幕間2 少女の記憶と感情
閉館間際になってもケンジは帰って来なかった。さっきからLINEに連絡を入れてみてはいるけれど、返事はない。どうしたんだろう。妙な胸騒ぎが身体の中を締めつける。それは心配とは全く別の、暗い感情だった。どうしたんだろう? 何か犯罪にでも巻き込まれてしまったんだろうか? そして、また殺しちゃったんだろうか? 私はまた、悪夢を視るようにして1つの情景を思い出す。
薄暗くて狭い車の中で、鼓膜が破れそうなほどの轟音。上からぱらぱらと降り注ぐ天井の破片と真っ赤な血と肉片。目の前や左右に居た男達は見る見る内に肉片へと切り刻まれていき、最後の方には殆どただの黒赤い液体になっていた。ツンと鼻を刺激する、強烈なヘモグロビンの臭い。口にじわじわと広がる胃液の味。胃液にも血の臭いが染み付いていて思わずえずく私。
それなのに、当のケンジは車を降りると、私に手を差し伸べて笑った。
「さあ、家に帰ろう、ユキ」
私は耐えきれなくなって、ケンジに向かって思わず吐き戻した。その嘔吐物はケンジの服や脚に直撃した。ケンジの笑顔が大きく歪んだ。それから風が吹き、腕や顔の肌が焼けるように熱くなり、じくじくと痛みを訴えていた。私は何度も何度も謝って、壊れるくらいに謝り続けた。
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私はベンチに座っていた。ケンジのスマホには連絡を入れているけれど、ケンジがそれを見ているかどうかは怪しかった。本当は帰ってしまいたかったけれど、それもできなかった。ケンジを怒らせるかもしれないから。
惨殺風景を目の当たりにしたあの日から、そればっかりだった。
ケンジを怒らせないように、ケンジに嫌われないように。私はそれだけを考えて生きるようになった。ケンジの怒りに触れたら最後、殺されるかもしれないから。
気づいたら笑えるものも笑えなくなって、それでもケンジの怒りを買わないために笑顔を偽装しようとして、それも失敗して、謝って、いっそのこと遠ざかろうとして、その度にケンジは近づいてきて、それを私は拒絶できなかった。
ケンジはわたしのことを昔と同じように想ってくれているのかもしれない。ケンジはわたしに怒ることないのかもしれない。それでもわたしはたまらなく恐ろしい。たとえケンジにその気がなかったとしても、私にはそれがわからないのだった。だって、私はケンジじゃないから。
――何考えてるかわからないし、平気で他人を殺しちゃうような頭のおかしい人かもしれないと思うと、心なんて安らぐはずもなかった。
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