4 カウンター&エンカウンター
「な、なんだおまっ」
火を噴く銃身、迫る銃弾。自身に触れると同時に闇の波動に飲まれて分解消滅するそれを意に介さず、カミキリムシ型の怪人を殴り倒して店内に進み出て、頑真は硬直した。
「……は?」
思わず呆けた声を吐く。予想していた反応も反撃も、そこには無かった。例外はこちらを指差して目を白黒させている迅兵衛くらいだ。
店の入り口に、煌びやかな格好をした歳の頃十代半ばほどの少女が立ち尽くしていた。ポカンと間抜けに口を開け、ごく明るい琥珀色の瞳を繁々と頑真に向けている。
みずらとツーサイトアップを組み合わせた陽光色の長髪。天女の羽衣とミニスカドレスを足して二で割ったような、純白と山吹色に輝く可憐な衣装。たおやかな身を彩る
「……お」
一瞬で悟る。
「おおぉお」
本能が吼えている。
「おおおおおおおおおおおおお!」
宿敵怨敵仇敵好敵。
「
「なんだお前らはぁあーッ!?」
サメ怪人が吼える。左腕に構えた大型ライフルから散弾が撃ち出される。一歩進み出た頑真と入り口の前に佇む
二度、三度。一粒一粒が戦車の装甲すらも穿つ散弾のことごとくを消し飛ばすと、
「人質を解放して降参してください。うまく手加減できるか分からないんです……!」
言葉に合わせて金色の光が明滅する。その闘志を感じて、強盗犯たちがたじろいだ。
「め、滅却光波……!?」
「本物だ、本物の
店の内外に驚愕と動揺が広がる。森羅万象を分解消滅する脅威の光、滅却光波――それこそ
「おいコラ待て」
「ひゃわ!?」
強盗犯一味を鋭く見詰める
「い、いきなり何をするんですか!? 放してください!」
「やかましい。お前、俺を庇ったな? 戦うために生まれた俺に、そんな屈辱を……!」
「あの! よく分からないけど、今は大切な用事が――」
そこで言葉を飲んで、
「言葉が通じてる? 見えてるんですか? あなたはいったい……」
思い出す。
(超常的な
頑真が
「
両者の間に不穏な空気が漂い始めた刹那、サメ怪人が怒号を発する。
「お前らがヴァ・デオンを滅ぼさなけりゃ、今頃オレたちは世界の王様だった! こんな苦労をしなくてよかったんだ! 廃墟に押しやられ、食うにも住むにも不自由して、人間なんかに蔑まれ……全部お前らのせいだ! 死んで詫びろシャクシャクシャクーッ!」
目を血走らせて牙を鳴らす。肝心な時に寝過ごした頑真としても心苦しい意見に思わず聞き入っていると、不意に背後から組み付かれて
「わあっ……」
「き、聞いてた通りだ! 生き物は、生き物なら、この光に耐えられる!」
「
滅却光波を収束させた手刀で、あっさりと蔓を斬断される。耐性があるといっても無効化できるわけではない、少し出力を上げればこの通りだ。
「せいッ!」
即座に振り返って相手の銃を破壊すると、
あらゆる物理的干渉を阻む攻防一体の滅却光波と、身一つで怪人の大軍勢とも渡り合う絶大な力。この二つこそが、
「むんっ」
宿敵の力量に心躍るものを感じつつ、頑真は彼女の髪から手を放し背後から組み付いているカミキリムシ型怪人の二の腕を掴んだ。そのまま無造作に持ち上げて拘束を解く。
「うお、わっ……あぁあ!?」
力任せに振り回し、眼前へと叩き落とす。床のタイルが、建物の基礎の鉄筋が、砕けて潰れてカミキリムシ型怪人の体が地に沈む。衝撃で失神した怪人にトドメを刺すべく腰を落として拳を繰り出し――それを、
「殺す気ですか!?」
「凶器を向ける相手に手心を加えてやる道理があるのか? どの道コイツらは極刑だ」
