第2話 出会いと始まり


―キーンコーン・カーンコーン


予鈴のチャイムが鳴り響く。あと5分くらいで教師が教室にやってくるであろうと男は思いながら先を急ぐ。彼の名前は一宮大樹(いちみや だいき)。両親は共に日本人だった。だが、彼は整った顔立ちと髪がブロンドという男子高校生だ。

その顔立ちと髪も目立ちたくないと言って度が入っていないが厚底の眼鏡と黒髪に染めボサボサな髪をしている。目元も少し見え辛くするために前髪を敢えて伸ばして若干目にかかるようにしている。

本人はこれで目立ちたくないからということでしているがどう見ても悪目立ちする格好である。事実、クラスメイト達からは変人と陰で言われているくらいである。

それはさておき、いつもならこの時間は教室でお気に入りの本を読み耽っている時間だというのに今朝に限ってはなんだか変な夢を見たために起きるのが遅くなってしまった。

あの夢はなんだったのか。しかもどこか懐かしくもあるが怒りも覚えるあの不思議な夢であった。と一考するがそんな時間は今はないとすぐに切り捨てる。

息を切らしながらもようやく目的地である教室に入ることができた。時間もギリギリである。

いきなり勢いよく開かれた扉を教室の中の生徒たちが一斉に男へと視線を向ける。こんな視線は高校生活で今までになかったために気恥ずかしさで俯いてしまう。

しかしそれが先生でないと分かった生徒たちは興味を失ったように前後左右の生徒の誰かとまた談笑をし始めた。

そして男は、いそいそと自分の与えられている席へと移動し座ると授業の教科書などを入れ机の隅にお気に入りのラノベを置いて息を整える。


「席につけーお前らー。席についても喋るなよー」


扉が開かれてそのまま男は教壇へと歩みを進め手に持っていた出席簿を開く。

それから出席の確認をするとそのまま男は朝の連絡事項を終えて始業までは喋っても良いと言い残して教室から出ていった。


出ていくのを確認した生徒たちはまた話に華を咲かせている。遅刻ギリギリだった男は机に置いてあったラノベを開きしおりを差し込んであった場所から読み始めようとした瞬間。

一瞬の浮遊感に襲われ視界が暗転する。そして―

「ようこそおいでくださった!勇者様たちよ!歓迎しよう!」


目の前には教科書やネットでしか見たことがないような中世の西洋時代を思わせるような部屋に何十人もの人がこちらを見て傅いている。


なんだこれは?そう思い辺り一帯を見渡してみる。ドッキリかと一瞬思ったがこんな人数を瞬時に移動させるなんてことは現代日本においては不可能である。ならば夢かと思い頬を抓ってみるものの痛覚は正常に働いているようで抓った部分が痛い。

ではこの状況は一体なんなんだろうか。ふと気になって回りの生徒を見渡してみると誰もが自分同様にキョロキョロとしていたり頬を抓りあったりとしている。


「ゴホン!」


慌てて声の聞こえた方へ向き直る。


「行き成りの召喚で戸惑っているのも理解しております。ですが、どうか私のお話しを聞いては下さいませんか」


話を要約すると5年前に魔王が復活しそこから魔の者たちが活発化しているらしい。そしてそれに対抗するために各国は武力を強化。だが、その強化した力を合わせるということはせずにその力を使って国々が侵略を行っているとのことである。


「現状の我々の力は微力です。最後に残された手段として我々はアナタ達勇者様のお力を借りたくて召喚させて頂きました。どうぞ、私共にお力を貸しては頂けませんでしょうか」


一国の王であろう人物やその後ろに控える人たちが頭を下げる。王が頭を下げるという行為は決して安くない。委細承知の上での懇願。それを見ていたクラスメイト達は最初は怒声を浴びせていたが今は相手の懸命な懇願もあり鳴りを潜めている。

そしてそんな中でクラスメイトの一人がクラスメイト達より1歩前に出る。委員長の佐山徹(さやま とおる)だ。


「アナタ方の事情は理解しました。ですが、我々に従う理由なんてありませんよね?それに私たちは今まで戦争などとは無縁の生活を送っていた言わば非戦闘員です。

そんな私たちが戦力になるとも思えません。断ることは心苦しいですが申訳ない」


彼の言葉にクラスメイト達は頷いていた。当たり前だろう。戦争をするということは生き死にに関わるということだ。自分が死ぬか生きるかなのだ。徴兵制が廃れた国で育った者が戦えるわけがない。


