3 誰が望むか救世主



 仰向けに倒れたクマ型怪人の傷口から鮮血が溢れ、床を赤黒く汚していく。


「おら、早くしろ! お前らもコイツみたいに胴に風穴を空けられてえか!」


 怒鳴って、サメ型怪人が銃身を切り詰めた対怪人仕様の大型ライフルを突きつける。客と店員たちが恐怖に悲鳴を上げる中、強盗犯たちが財布や貴重品を回収していった。


「怪人四人に人間一人……こんな街中の店に白昼堂々押し掛けるとは、素人か?」


 それにしては得物がいい。五人とも銃器で武装している。いずれも軍用の正規品。普通に考えてまず出回るものではないはずだが、いったいどうやって手に入れた?

 廊下の角から頑真が店の様子を探っていると、嬢もちょこんと顔を出した。


「姫子ちゃムグゥ」


 嬢の口を押さえ、華奢な体を強引に抱えてトイレへ戻り、音を立てないように後ろ手で戸を閉める。嬢を拘束したまま、頑真は換気扇をむりやり片手で取り外した。


「あの、ちょっと……! な、何を?」


 嬢の下半身に組み付いて抱え上げ、換気扇を外した穴にその頭を突っ込む。さらに持ち上げて彼女を外へ送り出し、最後にその足首を保持したまま頑真も穴から身を出した。


「ひぁあ……」

「おっと、すまんすまん」


 逆さまの宙吊りになった嬢が顔を真っ赤にしてスカートを押さえる。取り立てて興味も無かったので軽く謝ってから抱え直し、路面へと飛び降りる――ちなみに白かった。

 店内からは死角になっている店の裏手側。敷地を抜けて塀を飛び越え、少し移動した先の公園で嬢を解放する。パッと距離を取って服装の乱れを直し、この期に及んで悲鳴一つ上げず、嬢は羞恥と困惑の入り混じった顔をこちらに向けた。


