2 怪人今昔物語



「運が良かったな、下手すりゃあのまま死刑台だ。この恩忘れるんじゃねえぞ」


 装甲車の助手席に座って、女――鬼丸覇奈軍曹とやらは上から目線でそう言った。アルマイダー03号はそれに答えず、自分の乗せられている車両後部を繁々と観察していた。


 極めて頑強な造りになっている。外部より内部からの破壊に備えた設計……怪人の護送を目的とした車両か。なるほどこれなら並みの怪人が暴れた程度では壊せまい。


 警察署から運び出され、外も見えない車両後部に詰め込まれて、今はどこかに移動中。狼型の怪人が運転し、監視も兼ねてか牛型の怪人が車両後部に同席している。

 どこに向かっているのかは分からないが、この連中に積極的な害意は無いようだ。まったくの異界に放り込まれたような、べっとりと全身を覆う悪寒と違和感は拭えないが。


「何がなんだか……分からない。俺が寝てる間に世界はどうなったんだ?」


 頭を抱えて嘆息し、身の上を明かして情報提供を求める。二人の怪人は黙して応えず、小さな格子窓で区切られた先の助手席に座る覇奈だけが興味深そうに言葉を返してきた。


「対光覇神姫ルミナ・レギス用超生体兵器アルマイダー……マジで言ってんのかよ、お前」

「当たり前だ! それが目覚めてみれば戦いは終わって、ヴァ・デオンは壊滅で……!」

「ひとまず信じてやるとして、寝坊したお前の自己責任だろ。諦めるこった」



 一言で語れば、それはまったく“悪の秘密結社”のような連中だった。


 覇道結社ヴァ・デオン。世界統一を目的に掲げ、魔法か空想の産物にしか思えない超常技術を有し、いつの間にかどうやってか月面に巨大な要塞を築き、今から四年前――旧暦でいう二十一世紀初頭、全人類を敵に回して侵略戦争を仕掛けた正体不明の組織である。


 月面から撃ち出される質量弾。その弾頭に詰められて送り込まれる異形の兵、獣人兵器の大軍勢。開戦から数か月の間、世界は為す術も無く蹂躙された。


 苦境に立たされた人類を救ったのが、突如現れた“人の姿をした光の塊”――光覇神姫ルミナ・レギスだった。世界各地で合計五体確認されたそれは、大国の軍隊さえ敗北寸前まで追い詰めた獣人兵器たちを軽々と蹴散らし、破竹の勢いでヴァ・デオン地上戦力を撃破していった。

 ついには三年前の暮れ、四つの光が地球を飛び立ちヴァ・デオン月面要塞を攻略。創立時期も、構成員の顔触れも、全てが謎のままヴァ・デオンの覇道に終止符を打った。


 かくして後にヴァ・デオン大戦と呼ばれる未曽有の戦乱はほぼ終結。壊滅状態にあった各国政府に代わってレジスタンスたちが中心となり、世界統一国家オムニアが誕生。暦を改め、絶大なる強権を振るって破壊の限りを尽くされた世界の復興を推し進めていった。



 ここで問題になったのが、生き残った獣人兵器……俗にいう怪人たちの処遇である。


 なんらかの方法で操られていたらしい彼らの大半は素直に降伏したものの、生身で最新鋭の戦車に匹敵する戦闘能力を持つ化け物であることは変わらない。そのまま隣人とするにはあまりにも危険で、さらに彼らに対する人々の憎悪と警戒の念もすさまじかった。


 それでもなんとか、怪人たちを社会に受け入れるために生まれたのが――



「SS法……社会生活ソーシャルライフ保護セキュリティ法。簡単に言えば住み分けだな。人が暮らす土地に1から5のバリアレベルを設定し、それに対応して怪人の往来を制限する。さっきいたのはBL4、怪人の進入が無条件に禁じられてる地域だ。違反すりゃ死刑も余裕でありうる重罪だぞ」

「隔離政策か。だが、あの辺りでも結構な数の獣人兵器を見たぞ? お前らだって……」

「コイツらは軍属、一緒にすんな。他の怪人連中は人化処置を受けてるんだよ」

「その人化処置ってのも聞いたことが無い。いったいなんなんだ?」


 尋ねると、やや間を置いて一枚のチラシが格子窓から差し込まれる。手に取り目を通す――なんらかの医療行為の宣伝風だが、内容は衝撃的なものだった。


「劇薬の接種? それも半年に一回! その上有料……アイツらこんなことしてたのか」

「そうさ、そんだけ劇薬をブチ込めば怪人の身体能力も人間並みまで落ちるからな。人化処置を受けた怪人は、半年の間は法律的には人間と同じ扱いになる」

「いくら獣人兵器ったって、これだけの量は危険じゃないのか」

「時々死ぬヤツもいるな。それでも、まともな仕事したけりゃ受けるっきゃねえ。それとその獣人兵器っての、最近じゃ差別だなんだと騒ぐのもいるから気ィ付けたがいいぞ」


 覇奈の口調は淡々としていた。差別もいいところだが、怪人たちは何も言わない。これほどの扱いをされながら、当たり前のものとして甘受しているらしい。

 彼らの沈黙が、これが自分が目覚めた時代の常識なのだという認識を強くする。それがヴァ・デオン敗北の証拠であるように思えてきて、彼は目の前が暗くなるのを感じた。



「着いたぜ、降りな」


 どれだけ走り続けたのか、装甲車が不意に停まる。促されて外に出れば、無残な廃墟がそこに広がっていた。都市機能は完全に破壊されているらしく、灯り一つ見当たらない。


「大戦で派手に壊された辺りでな。BL2、お前らが自由に暮らせる怪人天国だ」

「倒壊寸前の建物と瓦礫の山にしか見えないんだが……」

「文句があんなら金貯めて人化処置受けて、バリアレベルの高い都市部にでも引っ越すんだな。軍に入るって手もあるが、怪人の兵士枠は完全に埋まってて数年は欠員待ちだ」


 途中で調達したものか、ジャージの上下とTシャツ、下着を投げ渡される。咄嗟にそれを受け取ると、覇奈はさらに自身の財布から数枚の紙幣を抜いて押し付けてきた。


「餞別だ、取っとけ。今の時代怪人でも服を着るのは常識だぞ。対光覇神姫ルミナ・レギス用超生体兵器アルマイダー……大戦中に起動すりゃ、何か変わってたのかもな」


 横顔に淡い愉悦を浮かべて、覇奈は二人の怪人と共に装甲車に乗って去っていった。



「純戦闘用生体兵器が平和な世界に放り出されて、いったいどうすりゃいいんだよ……」


 月光に照らされる廃墟を前に悄然と問う。答えてくれる者など、どこにもいなかった。

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