「では、力があればどうでしょう?」

「・・・え?」


国王は相変わらず頭を下げたままではいるが力があればどうかと尋ねる。その言葉に対して佐山は聞き直す。


「言葉通りの意味です。過去に勇者召喚された者がおり、その者も代々我らがお守りしている神物に触れて力を得ております。勇者として召喚された者限定ですがそれに触れると力を授かれるそうです」


ご都合主義だと感じてしまうがここは異世界なのだ。自分たちが知らない事象が起きても不思議はないのだと自分を納得させる。


(それに・・・なんだかさっきから頭がクラクラしてくる。見たことがないはずなのにやけに先ほどから夢に見たのと同じ・・・そうだ。夢でも同じ部屋を見た・・・その時は俺以外に回りなんていなかったがどういうことだ?いや、待てよさっき勇者が召喚されたと言っていたな・・・

これはその映像か?・・・なら、なんで俺に・・・って、ダメだ。意識をしっかり保ってないと倒れそうだ)


激しい頭痛と謎のフラッシュバックに倒れこみそうになるがなんとか立っている状態である。そんなこととは露に知らず佐山は一度クラスメイトを見渡したあと向き直る


「少し、皆と話しあう時間をいただけませんか?」

「構いません。」


国王に一礼して佐山はクラスメイトを集める。そして思い思いに意見を募ることにして20分ほど話し合いが行われたが意見が半分で分かれてしまった。

主に「異世界を助ける組」と「傍観組」この二つへと意見が分かれる。

特別な力というところでクラスメイトの中で何人かはラノベによくあるような能力を想像したのだろう意見を出し合っている合間にも何度かチートや俺たちが死ぬわけないと言うことを声に出していた。

気持ちはわからなくはないが些か軽く見てるのではないかと感じた。が、それを言っても恐らくは聞かないだろう。佐山もそのクラスメイトたちに対しては何も言わなくなった。


「決まりました。僕たちの中で何人かはそちらに手をお貸しするということです。そして残りの人たちについては申し訳ないですが非戦闘員ということで保護してもらえませんでしょうか」

「保護・・・ですか」

「えぇ、幾らかの金銭をお渡しして戴ければ。あとはこの王都にみんなをまとめて暮らせる場所を貸し与えてはくれませんか?」


佐山は国王に自分たちの要望を伝える。国王は一瞬だけ考えるように顎に手を当てる。


「わかりました。ただ、私たちの国も裕福とは言い難いのが現状です。当面の生活費として資金はお渡しできますがそれ以降は申し訳ないのですが城下にあります斡旋所で生活費を稼いで頂けますか?」


冒険者ギルドではなく斡旋所なのかと大樹は思う。だが、どちらにしろ魔物というのがいる世界だ。恐らくテンプレ通りならばそれで稼げるはずと当たりをつける


(Sランクの魔物はこの近郊にはいないだろうからこの辺りで稼げるといえば森林奥のBランクか・・・ん?なぜ俺はそんな知識を持っているんだ?)


大樹は当然のように自分がこの近辺にいる魔物がどういった種類がいるかを知っていた。なぜ自分が知っているのか。まるでこの世界に居たことがあるようである。

だが、自分の生まれは日本であることはわかっている。既に両親は他界してしまっているがそんなことを教えてもらった記憶はない。


(この世界にきて本当に訳が分からないことだらけだ)


そんなことを思案している間にも佐山は国王と話しを進めていく。そしてある程度の話合いが終わったところで異世界を救う組と傍観組に分かれ神物を持ちながら国王の傍でずっと喋ってもいなかった女性に声をかける


「では勇者様たちよ。どうぞ私の娘のクラリスが持っています神物に触れて下さい。さぁクラリス、前へ」

「分かりました」


1歩前へクラリスと呼ばれた女性が出てくる。綺麗な人だと素直に思う。ほかのクラスメイトたちも感嘆の息を漏らしている。

そんな彼女が微笑みを浮かべた瞬間にまたもや大樹の脳裏に映像が浮かびあがる


(くそ!一体俺の体はどうなってしまったんだ!)


