5 そして始まる(波乱の)日常



「……はあっ」


 どうやら謎の怪人を退けられたことを確認して、光覇神姫ルミナ・レギス天燦マテラは膝をついた。何者かは分からないが、強敵だった。あれほどの力の主と戦ったのは――これが二度目だ。


(この程度で倒せる相手じゃない。あの人はまだ……)


 生きている。確信がある。しかしいったい何者だ? 自分の姿を視認したということは光覇神姫ルミナ・レギスの同類か、それともまったく異なる何かなのか。

 次に出会ったらまた戦いを挑まれるのか、あれほどの強敵をもう一度退けられるのか、そうなったらどうすれば……いや、あるいは彼こそが?


 自分に向けられた周囲の視線に気づいて、彼女は立ち上がった。振り返れば、せっかく見付けたバイト先が無残に破壊され、好奇と興奮の眼差しで人々が自分を見詰めている。


 その中には、友人たちの問うような咎めるような視線もあった。罪悪の念に身を竦ませながら、軽く地を蹴って空に身を踊らせる。適当な路地裏まで飛翔して変身を解除。

 戦う方に力を向けなければ向けない分だけ認識阻害ジャミング機能が強力に作用することは、経験から知っていた。戦闘を終わらせた後の追跡はできていないはずだ。


 誰一人命を奪わず解決できたことに、光覇神姫ルミナ・レギス天燦マテラ――日生嬢は安堵の息を吐いた。




   ○   ○   ○




「……負けた」


 青空を見上げて、頑真はぼやいた。


 収束した滅却光波の奔流に飲み込まれ、気が付くとどことも知れぬ街中に倒れていた。身体機能に支障は無いが、さすがにダメージは浅くない。

 戦士としての本能を発露させた上で敗北を喫して、しかし妙に清々しい気分だった。


「あれが光覇神姫ルミナ・レギスか。いるんだな、本当に。俺が倒すはずだった存在が……」


 目覚めてざっと半月。失われた存在意義に絶望し、再起を胸に誓い、そして今――彼は己が生きるに足る、己の芯と成り得る目的を手に入れたのだ。


 もう一度、光覇神姫ルミナ・レギスと戦ってみたい。互いに力の限りを尽くして、心行くまで全力で命を懸けて。それが決着に相応しい時と場所であれば最高だ。


 どうしてそんなことを望むのかと尋ねられれば、いろいろと理屈はつけられるが、要は単なるアームズ・コンプレックスという結論になってしまうのは歯痒いところだが。


「さてと」


 そうと決まれば、こんなところで寝ている場合ではない。いつかの再戦に備えて、準備しなければならないことは山のようにある。仕事だって探さないと。

 起き上がって歩き出す。心は弾み、足取りは実に軽やかだった。


「きゃああっ、全裸で歩き回ってる変態怪人がいるわ!?」

「えっ」

「はいそこの君ストップ。ここBL4なんだけど、人化処置は受けてるんだろうね?」

「ええっ?」

「増援を呼べ! 緊急確保ーっ!」

「えええええええっ!?」


 嗚呼、前途多難。




   ○   ○   ○




 事件現場に程近い雑居ビル。その屋上に、一人の女が身を潜めていた。


「ハチナナより本部へ。天使は舞い降りた、繰り返す、天使は舞い降りた」


 軍服を着た、ポニーテールの美女――鬼丸覇奈軍曹である。現場の様子を観察しつつ、通信機に報告を続けている。もう一方の手では鋭く尖った細長い何かを弄んでいた。


「作戦通りだ。お友達を助けるため、立派に正体晒してくれた」


 対怪人仕様の特殊徹甲弾である。サメ怪人が暴発させた流れ弾だ。


「しかし、どこに危険が潜んでるか分からんもんだな。あたしだったからいいけどよ」


 徹甲弾を弄ぶ側の指抜きグローブは、何かすさまじい衝撃を受けたかの如く弾け飛んでいる。しかし、彼女の掌そのものはまったくの無傷だった。


「それと、追加の報告が一件。天魔が湧いて出た、繰り返す、天魔が湧いて出た」


 徹甲弾を握り締める。戦車も怪人をも貫く硬く強堅な弾頭が、グニャリと形を変えた。


「これより撤収しそちらと合流、詳細は帰還次第報告する。オーバー」


 パチンコ玉ほどまで圧縮させられた徹甲弾をポケットに入れて、覇奈は荷物をまとめて塔屋へ向かった。その途中、頑真が吹き飛ばされていった空を見上げて足を止める。


「対光覇神姫ルミナ・レギス用超生体兵器アルマイダー……起動してるヤツが他にもいたとはな」


 口の端を歪める。猛々しく、禍々しく、力強く、不遜で傲慢で、魅力的な笑顔だった。

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Arms complex ゆーとん @YAMAKUZIRA

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