9話

「お待たせした。準備万端だ」


リビングで寛ぎながら談笑していた残りの3人に声を掛ける。すると分かりやすく女性2人は話を中断させられたのがお気に召さない様子。

橋本に至ってはこれで討伐にいけるという期待感が顔から出ていた。


「よーし!じゃぁ行くか!初の本物の討伐だけど俺らの敵じゃねぇだろ!」


橋本は啖呵を切って魔物を斬る素振りをする。その子供っぽさに女性2人はくすくすと穏やかな笑顔で見つめている。


(橋本は最初の時も思ったが周囲を鼓舞するのや場を和ませることが出来る人みたいだな。まぁ、人気なのも分かる)


先頭で期待感が服を着ているような橋本が先導していくが、ふと後ろを振り返り質問を投げかけてきた。


「そう言えばさ、一宮は剣士なのか?それとも後方支援?」


「俺は闘拳士。いわゆるモンクだよ」


(本当は剣士だけどさすがに・・・ね)


それを聞いた橋本は目を輝かせる。大樹としては体術も我流ではあるが以前の戦いで必要だったために習得していた。

それを知る由もないが橋本はモンクというのに少しばかり情熱があるのだろう。


「モンクか!俺、ネトゲで大体はファイターかモンクなんだぜ!かっこいいよなぁ、手甲で攻撃を受け流してズドンッ!って感じで拳を当てるのとか最高じゃないか!」


次第に熱くなっていく橋本に気おされる感じに女性2人は一歩下がる。大樹はと言えば特に気にすることもなく橋本と談義を繰り返している。


「あーあ、なーんで俺は剣士なんだろう。いや剣士が嫌いなわけじゃないからいいけどさー。実際にモンクの適正持ってるヤツが近くにいるとは思わなかったわ」


「まぁまぁ。それに俺は生身一つだから一撃が致命的になるけど橋本君はリーチがあるんだしその分だけリスクは少ないよ」


「うーん・・・そう言われればそうだよなぁ」


そんな橋本を見ながら大樹は一つ言わなければいけないことが出来る。それは、今後の橋本自身にも、チームのメンバーにも起因する大事なことであるために


「橋本君、昨日佐山君が言ってたこと覚えてる?」


「ん?・・・・あぁ。覚悟しろってことか?」


「そう、この世界はネトゲじゃない。魔物を倒しお金を貰う代わりに俺らは命を対価にするんだ。多少の怪我ならば即座に治る。最悪、腕や足が片方無くなろうとも生きていける。

人ってのはね、それほどまでに脆くもあるけど生きる意思さえあれば生きることは出来るんだ。でもね、命は一つしかない。だから絶対に危険だとわかった場所へ向かったり仲間を死地に追いやるまでだけはしないで欲しい。」


(言うに事欠いて俺が言うとはね・・・これほどの皮肉があるだろうか・・・俺の目的を考えたら真逆だな)


大樹はそう伝え先を歩く。残された3人はと言えば


「何あれ?感じ悪いよね」

「ね。せっかくやる気出してたってのにそれに水をさすなんてやっぱ陰険君は嫌になるわ」


取り巻き二人には大樹の言葉は届くことがなかった。だが、橋本は大樹の言葉を飲み込み考える。


(一宮・・・何かあったのか?いや、それは後で考えよう。さっきの言葉は真に迫っていた。ネトゲじゃない・・・か。)


橋本は自分が立っている世界を改めて見つめる。そして同時に気づかされる。「一宮大樹」彼はどこまでこの世界を知っているのだろうと

照りつける太陽は熱く、青空の広がる空はどこまでも広く青い。それが橋本には一宮大樹に似ているのではと考えるのであった。

大樹たちが最後だったらしく他のクラスメイト達はそれぞれ依頼をすでに受けたようで斡旋所から出てくる所と出くわす。

大樹たちに気が付いた佐山や別のグループの仲間であろう人物が橋本に声を掛けている姿を少し離れて大樹は様子を見ている。

時折、チラチラとこちらを見て話しているのが分かるが特に気にはせず大樹はモシュから振り込まれるお金で少し娼館に行くか等と別のことを考えて時間を潰していると話は終わったらしくこちらへ来るように橋本が呼んでいる。