「それはっ……そうかもしれないけど、だけど!」
世界を救った英雄が甘いことを言う。肩を寄せ合うような体勢で、しばし睨み合った。
「人質だ、人質を取れ!」
強盗一味の人間とモグラ型の怪人が人質に向かって走り出す。気付いて、弾かれたように
手刀で銃を破壊しつつ肘打ちを叩き込み、強盗犯を昏倒させる。それを横目に、頑真ももう一方の前に身を割り込ませた。モグラ型怪人が目を白黒させながら銃を向けてくる。
「お、お前はなんだ! 獣人兵器なのか? 仲間ならどうして我々の邪魔をする!?」
「一緒にするな、これでも真面目に生きてるつもりなんだ。聞こえてないだろうがな!」
銃身を握って圧潰させて、拳を構えて――先ほどの
「う、うぐぐぐ……ぎゃあああ!?」
「このコンチキショウが! 武器さえ持ってなきゃあなァ!?」
「正義の怒りを受けるヨロシ!」
「ムエタイは最強……」
銃を失ったモグラ型の怪人に、これ幸いと迅兵衛たちが飛び出してきて襲い掛かる。今まで人質の中にコソコソ隠れていたのに調子のいい連中である。
チラリと見やると、
「クソがあああッ! よくもよくもよくも、俺たちの計画をォーッ!」
サメ型怪人が両手に持った銃を乱射する。空を引き裂く散弾の雨、虚空を貫く徹甲弾。人質たちが悲鳴を上げる中、そのことごとくが光の帳と闇色の雲の前に消滅していった。
「ぐっ、ぬうううう!」
やがて弾を撃ち尽くしたのか、サメ型怪人が左手に持っていた銃を二人に投げつける。右手の銃は怒りのままに足元に叩き付け――と、それが突如暴発した。
「あっ……!?」
こちらにはまだ残弾があったらしい。放たれた徹甲弾が頑真たちを掠めるように店壁を貫き、彼方へと飛翔し……目でそれを追った
「シャク! シャク! シャアアアアク!」
大口を開けて飛びかかる。ズラリと並んだ鋭利な牙が白い肌に煌びやかな衣装に触れんとした瞬間、横から繰り出した頑真の肘打ちがサメ型怪人の横っ面に叩き込まれた。
「ぶげぇ!?」
真横に飛んで壁に激突して瓦礫の中に沈み込む。完全に気を失っていることを確認すると、一応暴発した銃も破壊して、頑真は
「油断が過ぎるぞ。噛みつかれたところで、大したダメージは無いにしても」
「助けて……くれたんですか? ありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしていないが、そっちの流儀にも合わせてやったんだ。恩を感じているのなら一つ頼まれてもらおう――
向き直り、立ち尽くし、轟然と言い放つ。強盗犯一味が倒れ、これで解決だと安堵していた人質たちが、頑真の放つ焼け付くような闘志に戦慄した。
「ま、待ってください! あなたは強盗犯をやっつけに来たんじゃないんですか?」
「そのつもりだったが、お前に会った。この千載一遇を逃せるものか」
「あなたと戦う理由がありません、どうしてそこまで……!?」
「理由か……理由ね」
悔恨。懺悔。興味。義務。幸運。運命――言葉にすればいろいろだが、要するに。
「ただのアームズ・コンプレックスだ!」
叫んで、頑真は
「シャアッ!」
鎖骨狙いのロングフックからボディ、ストレートと上下に打ち抜く。守るだけでは凌げないと判断して、
(実戦的なアレンジがかなり加えられているが、やはり空手がベースの格闘術か!)
技量はほぼ互角。パワーとリーチはこちらに分がある。しかし超常の力……彼女の滅却光波は、頑真の使う闇の波動をやや上回っているか。総合的には五分と五分!
