転して吹き出した。詠夜の顔に唾がかかった。



 



 しばしの沈黙。


「……おえっ」


「ぷっ、あははは! ご、ごめーん!」


「う、うん、緊張もほぐれたかな……? 結果オーライ。頑張ろう」


 詠夜の身を張った励ましにより、火姫の緊張はぎごちないレベルではなくなった。詠夜が唾を拭き取っているうちに、エレベーターは3階に到着した。

エレベーターの目の前には廊下があり、小さな部屋が2つ並んでいる。


「じゃあ、だね。火姫、遊園地があの幼稚園みたいに壊されないように、頑張ろう」


「うん! 私あそこのイヤーパス持ってるから、壊されたらたまらないよ!」


「それは私も頑張らなきゃ。じゃあ、こっちに入って」


「え、あ、うん」


 火姫が部屋に入ると、聞き知らぬ女性の声が聞こえてきた……合成音声だ。


『わたくし出撃管制AIのSHOOTER-AI、通称〈シュータイ〉と申します。羽箒火姫さん、目の前のインカムを装着してください』


 恥ずかしそうな名前だと思いながら火姫はインカムを取り付けた。インカムはヘッドバンド式になっており、装着すると稲一の声が聞こえてきた。


「火姫君、聞こえるかね。そこは出撃部屋になっていて、そこからするんだ。HUDの表示は見えているか?」


 作戦エリアの地図が表示された。〈インフォキーパー5〉を示す光点と、ゴブリンを示す光点が色分けして表示されている。

「はい」


「よし、色は変えなくてよさそうだな。そのインカムは通信機器ではあるが、緊急時は魔素を利用したヘルメットになる。決して魔素を切らすまで戦うんじゃないぞ」


「はい。もしもの時は当てにします」

「よろしい。君ならできる。いってらっしゃい」


『では出撃します。光の位置に足を乗せて、手を床についてバランスを取ってください』


 火姫はスピードスケート選手のスタート前のような姿勢になった。


「(えっ、これどうなるんだろう)」


『出撃準備完了。船体方位確認。魔素充填率95%まで上昇」


 火姫の足が床にがっちり固定される。目の前の壁が油圧で上に開き、外が見えた。そうかと思えば床と壁が外へ伸び、「くくくくく」のような見ためのガイドが両方の壁に表示された。


『陰陽師を増速フィールドに固定完了 魔素充填率100% 激発タイミングは自分で決めますか?」




「ななななななにこれえええええ!? えっ!? カタパルト!? もしかして激発ってそういうこと!?」


『火姫様、早く決めてください……陰陽師からの委任により、カウントダウンで激発します』



「ええええ!? あwdくぁ、ちょっと待って、こ、怖!」

 

 火姫が狼狽えていると、インカムから声が聞こえてきた。

『升野詠夜、天鹿児弓あまのかごゆみ天羽羽矢あまのはばや、激発ッ!』


 ギャンッッ!!! バシュゥッッ!!!


 詠夜は勢いよく船から発射され、マイハマの方へ飛んでいく。


『激発まで、5、4……』


 カウントダウンで突き落とされるバンジージャンプかよと火姫は思った。


「待って待って! 自分でやるから! カウントダウンで出撃するの怖すぎだから!」


『承知しました。ですがお早めに。詠夜様と到着時間がずれると戦況が不利になりかねません』





「……………………羽箒火姫、シャイニーブルーム、発進します!」


 とんでもない慣性力、すなわちGが火姫を襲った。


「あばばばばばばばばばばば」


 カタパルトの部屋が、一瞬にして背後へ消え去った。


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