第3話 勇者と魔王と。

「改めまして。そして初めまして勇者諸君。私が魔王ヴェルクスだ」


突然の魔王の登場に回りは騒然としている。無理もないことだろう。

この世界の住人は絶望の色に顔が染まっていく。勇者として召喚されたクラスメイトたちも突然のラスボスの登場で口々に

「あれが魔王」「いきなりラスボスかよ・・・」などと漏らしている。


「今日は別に勇者たちに何かをしようなどとは思っておらぬよ。どのような者たちが召喚されたのかと見に来ただけだからな」


ヴェルクスは周りを見渡しながら答える。ヴェルクスのことだから召喚された者たちが心を強く持って自分を討ちに来てくれることを考えてのことだろう。と大樹は予想する。

そして魔王の視線が大樹の方に来ると挨拶変わりに神威を出す。それを感じ取ったヴェルクスは驚愕の顔をして柄にもなくキョロキョロと見渡す。だが、すぐに探すのをやめまた見渡す。

だが、その顔は先ほどまでの真面目な顔ではなく長年に渡って離れ離れになっていた旧友に再会したかのような表情だった。

その顔をみた大樹もなんだかまた会えたことに嬉しさを噛みしめていた。遠い過去の話にはなってしまっているが大樹と魔王は互いの存在をかけて戦っていた。そんな敵同士のはずなのにである。


「今日は嬉しい誤算があった。勇者諸君よ。強くなれ。そして私を見事打倒して見せろ あぁ、それとな君たちを元に戻すための条件は私を見事に打ち倒すことと世界を通じるアイテムを集めることだ。そのアイテムがどこにあるのかどんな形をしているのかは私もわからない。私の言っていることを信じるか信じないかは君たちの自由だ。では、いつになるかわからぬが君たちにまた会えるのを楽しみにしているよ」


魔王はそう言い残して現れた時と同様に消えていった。突然の来訪に残された者たちは静まり返っている。


「あれが・・・魔王です。魔王も言ったように討伐するのが勇者様たちの最終目標となるはずです。」


初めは意気込んでいたクラスメイトたちも魔王の存在を見るや否や顔が蒼白になり一部の女子たちはガクガクと震えている。始まる前からすでに結果が見えているかのような雰囲気が周りを包む。

しかしそれではダメなのだ。ヴェルクスも言ったように倒さなければ元の場所に帰れないのである。大樹個人としては帰る気はさらさらないので別に構わないのだが


(仕方ない。ここは一つ鼓舞でもしておくべきかな)


そう思い大樹は声を出そうとした時に


「あれが魔王か!やってやろうじゃねーか!」


その声は一人の男 名は橋本史郎(はしもと しろう)から発せられる。この男は何事にも全力で向かう男であることは学校生活の中だけでも理解していた。

いつもは暑苦しいだの熱血漢だのとクラス内では評価されている男なのだがこの時ばかりはそんな彼の性格が良い方向へと導く。

彼のそんな気に充てられたのか彼といつもつるんでいるクラスメイト達も次々に熱く周りを鼓舞している。そんな中心の彼を見て大樹はこの世界に初めから生まれていたのならば彼はもしかしたら一国の王になっていたかも知れないなと

そんな彼らを見た国王たちも気を持ち直したのか夕食に期待してくれと言い去っていった。

夕食は国王が言っていた通りにパーティー会場と化していた。大樹が初めて勇者として召喚された時よりも城は広くなっておりこんなパーティーが出来るような場所で食事をしたことなんて記憶になかった。その広さは恐らく500人は入れるであろう広さに天井までの高さも高く、高級そうなシャンデリアがいくつも吊るされていた。

上だけではなく前を向くとそこには少し高くなっておりそこでは音楽隊による演奏が披露されている。また、料理の方も申し分ない旨さである。

今の情勢がどういったことになっているのかは後程聞けるだろうが今食べている食事は決して貧困になっているとは思えないほどの量や調味料の種類であろう。なのでそこまで食料問題は起こってないと考えておく

