3 アルマイダー敗北す
BL2――ヴァ・デオン大戦時の戦禍で、大きな被害を受けた地域である。極東地区の某所に位置するこの廃墟群も、そんなBL2に指定された土地の一つだった。
都市機能がほぼ壊滅しているため人間の姿は皆無に近く、事実上怪人の自由区となっている。多くの怪人が流れ着き、独特の社会が形成されていた。
いつしか内外から“怪人天国”と呼ばれるようになったこの場所にポンと放り出されて数日、アルマイダー03号はひたすら途方に暮れていた。自らの存在理由に悩んでいた。
そんな哲学的な苦悶の中にあるとしても、生きてりゃおなかは減るのである。
移動販売車に群がる怪人たちに混ざって、食料品を購入する。
「おい、昨日より値段が上がってるぞ。二割増しってどういうことだ」
「文句があるなら他所で買いな。アンタ一人逃がしたって、こっちはまったく困らない。危険なBL2まで商売に来る勇敢な業者が、他にどれだけいるかは知らないがね」
人間の店員がニヤニヤと笑う。思うものはあったが、言葉を飲み込んで金を渡した。
「アイツか、ヴァ・デオンのことをあれこれ聞き回ってる新入りってのァ」
「今さらなんのつもりかね。働いてるの見たことねえが、どこで稼いでいるのやら」
「どっかでヤバイ仕事して逃げてきたんじゃないか? 困るよなぁ、そういうの」
怪人たちが小声で言葉を交わす。配慮してはいるのだろうが、あいにくこちらの五感は特別性だ――留まるに忍びず、アルマイダー03号は逃げるようにその場を後にした。
適当な廃ビルの屋上まで移動して、空を見上げてぼっち飯。パン一切れと生卵が一個、川で汲んだ水in拾ったペットボトル。その心情さながら、雲が厚く垂れこめていた。
「……俺は何をやっているんだ」
巧妙に情報操作されているだけで、ヴァ・デオンは健在なのではないか。あるいはどこかに残存戦力が潜伏しているのでは。そんな想いを、彼は未だに捨て切れないでいた。
ここで暮らす怪人たちに聞き込みをして、様々な媒体を使い情報を集め……しかしそうすればするほどに、自らの望む答えが幻想であることを思い知らされていった。
怪人たちは不遇な現状を甘受している――何故か? 自らが敗者であることを理解しているからだ。この世界の在り方そのものが、ヴァ・デオンの敗滅を物語っている。
それは同時に、アルマイダーの存在意義がすでに消滅している証でもあった。
「俺の求める戦場は消えて無くなった。それなら、今ここに俺が在る意味はなんだ?」
亡羊と彼方を見詰める。答えは見出せず、寂寥と絶望だけが胸に募る。ここは自分の居場所ではないような気がして、彼はフラフラと日の落ちた街を歩き出した。
究極の生体兵器。滅亡した創造主。平和な時代。牙抜かれた敗者たち。存在の不要性。
「ぐをゥ!?」
そんなことを考えながら歩いていたせいで横から突っ込んできた車に跳ね飛ばされた。
結構な勢いで宙を舞ってビル壁に激突してべちゃっと落下。人間なら即死級の破壊力。ブレーキ音と共に車が停まり、二人分の足跡が慌ただしく近づいてきた。
「やべえ、轢いちまった! ここ信号が壊れてるからついスピード出して……」
「どうせ怪人だろ? あれくらいじゃ大した怪我もしてねえよ、多分」
なんて言い草だとは思いつつ、実際怪我はしていない。せめて少しくらい脅かしてやれと、死んだふりを決め込む。気配から体格を推測するに、二人組は人間のようだった。
「ほら見ろ、やっぱり怪人だ。どこにも怪我なんか……動かないな。気絶してるのか?」
「なんだよ脅かしやがって。おっと、コイツ意外と金持ってるぜ」
「……って、おいコラ! 待て待て!」
ジャージのポケットに手を突っ込まれて、びっくりして跳ね起きる。覇奈からもらった金の一部――というか今手元に残っている分の大半――を盗まれていた。
