9話 出撃!
火姫達が抱き合っていても説明を受けることが出来るのと同様に、稲一も額を抑えながら説明を再開することが出来る。
「……で、だ。ワイバーンが出現して、何故驚く必要があるのか、という話に戻ろう。脱線しすぎたからな」
「はーい」
「亜美さん……暫く割り込まないでください……また脱線しますから……」
「はーい♡」
「実はセカンド・ムーンの出現とともに起こった事象は魔物と勇者だけではない。海産物の漁獲量が、急激に上昇した」
「……? 何の関係が?」
「さらに、群馬県でニホンオオカミの番いが目撃された」
「……?」
首をかしげる火姫。意味が分からんと亜美の方を見た。しかし亜美は指を口元でバッテンにして黙ったままだ。
「……亜美さん、仕方ないのでお願いします」
「ふっふっふ。火姫。実はニホンオオカミって言うのは、絶滅が確認された動物なのよ!!」
「へー」
「な、なんだってー!?」
拍遅れで驚いた火姫を確認してから、稲一が続けた。
「そう、説明は端折るが、セカンド・ムーンの出現後、世界で『その地域に過去に存在した生物』の目撃例が多発している。それが……」
火姫はこの説明から、一つの発想に至った。
「もしかして、セカンド・ムーンが起こした現象って……!」
ビー!ビー!ビー!
突然大音量のサイレンが鳴り響き、部屋の片隅にあった赤色灯が回転し始めた。
「な、なに!?」
稲一が手持ちのタブレットを確認して叫んだ。
「火姫君、詠夜君、魔物が発生した!」
◆
稲一の先導で一同が駆け込んだのはブリーフィング室。既に黒板のような位置づけの画面は必要な情報を映し出していた。
「警察によれば出現した魔物は10体。ゴブリンの群れだそうだ。発生時間は15分前、場所は……マイハマだ」
「マイハマ!? あそこって確か……!?」
「遊園地がある」
「早く行かないと!」
焦って立ち上がる火姫。勢いで椅子が後ろの机に衝突し、大きな音を立てた。今度は詠夜が火姫をなだめる番だった。
「火姫、焦ってもしょうがない。さっき私が来た時だって、ワイバーンが出現した瞬間から26分後だった。そのうちブリーフィングに使ったのは5分。現地まではすぐ着くから、少しくらい作戦会議しても間に合う。私たちが負けたら後が無いから、落ち着いて」
どうどう、と宥められて納得した火姫は素早く椅子を引いて座った。作戦会議の時間は短い方が良い事には、すぐ気づいたようだ。
「では、簡単だが作戦を説明する……
【ブリーフィング】
現在地は東京湾。ヘリも利用可能だが、この距離なら激発した方が速い。出撃順は詠夜君、火姫君の順だ。
火姫君は初回ゆえ説明するが、既に特殊防衛大隊の〈インフォキーパー隊〉が現着している。彼らは斥候のようなもので、現地で魔物の情報を集めてくれている。画面を見てくれ。この地図にある通り、ゴブリンの位置は筒抜けだ。
戦術はこうだ。
まずは〈インフォキーパー5〉が遊園地の食事を利用して、群れをこの広場に集める。二人は広場の西側に着地して、戦闘を開始する。
第一矢は詠夜君が、この一番大きな魔素反応の敵を攻撃。敵の統制が崩れたところで、火姫君が近接戦闘を仕掛け、詠夜君はそれを援護。とにかく〈シャイニーブルーム〉で殴りまくるんだ。そうすれば勝てる。
【ブリーフィング終了】
作戦は以上。二人は直ちにエレベーターで出撃スペースへ向かうこと。帰りはヘリを寄こすから、無事に帰ってきてくれよ」
「「はい!」」
「火姫、詠夜ちゃん、いってらっしゃい! 気を付けてね。詠夜ちゃん、火姫をお願いします」
「任されました。行ってきます」
火姫と詠夜はエレベーターに乗った。エレベーターに乗った時、窓の遮光が解除され、外の景色が見えた。
「えっ!? ここ船だったの!?」
「現在地は東京湾だって言ってたじゃない」
水平線と空が見えた。今までいた場所は、軍艦の艦橋だった。放心状態の火姫から海原の景色を切り離すかのように、エレベーターの扉は決まった時間で閉じた。