「ここまで来れば大丈夫だろう。段差があるから流れ弾に当たることもまず無いしな」

「……ボクを助けてくれたんですか? どうして?」

「この間の礼だよ、これで貸し借り無しってことにしとくか。着替えや荷物も置いたままだろうが、事件が解決するまでは間違ってもあの店に近づくんじゃないぞ」

「あ、03号さ……じゃなくてえっと、頑真さん!」


 踵を返して歩き出して、そこで不意に呼び止められる。肩越しに見やれば、円らな瞳に懇願の色を浮かべた嬢が食い入るように頑真を見詰めていた。


「お願いです、みんなを助けてください! 姫子ちゃん大怪我して倒れてたし、あのままじゃ他のお客さんたちだってどうなるか分かりません」

「……あのな、嬢ちゃん。確かに俺は怪人だが、相手だって四人は怪人なんだぞ?」


 友を憂う気持ちは察するが、さすがにこれは無茶に過ぎる頼みである。頑真がその気になればあの強盗一味を無力化することは簡単だが、そこまでする義理も無い。

 ここは“あくまで自分は一般的な怪人”という形で話を進めて、諦めさせるが良策だ。


「連中、軍用ライフルまで持ってやがった。俺一人に何ができるってんだ」

「でも! 頑真さんの友達の怪人だってまだお店に――」

「タカトラバッタのことならただの行きずりだ。助ける義理も、協力する保証も無い」

「どうしてそんな他人事みたいに……ああ、待って!」


 今度こそ立ち去ろうとして、嬢に腕に組み付かれる。うんざりしながら振り返った。


「じゃあ聞くが、俺が危険を冒す理由は? どうして危ない橋を渡らなきゃならん。一時の名声か、金一封か……それとも、アンタがリスクに見合う対価を払ってくれるのか」

「対価、って……人助けにお金を要求するんですか?」

「当たり前だろ。もっとも、払ってもらうのは金じゃなくてもいいんだぜ?」


 二の腕を掴んでグイッと引き寄せる。言葉の意味を察したか、嬢の表情が強張った。


「……それは」

「分かるだろ? 俺は男で、アンタは女だ。青い果実ってもそれなりの楽しみ方が……」


 少し脅して追い払おうと、小悪党の芝居を続ける。俯いて、自らを抱くように身を縮ませていた嬢が、ややあって無言で頑真の手を取った。

 一拍の間を置いて、彼女がそれを己の胸に押し当てる。乙女の怖気かその呼気と指先は微かに震え、制服越しに触れている柔らかな乳房からは不安げな鼓動が伝わってきた。


「……それでみんなが助かるなら、ボクは」

「おい待て本気にするな、冗談だ冗談。落ち着けバカ」


 ぺちんとデコピンをかまして嬢を軽く突き放す。この反応は予想していなかった。


「友人や同僚が心配なのは分かるが、怪人を一人や二人送り込んだところでどうにかなる状況じゃない。素人が手を出したって邪魔になるだけだ」

「このまま黙って見てろっていうんですか、みんなが生きるか死ぬかの瀬戸際なのに」

「現状、それがベストだ。場所は狭い店内、人質多数、複数の怪人が強力な武器を所持。光覇神姫ルミナ・レギスでも出てきてくれん限りはどうにもならん」


 肩を竦める。苦悶と悲壮と絶望とを捏ねて固めて焼き締めたような何かを顔に浮かべて項垂れていた嬢は、やがて頑真に一礼すると足早に公園の奥へと去っていった。


「あのガキ……男慣れしてる風でもなかったが、本気で体差し出すつもりだったのか?」


 少し考えればほとんど無意味と分かりそうなものだが……それほどまで冷静さを失っていたのか、そもそも状況を把握できていないのか、自己犠牲に酔い痴れているのか。

 ともあれ、これで義理は果たした。公園を後にして街を行く。銃声を聞いた誰かが通報したのか、パトカーが列を成してバニーズへと向かう――あとは彼らに任せれば解決だ。


(まぁ、銃を持った怪人が相手だ。それなりに死人は出るだろうが……)


 死者の数が一桁で収まれば御の字か。嬢にも言ったが、光覇神姫ルミナ・レギスかそれに匹敵する力の持ち主でも介入しない限りどうしたって犠牲は出るだろう。

 つまり、この鈴木頑真がその気になれば。


「…………」


 気が付くと、なぜだか歩を止めて店の方へ視線を向けていた。


 正直、強い理由があって嬢の要請を断ったわけではないのだ。面倒事を避けた、小娘に頼まれるまま動くことを嫌った……その程度だ。流れによっては引き受けてもよかった。

 このままいけばどうなる? 多大な犠牲を出しつつも事件は収束するとして、怪人への風当たりは今以上に悪化。そうなれば、仕事探しがより困難になるのは間違いない。


「人助けなんて柄でもないが……情けは人のためならず、か」


 自身の内でいろいろと理屈を組み立てて、路地裏へと歩を進めると、頑真は周囲に人気が無いことを確認して服を脱いだ。脱いだ服は綺麗に畳んで、近くの塀にかけておいた。

 服を着たまま戦闘形態になると、消し飛ばしてしまうのである。




   ○   ○   ○




『間もなく軍の怪人部隊も到着する。その前に投降しなさい、悪いようには――』

「うるっシャアアアアアクッ!」


 轟音と共に大型ライフルが火を噴く。放たれた対怪人用徹甲弾がパトカーを貫き、衝撃で車体が横転する。その陰に隠れていた警官たちが慌てて逃げていった。


「くそ、囲まれた……大誤算だぜ、こんなに早くサツが出張ってきやがるとは」

「お前が金目のモンをのんびり探そうとしたからだろうが!」

「ビクビクすんな。武装警察だろうと軍属の怪人だろうと、そうそう手が出せるもんか」

「人質もいる、武器もある。こうなりゃ予定変更だ、連中に金と足を用意させようや」


 バニーズに押し入ってきた強盗団。顔触れはサメ型、モグラ型、カミキリムシ型、サボテン型の怪人四人と人間一人。人質にされた客と店員は、店の一角に押しやられていた。


「べらぼうめ、ズルイぞ飛び道具なんて!」

「僕巻き込まれただけアル、助けてーっ!?」

「……怖い」


 その中に逃げ損ねた迅兵衛たち三人の姿もあった。全員頭を抱えて机の下に潜り込み、強盗団の視線から逃れようとしている。見事なまでに頭隠してなんとやら状態だが。


「ちょっと……! アンタたち!」


 そんな三人に、車イスに乗った眼鏡娘が声を潜めて話しかける。


「無駄口叩く暇があるなら、とっととアイツらやっつけてきなさいよ」

「な、何を無茶なこと言ってるんでい。クマ公が一発でやられたの、お前も見ただろ!?」

「あのライフル、対怪人仕様の特別製アル。撃たれたら怪人でもバタンキューよ?」

「……死ねと?」


「だからなんなの? 怪人なんて社会に何も貢献してない、お荷物以下の存在じゃない。あれだけ人を殺したくせに、権利ばかり主張して……少しは人様の役に立ちなさいよ!」

「うわっ、怪人差別だ!? しかも超露骨!」

「SS法で怪人の権利は認められてるアル、大戦中のことはよく覚えてないし!」

「差別反対……」


 向こうも怪人で、対怪人用の銃で武装している。怪人特有の身体能力がある分、素手の人間が銃を持つ凶漢を相手にするよりはマシだが……危険な相手という点は変わらない。


「死にたくねえ!」

「ケンカ苦手アル!」

「So everyone 唯我独尊……」


 涙目で主張する三怪人を渋い表情で眺める眼鏡娘に、ツインテールの少女が近づいた。


「まぁまぁ、いきなりそんなことを頼んでも無理だよ。次いってみよう、次」

「そうね……そっちはどう?」

「止血が終わったところ。怪人は頑丈だから多分助かると思う」

「滴る命の赤き鮮血、ピンク色の綺麗な臓腑……うふふふ」


 二人が視線を向けた先では、怪しげな装飾品を無数に身につけた長身長髪の少女がクマ型怪人を手当てしている。大量の血を怖がるどころか、どこか陶酔したような表情だ。


「さぁ蘇れ、我が末なるアルコーンよ。死の祝福なる損ないて、命の牢獄に捕らえよう」

「……時々彼女が分からなくなるわ」

「確かに、あーゆー難しい台詞いつ考えてるのかなぁと思っちゃうことはあるよね」


 と。


「お前ら、さっきから何をコソコソ口利いてやがる!? シャクシャクシャクーッ!」


 話し声に気付いたサメ型怪人が、激昂して銃を突きつける。慌てて一同が身を隠す中、一人逃げ遅れた車イスの少女がぎょっとした様子で身を強張らせた。


「な、なんとかしなさいよ! 女の子を盾にして恥ずかしくないの!?」

「話しかけるな、バレるだろ!」

「こ、降参アル! ギブアップのココロ! どうか命だけは~っ!?」

「……狭い」


 眼鏡娘と、彼女の車イスの後ろに隠れ(たつもりになっ)ている迅兵衛たちを、サメ型の怪人が苛立った様子で睨む。こっそり脇に避難したツインテールの少女が進み出ようとして……その肩に長身長髪の少女が静かに手を置いて、動きを制した。


「星の巡りが悪い。今は竜、伏すべき」

「でも」


 その時である。


「うわっ、あぁあ……?」


 正面の入り口を見張っていたサボテン型の怪人が、腰砕けになって後退りした。何事かとそちらを見やった者たちの前に、少女の形をした日輪の如き光の塊が現れる。


 しばし、誰もが唖然とした。誰もがその名を知っていた。


 救世の英傑。

 今なる時代の神話存在。

 かつて世界を救い、いずこかへ姿を消した伝説の超戦士。


「「光覇神姫ルミナ・レギス……!」」


 誰もが口々にその名を呼んだ。本物か? 生きていたのか!? どうしてここに! 衝撃と疑念が錯綜する中、突然厨房の奥から銃声が轟いた。


 そちらの見張りについていたカミキリムシ型怪人が、悲鳴と共に店内へと転がり込む。続いて厨房から現れたのは、長身痩躯の人の姿をした闇の塊のような何かだった。


「「…………」」


 誰もが、ポカンと、それを見詰めていた。光覇神姫さえも驚いているようだった。闇の塊も動きを止めた。全員いろいろとびっくりする中、迅兵衛が泡を食ったように叫んだ。


「く、黒坊主だぁ!?」

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