第3話 勇者とワイバーンと火姫
◆
「ママッ!」
亜美の下へと駆け寄った火姫は現状に軽く冷や汗を掻いた。
「火姫……私を置いて逃げて」
先程火姫がワイバーンに気を取られていた間に、亜美はコンクリート片で右の足首を打撲していて力が入らず、それに気づかないまま火姫の下に駆け寄ろうとしたとき、左足首を捻挫していた。どちらか片足も使えないようでは肩を貸して歩くこともできない。
加えて南川はふくらはぎに浅い裂傷があり、何とか一人で歩けるものの亜美に肩を貸すどころの話ではなかった。
逃げる算段を立てようとする火姫だったが、現実的に考えると行き詰まってしまう。
(どうしよう……? 背負って逃げるしかない? でも背負ってたら階段降りれないかも……エレベーターは駄目だし……)
「火姫、早く行きなさい」
火姫の力では亜美を背負えば階段を降りることは出来ないだろう。しかし階段から降りなければ流れ弾が飛んでくる可能性もあり、安全とは言いがたい。
そのジレンマにいつまでも囚われているような火姫ではなく、一度試してみて、階段を降りることができなければ階段の影にでも隠れていようと考えた。
「ママ……そうだね。もうどうにでもなれ! ってね。よっと」
意を決して、火姫は亜美をひょいと無造作に背負った。俵担ぎで。
(あれ、軽い?)
亜美は思いの外軽かった。下りられるかは階段についてから考えようと思っていた火姫は、しかしその瞬間下りることができると確信して南川と頷き合い、階段に向けて走り始めた。
「ママ体重何キロなの? 痩せた?」
「46キロよ? 変わってないわ。それより、予定通りシャイニーブルームのエントロピー回収能力が火姫の身体能力を増したみたいね。今の火姫にしょわれるなら階段おりるより窓から飛び降りた方が安全かも」
亜美の身体が軽く感じたのと、シャイニーブルームを手にした時にひっくり返って転けたのは身体能力が上がったのが原因であるらしかった。
「そっちなんだ! ママが激ヤセしたのかと思った!来週からお弁当がマヨネーズ定食になるところだったよ!」
「それは……うぇっ」
「冗談だよ。ほら、南川先生も、行きますよ?」
いつの間にか南川は近くの壁を背にして座り込んでいた。
「僕死んだふりしてあの戦い観察するから二人は行ってていいですよ? 貴重な〈勇者達〉が戦う光景ですから」
「・・・バカなんですか?」
「それいいわね! 火姫、降ろして!」
「うわっ、暴れちゃだめ!」
天才ってやっぱりアホだなぁと思いつつ、現在の身体能力を自覚している火姫は南川を楽々と腰に抱えあげて避難を開始するのであった。
それからは何事もなく建物の外に出ることが叶う。意外にも建物の外は、いつもよりも静かだった。
「はぁ……見たかったなー。火姫ちゃん、ひどいや」
「あの人の武器は弓矢だったんですから流れ弾で死ぬかも知れなかったんです!」
「死んでも良かったのにー」
「ママ、死んだらあの勇者さんに失礼だよ? それに私たちが居たら流れ弾を気にして全力で戦えないかもしれないじゃないの」
「「ぐぬぬ……」」
「ぐぬぬ、じゃないの。それに日本にワイバーンが来るのは初めてなんだし、危ないよ」
海外では二、三週間前に現れ始めた新種の怪物ワイバーンは、今まで湧いてきていた
「遂に日本にも強いモンスターが来ちゃったのね……」
亜美は何かを火姫に伝えなければならない様だったが、歯噛みする。
心では伝えたくないと思っていた。
「とにかく、避難場所まで逃げましょう。電磁抗力盾が付いている施設って須野小学校よね。火姫、早く連れてって」
「はいはい。初乗り料金は570円ね」
「代わりにショコラケーキあげるね」
ショコラケーキは火姫の大好物であった。わざとらしく喜ぶアクションをする火姫。
「わあい。ありがとう南川さん! 折角だし走って行こうっと」
二人を抱えても平気だと既に悟っていた火姫は南川を降ろすことはせず、自分の身体能力を確かめるようにリズムよく駆け出した。
――地面を抉るような加速で駆け出した火姫の後方には一条の虹が掛かっていた。
「ふふふふん~ふふふん~ふんふ~ん」
走り出した火姫はすこぶるご機嫌だった。二人も抱えているのに重たくないし、身体強化の影響下で走ると、案外風が気持ちよいのだ。全力では車ほどの速度が出たため、途中で車道に道を切り替えて小学校に向かっていた。
一番ご満悦なのは肩凝りが治った事に対してではあるものの、火姫はシャイニーブルームに愛着を持ち始めていた。
そんな火姫の視界の隅に黄色い帽子が映ったのはその時だった。
「幼稚園……」
ちょうど火姫が通りすぎる直前、男児と女児が向こうの道にある幼稚園へと続く路地から出てきた。必死な表情だ。
「どうしたのかな……? もしかして他にも魔物が?」
亜美に携帯を見せてもらいアプリを見るが、魔物予報では、「ワイバーンが1体」としか表示されていない。慌てて逃げる必要などは無いはずである。まさか、弓使いの『勇者』がワイバーンを逃がしてしまったのか――
『グギュアアアアアア!!』
ワイバーンの咆哮が聞こえたのは、そこまで思考した時だった。
路地の向こう側の道の幼稚園の屋根に、傷一つない新品のワイバーンが陣取っている。
「やっぱり、もう一匹いたんだ!?」
勢いよく着地しようとしたワイバーンの重みに耐えきれなかったのか、幼稚園の屋根には大穴が開いていた。着地したときの圧力によるものか、窓ガラスが爆散していた。
ワイバーンは脱出しようともがいている。幼児の方は見ていないため、火姫の所までくれば可視圏内から外れることが出来る。
「わああああああん! あああああん!」
転んだことで遂に恐怖に耐えられなくなったのか、小さな生きた餌は、丁寧な自己主張を始めてしまった。ワイバーンが、園児達と火姫達に注目した。
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