幕間1 少女は悪夢を視る

 ケンジが飲み物を買いに行ってからしばらくして、緊張の糸がほぐれたのだろう、私は寝不足の頭を腕で支えながらまどろみ、夢の中へ意識を彷徨わせた。その夢は、あの日から何度も視る、悪夢のような記憶だった。


 薄暗くて狭い場所で、鼓膜が破れそうなほどの轟音。上からぱらぱらと降り注ぐ何かの破片と液体。


 目を覚ませ、目を覚ませ。私は働かない頭で必死にそう命令するけれど、瞼は開いてくれない。


 ツンと鼻を刺激する、強烈な鉄錆の臭い。口にじわじわと広がる胃液の味。そんな絶望的な地獄絵図の中で、差し伸べられるケンジの右手。そして――。


 机の上のスマートフォンが振動し、私は慌てて目を覚ます。ケンジからのLINE通知だった。『急用が出来た。そっちに戻るの遅くなるかも。ごめん。』というメッセージだった。ケンジらしいメッセージだった。


 ――あの日のことはきっと一生忘れないだろう。でもそれでいいのだ。忘れてしまうことの方がよっぽど怖いのだから。


 私はもう一度腕の中に頭を沈めた。


 ――次こそは、あの夢を視ませんように。

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