2 みんなで行こうレストラン



 世界は広いという者がいる。

 一方、意外と世間は狭いという声もある。


「お帰りなさいませ! お客様のおなかと心の故郷、バニーズです♪」


 ファンシーなエプロンドレス+ウサ耳付きカチューシャというスタイルのバンダナ少女に笑顔でお出迎えされて、バニーズを訪れた頑真は後者の言葉をしみじみと噛み締めた。


 向こうも気付いたか、目を丸くしている。ともあれ先日の礼を伝えようと――


「ボクのサンドイッチ持ってっちゃった03号さん!?」

「えっ……あ、あれ? 俺のじゃなかったのか?」

「二人分のつもりで作ったんですよ。あれで食材使い切っちゃったのに……」


 言われて思い返してみると、置いてあったからいただいただけで、量とか許可とか全然考えていなかったような――顎に触れて黙考した後、頑真はガバッと床に手を突いた。


「ごめんなさい、そうとは知らず全部いただいてしまいました美味しかったです!」

「わぁ!? あの、えぇとっ、やめてくださいお店の中で……」

「おっ、なんでい。知り合いか?」

「注目の的アル。とっとと起きるヨロシ」

「……飯。早く……飯」


 店内の視線が頑真たちに集まる。ひたすら謝り倒し、嬢に立つよう懇願されて引き起こされ、奥の席へとご案内。まさかこんな場所で再開することになるとは思わなかった。


「ご注文を繰り返します。ステーキセットとフルーツパフェが四つ、海鮮丼、甘酢唐揚げ定食、バニーズピザ、カレーライス、オムライスが一つずつ。以上でよろしいですか?」


 注文を確認して、嬢が厨房に去っていく。改めて一行の顔触れを確認する――鷹、虎、バッタの怪人三人組。タダ飯に釣られてここまで来たが、さてその判断の是非や如何いかん


 ちなみに、このご時世にファミリーレストランなんて事業形態が問題無く成立しているのは、ただ単にバニーズの生産ラインが戦禍の少ない地域に集中していたためである。


「そういやお前、名前はなんていうんでぇ。さっき03号とか呼ばれてたけどよ」

「そりゃ前に使ってた名前だ。今は鈴木頑真と名乗っている」

「鈴木? ギャハハ、なんだそりゃ!? 極東地区で一番平凡な名前じゃねえか! もっと粋な名前にしろぃ、せっかく自由に名乗れるんだからヨ」

「名前で気取ったって仕方が無いだろ。そういうお前はどういう名前なんだ」

「風斬りの侍、風祭迅兵衛様だ! どうよ、グッと来る響きだろう?」


 親指で自分を示し、鷹型の怪人が力説してくる。頑真にはピンと来ないが、本人は気に入っているらしい。拱手して頭を下げつつ、虎型の怪人がその後を継いだ。


「僕はシュエン法正ファジオン。玄ちゃんと呼ぶヨロシ」

「ルアン・ポー・パオロ……」


 最後にバッタ型の怪人が、視線も合わさずそう名乗る。響きからすると二人とも海外の出身らしい……まぁ、怪人の名前なんて本人が好き勝手に命名できてしまうものだが。


「これから組んで一稼ぎしようってえ仲だ。よろしく頼むぜ、黒蛇の大将」

「黒蛇……え、俺のこと?」

「そうアル。むしろ、キミの他に誰が?」

「全身を覆う鱗……痩せ気味の長身……どう見てもヘビ型……」


 獣人兵器の名が示す通り、怪人は何かしらの生物を模した姿をしている。そこはアルマイダーも同様ということか、この三人の目に頑真はヘビ型の怪人に映ったようだ。


「そういや、あの黒坊主もヘビ型っぽかったか? どう思うよ、ルアン」

「二人がかりで惨敗……とても悔しい。いったい何者?」


 そのまま迅兵衛たちを倒した謎の怪人の話に移っていく。下手なことを口にしてタダ飯を不意にする愚を避けるべく、頑真は会話には参加せずにムック本の続きを読み耽った。


 極東地区の戦場に現れた赤い光――それが最初に確認された光覇神姫ルミナ・レギスだとされている。


 その後、ヨーロッパに青い光、極東地区に黄の光、南米に緑の光、南アジアに紫の光が次々に出現。怪人を撃滅しつつ北米で合流、ついにヴァ・デオン地上戦力を粉砕した。


 特定の言語に反応した報告がある一方で、彼女たちが言葉を発したことは無いらしい。間近で接触した者や生き残った怪人が言うには、その代わりなのか強大な意志――友好、同意、勧告、闘志、殺気などを発して脳髄を直接叩くように意志を伝えてきたという。