火姫と詠夜の二人きりのエレベーター。詠夜は決意を決めた表情で扉を見つめている。火姫は……ただ扉の染みを見つめていた。詠夜が声をかけると、火姫はビクッと跳ねあがり、ぎぎぎっと詠夜の方へ振り向いた。
「火姫、さっきはありがとう。どんな事があっても守るから、頑張ろう」
「う、うん、ガンバローネー」
「緊張してる……最初がワイバーンだし、怖かったよね。仕方ない。でも……えいっ」
ぷにっ
詠夜は火姫のほっぺたを引っ張った。
「ぶっ」
火姫は動転して吹き出した。詠夜の顔に唾がかかった。
しばしの沈黙。
「……おえっ」
「ぷっ、あははは! ご、ごめーん!」
「う、うん、緊張もほぐれたかな……? 結果オーライ。頑張ろう」
詠夜の身を張った励ましにより、火姫の緊張はぎごちないレベルではなくなった。詠夜が唾を拭き取っているうちに、エレベーターは3階に到着した。
エレベーターの目の前には廊下があり、小さな部屋が2つ並んでいる。
「じゃあ、激発だね。火姫、遊園地があの幼稚園みたいに壊されないように、頑張ろう」
「うん! 私あそこのイヤーパス持ってるから、壊されたらたまらないよ!」
「それは私も頑張らなきゃ。じゃあ、こっちに入って」
「え、あ、うん」
火姫が部屋に入ると、聞き知らぬ女性の声が聞こえてきた……合成音声だ。
『わたくし出撃管制AIのSHOOTER-AI、通称〈シュータイ〉と申します。羽箒火姫さん、目の前のインカムを装着してください』
恥ずかしそうな名前だと思いながら火姫はインカムを取り付けた。インカムはヘッドバンド式になっており、装着すると稲一の声が聞こえてきた。
「火姫君、聞こえるかね。そこは出撃部屋になっていて、そこから激発するんだ。HUDの表示は見えているか?」
作戦エリアの地図が表示された。〈インフォキーパー5〉を示す光点と、ゴブリンを示す光点が色分けして表示されている。
「はい」
「よし、色は変えなくてよさそうだな。そのインカムは通信機器ではあるが、緊急時は魔素を利用したヘルメットになる。決して魔素を切らすまで戦うんじゃないぞ」
「はい。もしもの時は当てにします」
「よろしい。君ならできる。いってらっしゃい」
『では出撃します。光の位置に足を乗せて、手を床についてバランスを取ってください』
火姫はスピードスケート選手のスタート前のような姿勢になった。
「(えっ、これどうなるんだろう)」
『出撃準備完了。船体方位確認。魔素充填率95%まで上昇」
火姫の足が床にがっちり固定される。目の前の壁が油圧で上に開き、外が見えた。そうかと思えば床と壁が外へ伸び、「くくくくく」のような見ためのガイドが両方の壁に表示された。
『陰陽師を増速フィールドに固定完了 魔素充填率100% 激発タイミングは自分で決めますか?」
「ななななななにこれえええええ!? えっ!? カタパルト!? もしかして激発ってそういうこと!?」
『火姫様、早く決めてください……陰陽師からの委任により、カウントダウンで激発します』
「ええええ!? あwdくぁ、ちょっと待って、こ、怖!」
火姫が狼狽えていると、インカムから声が聞こえてきた。
『升野詠夜、
ギャンッッ!!! バシュゥッッ!!!
詠夜は勢いよく船から発射され、マイハマの方へ飛んでいく。
『激発まで、5、4……』
カウントダウンで突き落とされるバンジージャンプかよと火姫は思った。
「待って待って! 自分でやるから! カウントダウンで出撃するの怖すぎだから!」
『承知しました。ですがお早めに。詠夜様と到着時間がずれると戦況が不利になりかねません』
「……………………羽箒火姫、シャイニーブルーム、発進します!」
とんでもない慣性力、すなわちGが火姫を襲った。
「あばばばばばばばばばばば」
カタパルトの部屋が、一瞬にして背後へ消え去った。
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