「うお……っ! お、起きてたのかよ!?」
「起きてたのかよ、じゃない! 車で轢いておいて金を盗むたぁどういう了見だ!?」
「修理代に決まっているだろうが、車の! ぶつかったとこヘコんでるんだぞ!」
「人身事故を起こしたのはお前らの方だろうが! 俺の金返せ!」
一歩詰め寄る。そこでようやく、二人組が移動販売車の店員であることに気が付いた。03号の剣幕に、二人がぎょっとした様子で数歩後退する。
「な、な、なんだ? 暴力を振るうのか? こっちは人間だぞ、分かってんのか!?」
「お前ら! 仕事だぞ!?」
二人組の片割れが上擦った声で叫ぶ。新たな人影二つが車から降りてきた――怪人だ。
「このご時世に、人間に手を挙げようなんてスットコドッコイがまだ居やがったか。最悪しこたま軍隊送り込まれて怪人天国が火の海だぞ、分かってんのかい! あァん!?」
「…………」
侍スタイルの鷹型と、ガッシリした体躯のバッタ型……用心棒というわけか。
入れ替わるように二人組が車に逃げ込む。それを呼び止めようとした刹那、バッタ怪人が猛烈な勢いで踏み込んで打ち下ろした拳が03号の顔面に叩き込まれていた。
そのまま拳が振り抜かれる。のけ反るように路面に沈み背中でアスファルトを砕き反動で浮いた体に足を引っかけて跳ね上げて宙に舞わせ、そこに砲弾のような横蹴りが炸裂!
03号の体が真横に吹っ飛び、轟音と共にビル壁を粉砕してその中に転がり込んだ。
「おいおい、お仕事だからって張り切り過ぎだぜ。オイラの見せ場も残しとけよ」
鷹怪人が軽口を叩く。答えず、バッタ怪人は03号を蹴り込んだビルの中に進入した。
瓦礫の中に力無く倒れている03号を発見し、トドメを刺そうと近づいて足を上げ――叩き落とされた容赦の無いストンピングを、03号が片手で無造作に掴み取った。
「金を取り返そうとしただけなんだがな……しかし、いい判断だ」
足を鷲掴みにしたまま悠然と身を起こす。バッタ怪人が離れようと暴れるものの、五指の食い込んだ足はビクとしない。ならばと、もう一方の足で飛び蹴りを放ってきた。
「今度はこちらから行くぞ!」
それも易々と受け止めて、両足を保持して縦横に振り回し、床に柱に叩き付ける!
壁に亀裂が走り、天井が崩れ、地響きと共にビルが倒壊。完全に気絶したバッタ怪人を振るって粉塵を払うと、瓦礫の向こうに唖然とした顔の鷹怪人が立ち尽くしていた。
「ンなバカな!? ルアンがこんな簡単にやられちまうなんて……!」
「次はお前か」
バッタ怪人を手放して、ズイと前に出る。鷹怪人は顔に鋭いものを宿らせて抜刀した。
「ちっ、なんだか知らねえが……! ここは任せろ、とっとと行っちまえ!」
発進する移動販売車を目で追う。その視線を遮るように鷹怪人が斬り込んでくる。腕の甲殻でそれを受け止める。両者の間で、刃と手甲が目まぐるしく交差した。
「逃げるって手もあるんじゃないのか?」
「べらんめえバーロー! 素人さんじゃねえんだよ、こちとら金もらってんだ!」
素手と刀。リーチに差がある。それを強引に潰そうと大きく踏み込む。鷹怪人が口の端を歪めてふわりと跳躍――いや、飛翔する。繰り出したこちらの腕を足の鉤爪で捉えて、空へ一気に舞い上がった。何か狙っているのは分かっていたが、こう来たか!
「空中戦はオイラの
夜空に放り出される。落下するより早く、急旋回してきた鷹怪人が刃を叩き込む。四方八方、縦横無尽、前後左右、天地上下、言うだけあって素晴らしい機動力――だが。
「防ぐ? オイラの天舞刃を!? どうなってやがんだ!」
「勢い任せで太刀筋が単純なんだよ」
一際鋭く突き出された切っ先を片手で掴み取って動きを封じ、空中でしばし睨み合う。己の中に爆発的な感情が湧き上がるのを03号は感じていた。
嗚呼、これが歓喜か! 戦いの愉悦というものか!