「一宮ー依頼書見に行こうぜー」


橋本は特に他意はなさそうだが少し意識を別に飛ばしていた大樹は申し訳なさそうに橋本の近くへと歩いていく。



「さーて、何か討伐はあるかなっと・・・お?これなんていいかもな。なぁ一宮、これなんていいんじゃね?」


橋本が提示してくる依頼書に大樹は目を通す。


――――――――――――――――――――――

  依頼書-ランクG-

・城外近辺に出てくる魔物の討伐(指定なし)

・ラッチ、ウーム、ラービのどれか5体

 期限:受注した当日いっぱい 報酬:1体銅貨3枚

 ※素材買取有(素材丸ごと買取の場合は手間賃として銅貨1枚で代行可能)

――――――――――――――――――――――


「うん、いいんじゃない?どれも事前に準備してるなら絶対に倒せる魔物だし」


「だよなー。よーし、じゃぁこれで行こう!女子二人は城の入り口付近で待機しててくれ。俺たちで行ってパパッと終わらせるから」


「まじ?やったーモッチーさすが!」

「もうホント最高!帰ってきたら撫でてあげるね!」

「えー!ズルイ!じゃぁ私は膝枕でもなんでもしてあげる!」


必死にアピールしている姿を見て橋本は気にすんなと愛想良く返している。その横にいる大樹は少しばかり寄生根性が逞しすぎないかと言いそうになったが心の中でとどめることにした。

ちょっと前まで装備品を点検していたのはあれはフリだったんだろうかなど色々考えるが今はやるべきことをしようと大樹は切り替える


「よーし!じゃぁまずは俺から行くぜ!」


「わかった。でも慎重にね。一応回復薬は持ってるけど数が少ないから」


「わーってるって!お!早速ラッチ発見!」


討伐対象を見つけ橋本は走っていく。それを後ろから大樹は追いかけながら思考を走らせる。


(ここで橋本君の手助けや周囲の警戒をするのはダメだな。周りの警戒等も含めて知ってもらわないとな。幻影と本物の違いを知ることは大事だし)


大樹からしてみれば、ここで橋本を陰ながら手助けし、成長させるのは容易い。だが、それは同時に橋本自身の本来の成長はしなくなってしまうのだ。だからこそ、大樹はここでは敢えて手助けをせず全て橋本に任せるつもりでいる。さっきは口ではわかっていると言った。

けど、まだ足りない。

それを教えるためにも大樹はここで手を出すべきではないと考えているのだ。

そして、橋本が魔物と接敵し戦闘が始まった


「うおおおおりゃあああ!」


掛け声と共に橋本は手に持っている剣を一振り。風を斬るかのような一撃をラッタは受け短く悲鳴をあげ傷を作る。

橋本はそのまま追撃の姿勢を取ろうと柄を握る。だが、その柄を握ろうとした手が上手く握れず橋本自身が困惑し、隙を作ってしまう。その隙をラッタは見逃さず、傷ついた体で草むらの中へと消えていった。

そして、残されたのは手が震え動けなくなった橋本と少し遠目で待機していた大樹のただ二人だけだった。


「お疲れさま」

「・・・・一宮・・・ははは、無様なとこ見せちまったな」


声を掛けた大樹は橋本をじっと見据える。すると橋本の手が、全身が小刻みに震えているのがわかる。

橋本もそれに気が付いていて少しバツが悪そうに少しずつ言葉を紡ぎでいく


「・・・情けないよな・・・あれだけわかったって言ったのにさ」

「・・・」


「・・・・最初の一撃は魔物ということで無理やり考えないように押さえつけて剣を振ったんだよ・・・でもさ、その後傷ついた魔物見て、さ・・・ダメだった・・・この剣を振り下すだけで目の前の魔物が・・・し、死ぬ・・・俺が・・・俺が」