それからしばらく大樹やクラスメイトたちは思い思いに過ごし夜が更けていった。


そして夜。皆が寝静まった時間に大樹は目を覚ます。そして軽く身支度を終えて気配を消しながら夜空が見える中庭へと移動する。


「咒法展開。目的地魔王城。転移の後現在位置の固定及び周囲への魔力遮断展開 さて、今度はこっちから挨拶に行こうかねヴェルクス」


そして大樹は誰にも悟られずに一人、懐かしい強敵の元へと転移する。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「おーおー懐かしいなここもー って言うか城が前よりでかくなってねぇか?」


転移した後大樹はそのまま城へと入っていった。途中で見張りなどが居たので自分の周りの魔力を遮断し自分自身を希薄化させてから城へと侵入して行った。

ただ、この魔法は魔力の高い者達には全く効果がないのである。なので見つかるのが先か大樹が魔王を見つけるのが先かという状況である。

しばらく城内を歩いているとふと奥にある部屋から誘われるような魔力を感じ取った。いや、これは誘っている。

その気配の先を辿ると部屋の中には中央に1人周りに4人の気配がある。


(なるほど。そういうことか)


気配を察知し、その先の人物たちの思惑に乗ってやるかと大樹は気配遮断や希薄化の魔法を解いて扉を開けた

そこには先ほど気配を感じた通り合計5人が大樹の登場を待っていた。


「久しいな勇者よ。いや、元勇者 とでも呼べばいいか?」


開口一番にヴェルクスが大樹へと尋ねる。その表情はやはり王城であった時と同じく笑みを浮かべていた


「どっちでもいいさ。また会ったな魔王」

「あぁ、我の方が7年先に復活したぞ。お前はいつその記憶が戻ったのだ?」

「さっきこの世界に戻されて神物を手にした時だな」

「なるほど」


それを聞き魔王は深く椅子を座りなおす。そして少しだけ目を閉じて考え事をしているようで僅かばかり沈黙が流れる。


「再会を祝して・・・と言いたい所だが先にどういった用件で我の元へと参ったのか聞こう」

「特になにかあったわけじゃなかったんだがな・・・そうだな、勇者たちが成長するまで侵攻はなしというのはどうだ?」


それを聞いて周りの4人は騒ぎ始める。


「ふざけるなよ勇者。それでは俺たちに死ねと言ってるのと同義だぞ。魔王様!こんな要求呑まなくていいんですよ!それに前はこの勇者も魔王様と同等の力だったかも知れませんが今となっては私の力以下でしょう!始末をさせてください!」

「ギギルよ。口を慎め」


威勢よく口火を切るの人物は魔王軍の四将の一人。デーモン族のギギルと呼ばれる男である。そして、諌めようとした男も四将の一人でヴァンパイア族のロミスである。

ギギルと呼ばれた男の言い分は尤もである。いきなり見ず知らずの男がいきなり魔王の住む城に来て勇者が育つまで待てと言い放っているのだ。主に忠を尽くす者としては当然の怒りであろう。それでも尚、大樹は理解しながらも続ける


「俺とヴェスの目的に近づくためには育てるのが一番早いからな どうだ?」

「貴様ァ!ヴェルクス様に対してその言い草はなんだ!」

「良いギギル。カズキと我は旧知の仲だ。今更、取り繕われても気持ち悪いだけだ」


ヴェルクスは大樹の顔を見ながら笑う。当の大樹は不満と言わんばかりの顔をしている

カズキとは大樹が最初に召喚された時の名前だ。あぁ、自分の昔を知る人間がいるってのは嬉しいことだと大樹は改めて思う


「してカズキよ、何時頃まで掛かりそうなのだ?」

「そうだな・・・その前に俺は今、大樹って名前だからヴェスもそっちで呼んでくれ と、何時頃かか・・・早くて5年と言ったところかな。どうにも西の大陸で今戦争始めようって国が多いみたいでな。格集めに丁度いいしちょっくら西の大陸イザコザを解決しようとも思ってるんだわ」


大樹がそう伝えるとヴェルクスはお前は相変わらずだなという感じで大樹を見る。大樹自身も言いたいことがわかっているので苦笑いを浮かべる。


「とにかく5年か。使い物になるまでにはもう少々掛かりそうだな それまではこちらも過度な干渉はしないようにしよう」

「そうしてくれると助かる」


「「では、いずれまた 願わくば我らの願いが成就されんことを」」

 