「ならば!」
両腕を掲げる。肘から後方に向けて、刃の如く闇の波動が噴出する。超生体兵器アルマイダー03号に生まれつき搭載されている、光を蝕む暗黒の大牙だ。
「シャアアアア!」
全てを蝕み滅する闇の牙を振るう。危険を察したか、
「やめてくれないなら、本気で!」
「それでこそ! 本望というものだ!」
闇の牙とトンファーが交錯する。光が弾け闇が踊る。床に壁に亀裂が走り、店内の人々が悲鳴を上げる。頑真と激しく打ち合う
その隙に大振りの一撃を見舞う。上に注意を引きつつ、足を絡めて動きを封じる。
「あっ……!?」
トンファーで受け止められた闇の牙を強引に押し込む。片足の自由を奪われた
(もらった!)
握り締めた拳を打ち下ろす。しかしそれは
「ぐうっ!?」
予想外の反撃。衝撃で目の前に星が散る。即座に
「……何を笑っているんですか」
「笑う? 俺がか」
「そう見えます」
「なるほど、俺は笑っているのか……そりゃそうだろうなぁ」
今の反応はどうだ。あれだけ崩されていながらなんという冷静な対応、実戦的な反撃。この少女は強い。能力の面でも、実戦経験の面でも、紛れも無く。この鈴木頑真が、アルマイダー03号が製造された理由が、我が前に間違いなく疑いようもなく存在している!
「俺の命には確かに意味があった。これほど楽しいことがあるなんてなぁ!」
一度は平和な時に生きると決めた。しかし今、この心を震わせる愉悦は何事か!? この戦いで全てを失っても、身魂燃え尽きようとも構わない。歓喜と興奮を胸に突撃する!
打ち合うのを嫌ったか、
その余波だけでパトカーが舞い飛び、路面が砕け、家屋が倒壊する。その様を一瞥した
「
「
滅却光波を弾丸にした光の雨が襲い来る。闇の波動を噴出した反動でそれを避け、頑真も手から飛び道具を放って反撃、応戦。流れ弾が彼方の廃墟――怪人天国に着弾した。
(出力で負けている……遠間からの撃ち合いは分が悪いか?)
懐に飛び込むか、地上戦に持ち込むか――思案する頑真の前で、
「ぐぬぅ――!?」
滅却光波を圧縮、解放した目眩ましか! あの超常的な認識阻害機能も効いているのか一瞬にして前後不覚に陥る。それでも我が身に近づく気配を察知し、闇の牙を叩き込む。
捉えた。しかし軽い――トンファーか!?
「せいやあああああっ!」
直後、強烈な蹴りが頑真の胴を直撃する。閃光もトンファーもこのための布石か!
斜めに蹴り落とされて大地に激突。勢いのままに地面を削り進んで、ようやく止まって頑真の上から
「この程度では眠ってやれんなぁ!」
「まだ動っ……!?」
我が身で削った路面の中から立ち上がり、相手の足を抱えて地面へ逆さに叩き落とす。
「あぐっ!?」
「シャアア――アァアアッ!」
吼える。腕を構える。闇の牙を生成する。走る、駆ける、跳ぶ!
破壊の爪痕を駆け抜けた先、微かによろけながらも身を起こす
(なんだ?)
放つは最大、最強、全力の一撃。
「
身をほぼ横に倒しながら肘を振り下ろす。猛り狂う闇の波動が天地を震撼させる。大地を踏み締め、トンファーを頭上に構え、
「ぐっ……うぅううう!?」
その凄絶な威力に
(どうして受け止めた?)
いける!
(対応する余裕はあったはずだ)
倒せる! 勝てる!
(正面から防いで防げる攻撃ではない、それくらいコイツなら分かるはず――)
何か自分の見落としている要素があったのか?
ようやく気付く。なんの因果かバニーズの駐車場に戻ってきている。見れば
(あれを庇うために俺の攻撃を避けなかったのか!?)
思えば、今までも――刹那、頑真の体から力が抜けた。百戦錬磨の
「
放たれるは日輪の欠片の如き光の奔流――大気を貫き天をも焦がしたその光は、やがて蒼穹の中に溶けていった。
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