「確かに無様だったね。ここが戦場なら・・いや、もう少し強い魔物やダンジョンの中だったら逆に橋本君が死んでいたかもしれない。それに俺、言ったよね。覚悟が必要だって。それは自分が生きるために害する敵の命を取る覚悟のその重さが」


「・・・わかってるつもりだったん」

「でもさ」


「?」

「最初に剣を振れたのはすごいことだよ。普通は最初の一歩ってのは中々踏み出せないから。だから橋本君は凄い。無理やり考えないように押さえつけるなんて誰も出来ることじゃないよ

恐怖を押さえつけることの出来る者はそれは凄いことなんだ。だからそこは誇って良いことだよ」


それを聞いた橋本は大樹に対する認識を改めることにする。


「さて、じゃぁそろそろ俺も戦闘を・・・!!!」


橋本からすれば突然大樹が言葉を切り周囲をキョロキョロと見渡しているように見えるだろうが大樹はお構い無しにキョロキョロしたかと思うと一点を見つめだす。


「橋本君。急いで城内に戻ろう 討伐は中止だ」

「一宮?一体どうし」


      グオオオオオオオオオオオオオ


橋本にとってそれは突然の咆哮だった。まるで大地を震え上がらせ生物すべてに恐怖心を植え付けるかのような声に聞こえた。

そして咆哮が聞こえた瞬間に手に持っていた魔石から事務的でありながらも切羽詰まったような声が聞こえてくる


      『緊急連絡!緊急連絡!今、城外にいる冒険者の方々は直ちに城内へ避難してください!』


――難易度Bの魔物が突如多数出現しました!

大樹たちが戻ってきた斡旋所は騒然としており職員の人達が慌ただしく建物内を動き回っていた。

大樹たちのチーム以外の他の2チームも戻ってきておりラウンジに併設されているカフェで座って飲み物を飲んでいる。そこへ大樹たちも向かい何があったのか橋本は平常心と心の中で呟きながら佐山に聞く


「お疲れさん。さっき魔物が出たとか連絡受けたけどこの慌ただしさは一体?」

「橋本君お疲れさま。連絡でも言ってたようにBランクの魔物が多数確認されたらしい。で、今Bランク以上の冒険者をかき集めているんだってさ。俺たちはランク外だしここで橋本君たちが帰ってくるまで休憩してたってわけ。」


すると佐山は立ち上がり休んでいたクラスメイト達を集める


「今日は依頼もたぶんできないだろうから一度家へ帰ろう。受付の人も今日の依頼は明日へ持ち越しで良いって言ってたし俺たちの出る幕はないだろう」


他のクラスメイト達は佐山の案に対して魔物退治をしたいなど口にしている。そのことに関して橋本が一言言いたそうにしていたが大樹はそれを制する形をとる

一瞬、橋本は訝し気な顔をするが大樹はそれを意に居返さず首を振るだけである。

すると


「おう、ボウズ達。勇ましいのは良いことだがな死に急ぐのはよくねえぞ」


手が空いたのか片手に珈琲のような飲み物を持ったエリックが大樹たちの前に歩いてきて注意をする。

いきなり出てきた男は誰なのかとクラスメイト達は顔を顰める。その顔からはありありと邪魔をするなというような邪険にするような顔をしている者が何人かいた。


「おっと、俺はここの所長をしてるエリックってモンだ。よろしくな」


そう言って破顔しにこやかな顔をする。ただし、気配だけは鋭く強者であることを覚えさせるような気配を当ててくる。

大樹は柳に風と言った具合に平然としているがクラスメイト達からすればあのヴェルクス程ではないがエリックから自分たちの生死を握られたように感じているのだった。


「おぉ、すまねえな。だがこれで分かったろ?これくらいの覇気を持ってるもんじゃねぇと今回の魔物は危ねぇんだ。わかったら家に帰ってな」


エリックはそのまま所長室へと来た道を戻り、残されたのは覇気を当てられたクラスメイト達と周りにいた冒険者の人々だけが残った。


「いやぁ、相変わらずエリックの旦那のオーラは凄まじいな」「だな。まぁ確かにあれくらいねぇとBランクは狩れねぇ」「だが、あれはちぃーっとばかし出しすぎだけどな

「「ちげぇねぇ!はっはっは」」


などと声がクラスメイト達に聞こえてくる。その様子は大樹から見れば意気消沈しているようにも見えた。

だが、仕方がないことだろう。今回、魔物に力量もないのに無謀にも挑もうとしたのだ。むしろ、エリックが止めていなかったら命を落としていたかもしれないのだから感謝すべきだろう