魔王城から帰ってきた大樹はそのまま中庭で夜空を眺めている。神物に自分の魂を封じたとは言え再びこの世界に戻ってこれる可能性はほとんどなかった。

だが、再び戻りそしてヴェルクスも復活を遂げていた。最悪、自分ひとりで成そうと思っていただけにうれしい誤算であることは言う迄もない。


(焦ることはない1歩1歩大事に歩こう)


自分以外に召喚されたクラスメイトたちのことを次に考える。神物である程度までは身体能力が引き上げられているのとこの世界に入ったことでスキルを何かしらは取得してるはずだろう。

そして城下にあるという斡旋所。ここでは討伐や護衛、城下での依頼などがあったはずである。傍観組でも働ける販売員などの依頼がここではあったはずなので日銭を稼ぐのは問題ないだろう。

問題は討伐等に出かけるクラスメイトたちだ。この世界で討伐対象になるのが魔物だけとは限らない。山に行けば山賊が徒党を組んでる場合もある。貧困になり街道などで追いはぎをする人たちと戦うことになることもある。

その時に彼らが剣を握れるかと考えるが、恐らくは無理だろう。よしんば斬ることができたとしても心が平常を保てるか怪しいものだ。人の心とはそれほどまでに弱いのだ。だが、それでも立ち上がり前に進める人間は強い。挫折を知り敗北を知った人間ほど強い者はいないのだ。

そしてそんな人間の魂は輝きを放ち人の希望となれる。だからこそ大樹もヴェルクスも人が好きなのだ。愛おしいとすら感じている。

話が逸れたがそんな彼らのアフターケアも必要になるだろう。幸いここは国なので娼館もあるだろう。


(初めて自分の手で他の命を絶った時は震えて吐き散らしたな・・・)


自らの過去を振り返り苦笑する。だが、それが普通である。幾人と切り伏せてきた大樹でも未だに自らが進んで命を絶つという行為をしようとは考えない。

当たり前だろうが嬉々としてそんな行いをするのはもはや邪道で狂人だ。


(とりあえず娼館の場所の確認はしておかないとな。花売りや奴隷でも構わないだろうが危険の少ないプロの方が恐らくいいだろう。

あぁ、そういえば奴隷商もあったな。まぁ、奴隷に関しても忌避感があるかもしれないし国王に進言して奴隷に関しては触れないようにしてもいいかもしれないが少々潔癖すぎるな)


今後の自分たちの予定を軽く自分の中で考えていると次第に空が明るくなってきた。王城の中でも何人かの気配が動き始めているのを感じる。姿を消して皆のところに戻るかと一瞬考えるがそれは何か面白味がないなと思い少し剣の素振りをして感覚を取り戻すことにした。

さすがにここで神剣を使うわけにもいくまいと思い適当に枯れ木を拝借して木の剣を錬成する。2度3度軽く振ってみて感触を確かめてみるが長年触っていなかったというのに記憶との差異は見られなかった。厳密に言えば多少の差異はあるのだがそれはしばらく振っていれば修正できる程度だろう。

それから数十分剣を振り続けているとふと視線を向けられているのに気がつく。


(クラスメイト・・・ではなさそうだな。)


素振りをやめ剣を地面へと置き息を整える。全身汗をかいているために少々気持ち悪い。だが、そんなことはお構いなしという感じで先ほどは見てるだけだった視線が今はこちらへと近づいてくる。


「あ、あの・・・」


声をかけられた方へと向くとそこには兜をかぶっているために顔はわからないが声からしてかなり若い男の兵士を思われる人物に声をかけられる。


「なんでしょうか?」


大樹がそう尋ねると男は恐縮そうにしながら声を出す


「す、すみません!え、えっとですね。僕・・・じゃなかった。私に剣を指南していただけませんでしょうか?」


男がいうには、自分もここで毎朝早朝に剣の鍛錬をしているのだが今日は先約が居たために影で待機していたとのこと。だが、大樹の素振りを見た時にその錬度の高さに思わず食い入るように見てしまっていたと男は説明する。

そこから最近伸び悩んでいるということで自分よりも力量がある大樹に声を掛け指南してもらおうと思ったということだ。


「すまないが断らせてもらう」


まるで危機が迫ったかのような男の声色を受けても大樹は即答だった。面倒くさいとか自分に得がないからという理由で断ったわけではない。


「・・・何故でしょうか」


男も即答されたために納得がいっていないのか食い下がる。


「俺の剣は我流で、なおかつちょっとばかり特殊でね。それに兵には兵の流派があるのではないか?それを放棄するということはまずいだろう」


そこまで説明すると男も引き下がる。引き際が良かったために大樹は安堵するが


「なら傍で学ばせてください!決して邪魔はしません!ですのでお願いします!」


男は頭を下げ尚も大樹に教えを請う。これには大樹もほとほと困ってしまう。


「そこまで言うなら、一度だけ貴方の型を見てみるとしよう。そしてそれに対して俺が指摘するからその指摘した部分をちゃんと矯正すること。それ以上のことは教えないし教わろうと思わないでくれ」


大樹がそう言うと男は喜色の声を挙げ大樹から手渡された木の剣で型を取り始める。

流れるように型を披露した男は肩で息を切らしながら大樹へと尋ねる。


「どう・・・でした・・・でしょうか」


大樹は先ほどまでの型を頭の中で思い出しいくつか修正点があるところを指摘する。


「まず、振りの動作の前に一瞬左足が擦れている。そのせいで踏み込みが一瞬遅い。稽古なら構わんが戦場だと死ぬぞ。あと、振り上げる際に右肩が下がりすぎている。それでは何も受け止めきれん。というか貴方は受け止めるよりは受け流す方があっている。もし受け止めるならば盾をうまく使うことだ」


それから幾つも矯正させるポイントを指摘する。最後の辺りで男は落ち込んでしまっていたが


「改善できれば貴方は上にいけると思う。折れずに頑張れたならばその時はまた貴方の剣を見よう」


そう言い残して大樹は中庭を去っていった。残された男は大樹の方へと「ありがとうございます!」と礼を述べ頭を下げる。その姿は大樹が見えなくなるまで顔が上げられることがなかった。

余談だが、後にこの男は剣聖と呼ばれるまでになる。そして彼は、自分が落ちこぼれと言われていたこと。そして一人の男と出会い、そしてその時に受けたアドバイスによって自分は今ここに立っているのだと老いて死の淵に至るまでずっと語っていたそうだ。


そのまま中庭から離れた大樹だったが時間的にもいい時間だろうと思いクラスメイト達がいる部屋へと戻ることにした。しかしここで大樹は自分が戻る時の言い訳を考えていなかったことに気が付き頭を悩ませることとなってしまう。

だが、何とかなるか思い部屋の前で待機している騎士へと声を掛ける。


「ご苦労様です」

「あれ?みなさん朝食のために聖堂へと向かいましたよ?」


それを聞き大樹は言い訳を思いつく。


「そうなんですか?自分はその前に用を足しに行ってたので知りませんでした。良ければ聖堂まで案内してもらえませんでしょうか」


騎士は怪しんだ素振りも見せずに聖堂までの道案内をしてくれた。道中で世間話のついでに聞くとどうやら騎士はつい先ほど交代したばかりのようだった。

クラスメイトたちも大樹が居ないことには気が付かずそのまま何も言わずに移動したようだ。

他愛のない話をしつつ大樹と騎士は聖堂へと辿り着いた。軽くお礼を言って騎士と別れ大樹はそのまま閉じられた扉を開く。そこではすでに食卓に座り食事をしているクラスメイトたちと後ろで給仕をしているメイドたちで埋まっている。

いきなり扉が開かれたために皆が大樹へと視線を送るがそれが変人という認識の大樹だとわかるとクラスメイトたちはそのまま食事を再開しはじめる。大樹も自分が座れる場所を探して席へと着く。

テーブルの中央には色とりどりの食事が並んでおり目移りをしてしまう。


「何をお取りしましょうか?」


いつの間にか大樹の後ろに控えていたメイドが大樹へと声をかけてくる。


「そうだな。適当にバランス良く取り分けてくれ」


大樹がメイドへと伝えるとメイドは一礼置き食事を取り分けて大樹の手元へと並べていく。

まるで王子や貴族のような扱いだと思うが、あながち間違いではないだろう。それから大樹たち勇者一行は朝食を取ったあと2つに分かれる。そして大樹も参加している側でその中でもまた2つに分かれる。

これは座学と実践での2組に分かれるためである。そして1日交代ずつで座学と実践を学んでいくこととなる。大樹は最初は実践班に参加して勇者たちの地力がどの程度か見極めることにしたのだった。

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