「さっきのヤツも相当だったが、お前もなかなかやるな。少し本気を見せてやる!」
「ってやんでい! 今までは手を抜いてたとでも……わぁあ!?」
全身の甲殻が展開。体の各所から、全てを蝕む闇の波動がほとばしる。漆黒の蛇を思わせる外見は、より雄々しく猛々しいものへと一瞬で変貌した。
さながら闇を刻む竜の化身、日輪を食らう大天魔。見る者に畏敬すらも抱かせる、強大という言葉を形にしたようなこの姿こそが、アルマイダー03号の最大戦闘形態だった。
「シャアア!」
「ごっ、はあ!?」
闇刻波動を噴出し、その反動で突撃! 鷹怪人の胴を捉え、一気に地表へと運ぶ。廃墟の壁に叩き付け、建物をブチ貫き、隣の建物をも穿ち抜いて、そのまま地上を蹂躙する。
突進、破砕、突破、粉砕、突貫、撃砕! 鷹怪人の悲鳴が次第に小さくなり、代わりに03号は己が笑っていることを知った。力を振るえることが、嬉しくて仕方が無い!
「ハッ……ハハハハハハハ! ヒャーハハハハハハハ!」
時間にして僅か数秒。数キロに渡って廃墟を押し崩し、彼はようやく足を止めた。ズダボロになった鷹怪人がドサリと倒れる。その前で、03号は高らかに勝ち誇った。
「どうだ! 見たか! これが俺の力だ! 最強の戦士、対
地を蹴る。街を駆ける。衝動のままに疾走する。道路から屋上へ、屋上から空へ。
「まだまだこんなものじゃないぞ! どこかにもっと強いヤツはいないのか!? 俺は戦うために生まれた戦士だ、どんなヤツとだって戦ってやる!
近隣で一番高いビルの頂へ。己を誇示するが如く両手を広げ、夜空に吼える。
「この街の全てを一瞬で消し飛ばしてやろうか!?
叫ぶ。語る。豪語する……あるいは、懇願する。
「そうだ、俺は強い……強いんだ! それを示すことが、戦うことが俺の生きる理由! そのために俺は製造された! なのに、もう戦いが終わってるってどういうことだ!?」
わなわなと腕が震える。眼下の街並みを見下ろし、誰彼構わず罵っていく。
「だったら、俺はなんのためにここにいるんだ! どうしてこんな時に目覚めたんだ!? 答えろよ。誰か、教えろよ! この時代この世界を作ったのはお前らだろう!?」
絶叫する。返事は無い。体から力が抜け、その場に膝から崩れ落ちる。
「戦うためだけに作られたアルマイダーが、戦いの無い世界で何をすればいいんだ。生まれた意味も理由も否定されながら生きろっていうのか。そんなの、残酷じゃないか……」
顔を覆う。身を屈める。ああ、きっと自分は今泣いている。涙を流す機能が無くとも、無様に、無力な子供のように、哀れな弱者のように、戦士である自分が咽び泣いている。
「なぁ。頼むよ。誰でもいい、俺に戦う相手をくれ。この力を振るう意味を、俺の性能を発揮する理由を。俺にはそれしかないんだ。なんでもいい。俺に相応しい、戦場を……」
それすらも叶わないというのなら、せめて――
「……死に場所、を……っ……」
己の強さに対する自負があった。何者にも負けない自信があった。
そんな彼に取って、それは初の……そしてあまりにも決定的な完全敗北だった。
○ ○ ○
雨が降って来たところまでは覚えている。行くあても無く彷徨い続け、気が付くと彼は見知らぬ街の路地裏で引っ繰り返っていた。全身を打つ氷雨が冷たくも心地良い。
(……死ぬか、このまま)
もう、何もかもどうでもよかった。ここで意識を手放せば、永遠に眠れる気がした。
自分の居場所も、生まれた意味も、もはやこの世に存在しない。ならば無に帰るが道理というもの。あの研究所で目覚めてしまったことが、そもそもの間違いだったのだ。
(果たす目的も、共に在る仲間もいない。俺が生きても消えても、何も変わらない……)
どうにも抗いがたい、泥のような倦怠感。濁った意識の中、ふと誰かの視線に気付く。
「…………」
視線を巡らせる。臙脂色の学生服姿の少女が、傘を手に自分を見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます