4話

修練場に集められたクラスメイト達は隅に立てかけてあった木製の剣を握って悪戦苦闘している。

中には苦もなく剣で素振りをしている生徒も見かけ、その者が剣道部に所属している男だというのを思い出して得心がいった。

他にも何人かの振りを見ていると様になっている人たちが何人かはいた。それがちゃんと実践でも使い物になるかは別だろう。


「一宮は鍛錬しないのか?」


橋本が隅で観察していた大樹を見つけてこちらへ投げかけてくる。傍から見れば大樹は練習をせずにサボっているように見えるのだろう。もちろん、大樹はサボっているとわけではないが休んでいたのは確かである。


「俺はちょっと休憩。ほらほら、橋本君戻らないとサボってるって言われてしまうぞ?」


そう言って中央付近で鍛錬をしていた生徒たちが何人かこちらを見て戻ってこいと声を出している。

それを聞き橋本は一瞬だけ俺とクラスメイトを交互にみて「休憩すんだらちゃんと鍛錬しろよ」とお節介を焼いてくる。彼は善意からそう言ってくれているので悪い気持ちなんてなく大樹も「もう少ししたら戻るよ」と返事をしたのだった

騎士団による基本となる型の指導で時間が過ぎ去り昼食の時間ということで一旦生徒たちは聖堂へと案内される。聖堂内ではすでに学士たちから世界の情勢等を学んでいた生徒たちが席についており各々食事をしながら会話を楽しんでいた。

そして遅れて大樹たちも合流し鍛錬組も席について食事を始めていると突然、扉が開いたかと思うと王と皇女そして護衛をする近衛とメイドを引き連れて現れた。

何事かと生徒たちは動揺し食事の手を止めて王と皇女たちへと視線を送るが当人たちは視線に慣れているためそのまま自分たちの椅子へと腰を下ろし近衛と給仕のメイドたちに食事を持ってこさせる。


「勇者様方々、私たちも食事をご一緒させて頂きます」


高嶺の花のような女性から笑顔で同席をさせてくれと言われクラスメイトの男たちはテンションが上がり口々に「フラグきた!」「俺の嫁!俺の嫁!」と喋っていたり顔を赤くして下を俯くのがやっとと言った具合の態度を見せる者と様々な反応をとっている。

その中で大樹は普段を変わらないような感じで一人食事に舌鼓を打ち「うまうま」と小声で喋りながらマイペースに食事を楽しんでいた。

女性たちはというとこれまた同性であるはずだがその笑顔に魅了されるかのように呆けている反応がほとんどで残りの反応も嫉妬に駆られているわけではなく、特別に悪い感じの印象を受けていないようだった。

王族ともなればもしかしたら教育の一環として何かしらあるのかもしれないが一般家庭で育ったクラスメイト達には分からぬことである。


一頻りに食事と会話を楽しんだ後、食後の甘味と飲み物ということでショートケーキに似たようなモノと紅茶のようなモノが大樹たちの目の前に配られる。

一通り配られたのを見て王が口を開く


「皆さま、鍛錬やこの世界についてのことを学んでおられると思います。私どもから出来ることはこのような些細なものしかありませんがどうぞこの世界について少しでも気に留めてくれると助かります。」

「お父様、何も今お伝えしなくてもよろしいのでは?せっかくの甘味の味がわからなくなってしまいます」


娘に諫められて王は少しショボくれてしまったが周りの人間も同じことを思ったのか安堵の顔を浮かべている。

そんな中、大樹は王との接触を機会を考える。


(あまり遅れても良いことはないな。なら、そろそろ王様とコンタクトを取った方がいいか・・・)


そう考え大樹は一人静かに足先に神力を集中させ陣を展開させる。その陣を正しく知覚し理解できるものはこの場ではいない。そのため大樹と王以外は無防備を曝け出すことになる。


「な、何が起こっている!?」


王が自分の横で甘味を食べていたはずの娘がまるで一枚の絵にでもなったかのように止まっているのを目にする。否、止まっているわけではなく本当に少しずつではあるが口元に運んでいるのが辛うじて分かる。

しかし、それでも王にとっては理解ができない現象のため冷静になれることではなかった。


「落ち着いてください王よ」

「だ、誰だ!?」

「これは失礼。俺はこの度、勇者召喚された者たちの一人。一宮大樹と言います(尤も、この世界に最初に呼ばれた勇者でもあるけどね)」


自分以外はこの現象に巻き込まれてはいないと決めつけていた王だったが、ここで声を掛けられさらに混乱する。


何故自分はこんなことになっているのか 


何故、今自分の横にいる男はこうも落ち着いているのか


すべてが分からずに王は動揺したまま大樹へと質問を投げかける


「一体何が起こっておるのだ・・・」


「これは俺が使った魔法の一つ。時間の流を変える法ですよ。この世界流に言い直すのなら時空魔法ですかね」


「そ、その魔法は初代勇者様しか使えぬ失われた魔法の一つのはず・・・」


「え?あぁ、やべ。そういえばそうだった。失敗失敗」


王は目の前の男が何を言っているのか理解できずにいた。いや、理解は出来るのだがそれを理解すると目の前の男は、この男こそが

そう考えているところに目の前の男から信じがたい言葉を耳にした


「似たようなのはあったはずだけど、ヴェルクスも言ってたようにやっぱ1000年経っちゃうと失伝する技術や魔法があんのかねぇ」


「なっ!?」


目の前の男から出た言葉に王は驚愕する。それもそのはず、この男は失われた魔法を行使するだけではなく魔王と懇意でもあるかのような口ぶりだったからだ。

目を白黒させて大樹を王は見ていると大樹もそれに気づき視線を向ける。そして王からしてみれば大樹が次に発言する言葉は信じる信じないの次元ではないことを耳にする。


「まぁあまり流れを変えるのも王の身体に負担が掛かるだろうから早めに要件を伝えます。

ヴェルクスにはこの西の大陸のいざこざが回避できるまで大規模な侵略はしないように伝えています。

で、そのいざこざですが停戦もしくは戦争は起こさせないように俺がさせます。力で支配して属国にしたら早いかもしれませんがそれだと遺恨が残るでしょうから連合を組んで法でお互い順守するのが一番でしょう?」


矢継ぎ早に大樹は王へと提案をする。その提案も自己満足の類ではあるが現状において大樹自身が自分で動けば犠牲も少なく解決できるのではと考えての提案であった。

国王にしてもそれは魅力的な提案であり、もし本当に戦争が始まらないのであれば国民を失うこともなく自国に力を入れれるのである。だが、


「本当にお主を信用しても良いのかが私には解りませぬ。貴方にどれほどの力があるのか・・・いや、今のように時間の流れさえを操れるのですから頼もしいのですが、その」


「魔王と懇意の者かつ素性も解らぬ者に信頼は置けぬということでしょうか?」


「有体に言えばそうです。本当に戦争をしないで済むのであれば自国の民がどれだけ不幸にならずに済むかは考えなくても解ります。

ただ、それだけに私は王として生半可な決断は下せません。ご不快に思うかも知れませんが・・・」


国王は目の前の大樹に向かってそう言い切る。それほどまでに国民を思っているのであろう。節々にも民を思う気持ちで溢れていた。

それを聞いて大樹は


「素晴らしい!」


大樹は笑顔を王に向ける。


「王としての器の一片を俺は今アナタに垣間見た!自国の民に対してアナタがどれほど慈愛を持っているのか!あぁ!あぁ!そうとも!人間はこうあるべきではないか!

やはり人間は素晴らしい!素敵だ!初めて召喚された時にこの世界の人間の清濁を見てきたがその時の人間も素晴らしい人たちが居た!そして、此度も召喚されヴェルクスと話していた時に少し落胆はしたがやはり今も昔も根底は変わっていなかった!」


突如、大樹は大声を張り上げながら今にも踊り出しそうな勢いで言葉を紡ぐ。

大樹としては人間の賛美を言葉に出しているだけではあるのだが、王にしてみれば気狂いでも起こしたのではないかと心配になる。

だが、そうではない。彼は真っすぐに真っ当に人間賛美をしているだけである。そんなトリップしていた大樹だが咳を一つ払い王へと改めて言葉を紡ぐ


「猶予はまだあります。王よ。一度家臣の方やご家族の方とじっくり話してみてください。そして俺に信が置けぬというのであれば何か貴方たちで納得できる何かをご用意して頂ければクリアいたしましょう。

そしてそのあと改めてお伺いを立てようと思います」


では、時間ですのでと残し王の目の前より大樹は姿を消した。正確には自身にだけ流れの概念を加速させ席に戻っただけである。

しかしそれでも、王からして見れば目の前からいきなり消えただけにしか映らなかった。そしてそれを横にいる娘は父親が呆けて何もない空中を眺めているだけに見え声を掛ける


「お父様?どうかしましたか?いきなり何もないところを見つめて」


その言葉に王は自分が元の時間に戻ってきたのだと気づかされる。


「い、いや。なんでもない。それより今日の午後なのだが宰相と近衛を交えて話したいことがある。お前も来なさい」

「はぁ・・・わかりました」


いつもは大らかに午後は昼寝をする父の顔つきがこれまでにない程の緊張をもっていることに気が付いた。

だが、先ほどの体験をしていない娘と直に体験した王とではどうにも熱の入りようが違いどうしても、少しばかり気の抜けた返事を返してしまうのであった。

日も沈みかけてかようやく鍛錬から大樹たちは解放される。鍛錬に参加していた者で運動部だった者以外は途中から木陰で休んでいた。

大樹自身も怪しまれないようにするために途中退場し遠巻きに中央に残ったメンツを眺めていた。そして今日の鍛錬が終了して各々が口を開き明日は筋肉痛になるなどと談笑しながらその日の夜になる。

