エピローグ 少年は詐欺師と共に

 僕は薄れゆく意識の中で、「ありがとう」というユキの声を聞いたような気がした。そんなはずはないのに。僕がユキを殺したくせに。


 ごめんね、ユキ。


……………………

………………

…………

……


 意識が暗い闇の中から一瞬だけ浮かび上がり、胸の強烈な痛みにかき乱され、また沈んでいく。


 何度それを繰り返しただろう。やがてまばゆい光が瞼の裏を照らし、僕は慌てて目を開く。仰向けになった僕の目と鼻の先に、詐欺師のような男の顔が浮かび上がる。もう1人見知らぬ男が居て、白衣を着ていた。どうやら、どこかの病院の治療室のようだった。


「ここは、どこだ?」

「その質問は後回しだ。時間がない。俺には真実を語る義務がある」


 男は僕を黙らせると、口早に語り始めた。その男の語る真実は、僕をひどく混乱させた。しかしそこに嘘はないように思え、全てを現実のこととして受け止めている自分がいた。僕には男が語ったような力はなかったこと、男が殺した者は全て生き返ること、僕がユキを殺したわけではなかったということ、それから――僕がユキを怯えさせていたこと。まさか、僕がユキを怯えさせていただなんて。ユキが生きていると知っても、自分を責めずにはいられなかった。


「僕はどうして生きているんだ? あんたの計画は成功したし、僕は確かに死にたいと強く願った。なのにどうして?」

「さあな。確かに死にたいと願ったのかもしれないが、心のどこかでは生きたいとも願っていたんだろう。2つの矛盾した思いは同時に成立しうる。人間だけの特権だがな」


 本当は知っていた。僕が生きているのはこの男の計らいなのだと。この病院にまで移動する間、。暗い闇の中で感じた胸の痛みは、この男のナイフが突き刺さっていたからなのだと。だが、この男が死に損ないの僕に何を求めているかは全くわからなかった。


「それで、僕にどうしろと?」

「同じ話を繰り返すようで悪いが、俺の仲間になれ。と言っても今度は、『自警団』へ復讐するためだ」

「――『自警団』への復讐?」

「そうだ。君が俺の仲間になるのであれば、今ここで君の命は助かる。俺の仲間にならないのであれば、出血多量で死ぬ」

「じゃあ、殺してくれて構わない。これ以上生きてまで、『自警団』を懲らしめてやろうとも思わない。僕は死ぬべき人間なんだ、放っておいてくれ」

「だが、君が死んだらユキはどうなる?」


 僕の息が詰まった。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだった。


「ユキは能力の存在を確信している人間だ。いずれ自警団に目をつけられる。そうなった時、ユキを護るのはお前しかいないはずだ。それなのに、君は今ここで死ぬのか?」

「だけど、僕は、ユキに拒絶された――」

「それがどうした。ユキの前に姿を現さなくたって、こっそりユキを護る方法はいくらでもある。君はユキを護りたいと思わないのか?」

「――でも、いいのか? 僕はあんたを裏切るかもしれないんだぞ? 『強大な力は存在そのものが悪意だ』って言ってたじゃないか」

「確かに君の存在は悪意だ。だが、俺だって根っからの悪党だ。悪意だって上手く制御できるさ。――そもそも君は、ユキが笑顔で生きてさえいれば他に何も望まないんだろ?」


 ユキの笑顔。その言葉を聞くだけで、僕の鼓動が高鳴った。本当の笑顔に触れるたび、いつも鼓動が高鳴っていたのを、今更ながらに思い出したのだ。


「――さて、君はどうする?」


 男は僕に向かって手を差し出した。僕は弱々しい手つきでそれを握り返す。


「ユキのため――いや、ユキの笑顔を護るためなら」

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