見たこともないはずなのに知っている。知らないはずなのに魔物にはランクがあることを知っている。まるで自分が自分でないかのようなこの感覚に大樹は恐怖すら覚え始めている。

しかし、そんなことは知らずに傍観組以外のクラスメイトたちはどんどんと神物を触り自分になんの能力が付いたのかと周りと喋っている。そして、その順番も自分に回ってくる。

そう、大樹もこの世界で活動する組の一人である。死の危険があるのは分かってはいる。自分が自分でないようなことに恐怖も感じている。だが知りたいのだ。それに何か、とても大事なことを置き忘れているかのような感覚がある。それを大樹は知りたいと思っているためには力が必要だった。


「次の方。どうぞ神物に触れてください」


そうして大樹は前へと進み神物に触れた・・・・瞬間、目の前が暗くなる。

周りはどこを見渡せど暗闇が広がっている。なんだこれは?全員こんな空間で力を貰ったのか?と大樹は考える。

が、そんな素振りはクラスメイトたちはしていなかった。ならばこれは俺だけなのかと焦る。


『やあ、ようこそいらっしゃい。俺』

「だ、誰だ!?」


暗闇の中、いきなりに声を掛けられひどく狼狽してしまった。


『そう驚かないでくれ。ここは深層意識だ』


そんなことを言われてもこんな暗闇の中でいきなり声を掛けられれば誰でも驚くだろうと憤慨する。


『俺はずっと俺が来ることを待っていたんだよ』

「どういうことだ?」

『言葉どおりの意味さ。問答は不要だ。今から俺の記憶と今まで培ってきた技術。そしてこの世界で、いや、この世で俺だけにしか使えない神威を思い出してもらう』

「ちょ、ちょっとま・・・」


大樹の言葉も聞かずに大樹の中に膨大な情報が流れてくる。それは、初代勇者として召喚された時の記憶。そして幾度と戦い、凌ぎを削り磨いてきた技術。そして・・・神にすら届きそうな神威と呼ばれた技。その全てが大樹の中へ流れ込み、そして全てを思い出した。


『どうやら上手くいったようだな』

「そうだな。しかし自分ながらによくもあれに魂を埋め込めたと歓心するわ。厳重に保管されていただろうに」

『確かに、まぁ魂を固着させるだけだったからな。数秒もかからんかったからこそなわけだ』

「だな。」


自分自身に話しかけるというのはなんだか不思議な気分になるがそれももう終わり。

もうすぐにでも俺の魂と同化し一体になる。そしてそこから俺たちは始めるのだ。もう一度あの日の続きを。だがそのためにはやるべきことがある。


「今のままの神威ではだめだな」


現状の神威でも大抵のことには対応できる。だが、それでは駄目なのだ。その先が必要だ。その為には世界を回る必要がある。

それにどうにも今のこの世界は戦争が起こりそうというのだから旅をしながら止めることも大事である。それに、自分の力のためにもなることだ

そして徐々に自分の深層世界から浮かびあがっていく感覚を覚える。そして、目を閉じていたのか俺は眼を開くと少しだけ明かりが眩しかったため半目になる。


「如何なさいましたか?」


神物を持っているクラリスは首をかしげ大樹を見つめる。


「いや、すまない。何でもない」


そう言って大樹は神物から手を離しその場を離れる。一瞬不思議そうにしていたクラリスだが気に留めずに次の者に神物を触れてもらっている。

そして傍観組以外の全ての人が触ったことの確認が取れるとクラリスはまた下がり近くにいた侍女に神物を渡す。


「改めて礼をいいましょう勇者様たちよ。今日から住居先が出来るまで恐らく数日は掛かります故、その間はこの王城でお泊まりください。その間に我々は勇者様たちにこの世界の常識や剣術、魔法などを手ほどきさせて頂きます。

しかし今日のところは夕食にしましょう。ささやかながらパーティーを開かせて頂きますのでどうぞお気を休めてくださいませ」


この後の予定を王が伝えるとそのまま出口へと向かう。しかし


「ほほお。これが此度召喚された勇者か」


何もないはずの空間が歪みが揺らめいている。

そして誰かの声。いや、俺やこの世界の住人ならば知っている人物。しかし、ありえないはずの声である。


「どんなやつらかと思ったが・・・くっくっく」


懐かしい声だ。未だに空間は歪んだままで声だけが聞こえてくる。

そして国王はその声を聞き表情は恐怖に染まっている。当たり前だろうだってこいつは


「な、なぜこんなところに・・・魔王!」


「改めまして。そして初めまして勇者諸君。私が魔王ヴェルクスだ」


歪んでいた空間から人類の敵と言われている魔の王が現れたのだった―

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