夜、食事のために昼食時と同じく聖堂へと向かいそこでクラスメイト達が食事をとる。それは昼と変わらずの光景であり昼と同じように王と皇女はクラスメイト達とは少し時間をずらして聖堂へと入ってくる。

が、その顔は少しばかり疲れの色を見せている。その理由を知っているのは大樹だけだが大樹はというと我関せずと言う具合に一人黙々と食事を口に運んでいる。クラスメイト達も王たちが疲れをみせているのは分かったがそれ以上のことは口に出さずに食事をし始める。

食事が終わったあと王たちは政務などについて宰相たちと会談するということで聖堂へ残りクラスメイト達は解散となり客間へと案内されていく。そして、聖堂を出た所で俺は少し足を遅め気づかれないように世界の流れを変える。

今度は王と大樹だけが対象ではなく聖堂の中の人物たちもなので少々骨が折れることになるがそれもほんの少しではあるが。


「さて、王はどのような判断を下したのかねぇ」


大樹はひとり呟き聖堂の中へと入る。

そこでは、王の他に先ほど食事の最後の方に現われた髭を生やした老齢の男性と鎧に守られてはいるが本人の肉体も精強な肉体をしているであろう男。そして皇女は今起きている現象に戸惑いを隠せないようであった。


「お待たせしました。決断は出来ましたか?」


この場で唯一落ち着いている大樹は4人へと問いを投げかける。4人の反応は様々で2回目なのにも係らずも戸惑う者、狼狽えている者、突然のことでありながらも剣に手をあて周囲を警戒している者、目をぱちくりとして周囲を呆然と眺める者

その様子が少しおかしくて大樹は少しだけ笑みを浮かべる。まるでそれはいたずらが成功した子供のように無邪気な笑みだった。


「勇者殿・・・はい、決断しました。私は貴方を信じようと思います。」


その言葉に今まで狼狽えていた宰相が正気に戻り口を挟む。


「陛下!何卒、御再考下さいませ!」


この男、名はフェルカレイドと言い、代々、王家の教育と国政に携わってきた貴族でありそれ故に、己に誇りがあった。

だが、それだけに王が大樹を信じると言った言葉が信じられなかった。否、己が教育してきた王がこんな男に騙されるとは信じたくなかったのだ。


「陛下!この男は怪しげな術で我々をだましているに違いありませぬ!」


「フェルカレイドよ。お前の忠心にはいつも助けられている。そして感謝をしておる」


「勿体なきお言葉で「だがな」」


王は言葉をかぶせ気味に宰相へと告げる


「今はこの勇者様を信じてみたいのだ。私のためだけではない。お前たちや私の娘。そして大事な国民が涙せず、飢えもなく、笑顔で幸せな日々を送れるのであれば・・・私はこの勇者様を信じる。

責任はすべて私が取る。恨むならば私は戦争が回避された暁に、喜んでこの首を差し出そう。だから・・・ここは私の決定に従ってほしい」


その言葉は偽りなき王の言葉であった。それだけに宰相や近衛、そして娘までも自分たちの王の器がどれ程のモノかを思い知らされる。


「勇者殿」

「・・・あぁ」

「私は貴方の力をお借りしたい。どうか、この戦争を・・・いや、この大陸を守ってください」

「・・・・喜んで拝命しよう」


こうして、大樹と国王たちの間で秘密裏に戦争回避への算段が立てられるようになった。だが、それはまだ幕開けに過ぎないのだがここでは伏せておこう。


「(ところで王様。一つ折り入って頼みがあるのですが)」


「(なんでしょうか?)」


「(後ほどで良いので高級娼館か衛生面で安全な娼婦を紹介して欲しいのです)」


「(勇者様もやはり男なのですな。私は知りませぬが後で商会に使いを出しておきましょう。明日以降にでもそちらへお伺いください。明日の朝に紹介状を使いに渡しておきます)」


「(助かります)」




翌日、前日に鍛錬をしていたクラスメイトたちは今日は座学を学ぶことになっている。座学では世界情勢はもちろんのことこの世界での貨幣価値、魔法についての理を学ぶというになっている。

だが、大樹は今日は商会へと行くことになっているので朝、扉の前で気配がしたためにこっそりと抜け出し使いの人から商会の場所と紹介状を受け取った。座学を受けられないのは少し痛かったが昼からは座学組は王城の書物庫で自習と予定を立ててくれるそうなのであとで直接アンデス神官に教えるようにと王が取り計らってくれた。

そして大樹は地図を片手に商会へと赴きそこで高級娼館の場所となぜかおすすめの子を紹介された。


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