(エリックの言ったように勇ましいのは好ましいが無知無謀で命を落とすのは目覚めが悪いし今後は俺が嫌われ役を買って出てもいいかもな)


大樹からしてみればここで嫌われてもクラスメイト達が死ぬよりはいいと考えているのと元より、あっちでは陰険だのと言われ対して印象に残っていなかったのだから問題はない。

問題があるとすれば橋本や責任感の強い佐山、他にも何人かは正義感が先行しているクラスメイトや勇者として召喚されたためにゲーム感覚が抜けきっていないクラスメイトが問題だった。

この手の人物には下手に言っても返って燃え上がるタイプなので前線へと出たがるのが世の常である。


(俺がみている所ならフォローも効くがどう動くか全くわからないしなぁ。エリック所長に釘でも差してもらうかね)


女が出来れば、或いはいればそれを交渉の引き合いに出してもいいかもしれないなどと大樹は考える。未熟者の末路は何時だって凄惨なものだったなと大樹は一人ごちる。


「おーい!一宮!一宮!」

「ん?どうした橋本君」


「いやいや、どうしたはこっちが言いてえよ。急に黙ってるからどうしたのかと思ったぞ。皆もう家に帰るって言ってるぞ」

「そっか。態々ありがとう。所で震えの方はもう平気なの?」

「まぁ・・・な。お前に言われた覚悟ってのがちゃんと出来るかは今はわからんが・・・」


そう答える橋本の手は思い出したのか少し震えていた。


「気長に自分と向き合うといいと思うよ。覚悟を決めた人間ってのは強いから。それだけは絶対に言えることだからね」

「聞きたかったんだが、一宮はどうなんだ?」


「俺?・・・うーん、やっぱり怖いかな。命を奪う行為ってのはやっぱり相当な覚悟が必要だから。でも、それでも俺は背負って戦うことを選んだ。二度と奪われないために背負う覚悟をしているよ」


この時、橋本は大樹に対して感嘆する。大樹の語る姿、意思はとてつもなく強固であることが未熟な橋本でさえも少しだけ窺い知れたからである。

同時に、橋本は自分自身はそこまでの決意があるかと考えるがとてもそこまでの決意や覚悟が自分の中になかった。


「一宮は凄いな」


橋本は自分の素直は意見を大樹に告げる。それを受け大樹はにっこりと笑みを浮かべる


「これからさ。橋本君も皆も」

「・・・・そうだな」


橋本から見た大樹は一体何者なのか。そしてそれが分かる日が来るのだろうか。そればかりが橋本の頭の中を駆けまわる。

だがそれは、考えても栓なきことであるため橋本は一旦脇に置いておくことにした。


「んじゃ、そろそろ行こうぜ」

「俺はちょっと別に用事あるからそっちに行ってから帰るよ」


「何かあるのか?」

「常備アイテムの補充とさっきのBランクの魔物の討伐にね」


橋本は驚愕する。だが、心の中でどこか納得してもいる。だからだろうか橋本は自然と口を開いていた


「そっか、怪我しないようにな」


そこには心配などは一切ない。大樹というチームメイトへの信頼の言葉だった。

大樹は橋本へ軽くお辞儀をしカウンターへと足を運ぶ。その頼もしい姿を橋本は見送り踵を返し今自分に出来ることは何かを考えながらクラスメイト達と暮らす屋敷へと帰っていった。

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勇者と魔王と。 蒼天りく @soutenriku

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