 人間に近い知性体であることは間違いないが、怪人以上に人間離れしている。その超常性と人類を救った実績から、神聖視している者も少なくないとのことだった。


「お礼参りならキミたちだけでするヨロシ、僕ケンカ苦手アル。大体怪人天国にどれだけ怪人がいる思てるか、手掛かりがヘビ型ってだけじゃ探しようが無いヨ」

「う~ん、他の手掛かり……途中でいきなり“本気を見せてやる”とか言い出して、怪人の形の真っ黒な雲みたいになりやがったんだよな。ヘビ型じゃなかったのかもしれねえ」

「真っ黒な雲……煙幕か毒ガスか……イカ的な何か……?」


 こっそり聞き耳を立てる。明確に視認できないという点で、戦闘形態のアルマイダーは光覇神姫ルミナ・レギスに近い状態になるらしい。同じ力を持つ者同士なら互いにどう見えるのだろう。


(待てよ? ヴァ・デオンが滅んだとして、それを成した光覇神姫ルミナ・レギスはどうなった……?)


 月面要塞攻略後行方不明、生死も不明……言い方を変えれば生きている可能性も?


 迂闊だった。ヴァ・デオン敗滅という衝撃の前に、考えようともしていなかった。勝者である光覇神姫ルミナ・レギスは、我が宿敵たる者たちは、未だどこかに健在かもしれないのだ。


 もし今、光覇神姫ルミナ・レギスと遭遇したら? 戦ってみたいような気もする――勝利捧ぐ主すでに無く、力振るう意味失われ、戦い廃れた時代を生きると誓った身ながら、それでも。


(まぁ……雲を掴むような話だ。仮にそうだとしても、俺には連中を探す術が無い)


 未練か、回顧か、逃避か、郷愁か、あるいはアームズ・コンプレックスなのか。胸中に芽生えた淡い期待は、飲み込むと意外なほどに苦かった。


 と。


「お帰りなさいませ! お客様のおなかと心の故郷、バ……」


 新しい客が来店する。手の空いていた嬢が応対するが、その言葉が途中で止まった。


「やっほー、ヒナっち♪」

「みんな……どうしてここに?」


 臙脂色の学生服を着た三人の少女である。嬢の知り合いらしいが、友人の職場に遊びに来たという雰囲気ではない。車イスに乗った少女などは露骨に険しい顔をしていた。


「どうして、じゃないわよ。私たちに一言も無しに寮を出てったのはあなたじゃない」

「で、でも別に悪いことしてるわけじゃないよ? 部屋だって学園に保証人を……」

「そんなこと聞きに来たんじゃないの。なんだって急に独り暮らしなんて始めたのよ」


 黒髪をショートカットにした、キツネ顔の眼鏡娘である。足が悪いのか車イスに乗っている。視線鋭く口調にも刺がある一方、表情には相手を案じる色が強く浮かんでいた。


「まぁまぁ、ヒナっちを困らせに来たんじゃないんだしさ。とりあえずしばらくお客さんして、バイトが終わるのを待たせてもらおうよ」


 その車イスを押しているのがツインテールの小柄な少女。どんぐり眼で挙動に落ち着きが無く、表情がコロコロ変わる。どことなく子猿っぽい雰囲気の主だ。


「ふっ……星々が囁いている、か」


 もう一人は、明後日の方角に向かって芝居がかった仕草で何やら語っている長身長髪の少女。凛々しい眉、涼しげな瞳、整った鼻筋に細くたおやかな顎から首にかけてのライン――遠目にも驚くほどの美少女である。動物で例えると……ライオン?



 三人の少女たちは、窓の近くの席へと案内されていった。ややあって、頑真たちの注文した料理が彼らのテーブルへ届く……改めて見るとすごい量である。


「お、来た来た。食おうぜ!」

「わぁい、今年初めてお肉食べるアル!」

「……ピザ」

「いや、奢ってもらう身でゴチャゴチャ言いたくないんだけどよ。こんなに頼んで大丈夫なのかよ、結構な額になるだろこれ……儲け話ってのはそんなにオイシイ仕事なのか?」


 頑真が注文したのはオムライスだけなのだが、迅兵衛が勝手に全員分のステーキセットとフルーツパフェも頼んだのである。焼けた肉の香りは生唾物だが、どんな仕事をさせられるのかと思うと素直に味わえない。今さらだが、先に仕事の話をしておくべきだった。


 が。


「仕事? 誰がンな話をしたんでい」

「儲け話があるって言ってたろうが。怪人を四人集めるとかどうとか」

「あ~、ありゃ別にこのメンツで働こうってこっちゃねえ。怪人が四人欲しいってなそうだけどな、こんだけ数がいりゃ……へへへ。ちゃんと分け前はくれてやっから安心しな」


 言うなり、迅兵衛が薄汚れたビニール袋を懐から取り出す。カレーライスの上でそれを引っ繰り返すと、なんか黒くて触角が長くてテラテラした虫の死骸がポトポトと落ちた。


「…………」


 数秒ほどそれを見詰めて……まさかと顔を挙げた時には、迅兵衛が大騒ぎしていた。


「ああっ、カレーライスの中に虫が入ってるぞ! この店はこんなもの客に出すのか!?」

「おい、コラ、待て!?」

「ンだよ、ここが大事なところだぞ。怪人が四人もいりゃ、店だってビビってすんなり金を出すって。下手に揉めるよりそっちのが安上がりだからな。ほれ、お前も大声出せ!」

「何かと思ったらアレか、恐喝か! 普通に犯罪じゃねえか!?」

「バレなきゃいいんだよバレなきゃ。ちっと慰謝料もらうだけ!」

「バレたらマズいことをするなボケ! 基本だぞ!?」

「ってやんでい! お足なんてなァ持ってるヤツからいただくのが一番早いんでい!」

「お前らがそんなんだから怪人全体の信用が落ちていい仕事がもらえないんだ!」

「二人ともうるさいアル、静かに食べさせるがヨロシ!」

「……スイーツ」


 と。


「お客様。どうかされましたでしょうか」


 のそりと。なんか、黒くてでっかいのが。頑真たちのテーブルの前へとやってきた。


 ファンシーなエプロンドレス+ウサ耳付きカチューシャというスタイルの、熊である。北海道の山中で遭遇したらナチュラルに死を覚悟できそうな、猛々しい野獣である。

 いや、まぁ、実際のところ熊型の怪人なのだろうが、それはどこに出しても恥ずかしくないほどに熊だった。服装と膨らんだ胸と妙に愛らしい声からすると女の子らしい。


「「…………」」


 罵り合いも食べる手も止めて、頑真たちはその熊を無言で見上げていた。ちなみに彼女の胸のネームプレートには丸まっちい文字で『ひ☆め☆こ♪』と書いてあった。


「あの……えっと。カ、カレーに虫が……」


 先ほどまでの勢いはどこへやら、迅兵衛が怖ず怖ずと訴えながらカレーの皿を指差す。熊はチラリとそれを一瞥し、感情の感じられない声で吐き捨てた。


「見えませんね」

「は?」

「虫なんて見えません。どうぞ冷めない内にお召し上がりください、美味しいですよ」

「え。いや、でも」

「言いがかりはおやめください、他のお客様のご迷惑となりますので」

「ほ、ほら。ここに虫が」

「食え」


 降りそそぐ黒い剛腕。迅兵衛の後頭部を鷲掴みにしてカレー皿にその顔面を叩き込む。


「おぶぅ!?」

「食え。オラ、食え。食えよ」

「ぐぶぷっ! む、虫が! 虫がぁ……! なんでオイラがこんな目にぃ!?」

「見えねえっつってんだろうが。食え」


 迅兵衛はしばらくジタバタともがいていたが、熊の怪力から逃れられないことを悟り、シクシクと泣きながらカレーを食べ始めた。それを見て、ルアンがすっくと席を立つ。


「……迅兵衛を離せ」

「あ?」

「友達……友情……オレは裏切らない」


 互いに息もかかるような超至近距離で睨み合い――ややあって、両者が動く。


「がおう!」


 ルアンがすごい勢いで錐揉みしながら宙を舞って天井に激突してテーブルに落下した。ボクシングでいうところのスマッシュに近い平手(+鉤爪)打ちだった。要するに熊が鮭を獲る時のあれっぽい動きだった。この技をサーモンスマッシュと名付けよう!


「あわ、あわわわわ」


 一撃でルアンをKOした熊が、次の獲物を静かに見やる。慌てふためいて荷物を漁り、ややあって取り出した一冊の本を玄は恭しく熊に差し出した。


「こ、これあげるから許してほしいのココロ……」


 有名な熊害事件を扱ったノンフィクション小説だった……サーモンスマッシュが炸裂!


「がおう!」

「アイヤ~っ!?」


 ルアンと同じような上下動を描いて、玄が長イスの上に落下。迅兵衛はしくしくと泣きながらテーブルに伏してカレー(虫入り)を食べている。かくて三バカはここに散った。

 鼻息荒く手を払い、改めて辺りを見回して――熊が低い声で唸った。


「もう一人、どこに行った?」






 そのもう一人こと頑真がどこにいるかっていうと、トイレ前の廊下だった。


「うまい話にゃ……にしてもあんなバカ話に巻き込まれるとは。共犯扱いされてたまるか」


 三バカがやられている間にこっそりと避難したのである。ここに逃げ込む前に皿の下にオムライスの代金は置いてきたから、あとは見つからないように店を去るのみだ。

 問題は、覇奈からもらった金と交通事故の示談金(信じられないくらい安かったが相場らしい)を、今のでほぼ使い切ってしまったことだが。


「これで寒貧カンピン……明日からどうしよう? オムライスだけでも食っとくべきだったか」


 嘆息し、ほとぼりが冷めるまで隠れているかとトイレに向かう。男女共用の個室トイレの扉を開けると、憂鬱そうな顔の嬢が便器に腰掛けていた。

 視線が合う。沈黙が降りる。


「……ええっ?」

「待てっ! いや、その、違う! すまん、鍵が……」

「あ、違うんです! 使ってたわけじゃなくて……掃除中の札かかってませんでした?」

「札?」


 扉の取っ手を確認するが、そういったものはかかっていない。視線でそれを訴えると、嬢は小さく溜め息を吐いた。掃除というのは口実で彼女もここに逃げ込んでいたらしい。


「ごめんなさい。トイレを使うならすぐ出ていきますから……」

「そうじゃない、少しの間だけ緊急避難したかったんだ。さっき話してたのは?」

「学校の友達です」

「揉めてたように見えたが……うまくいってないのか?」


 嬢が何か言いかけて、しかしそのまま言葉を飲み込む。否定してこないということは、指摘した通りなのだろう――そうなると追い出すのも気が引ける。同類相哀れむ、だ。


「ダメですよ03号さん、お店の備品を勝手に触っちゃ……」

「その識別コードは忘れることにした。今は鈴木頑真だ」


 制止を無視して掃除用具入れから札を持ち出すと、頑真はそれを外側の取っ手にかけて扉を閉めた。閉じ込めるつもりじゃないよ、との証に嬢と扉からは離れて肩を竦める。


「お互いワケありの身だ、しばらく現実逃避しよう。取って食ったりしないからよ」

「ボク、バイト中なんですけど」

「心身のコンディションを整えるのも仕事の内だぜ?」


 納得したのか説得を諦めたのか、嬢はそれ以上は何も言い返さずに小さく笑んだ。

 綺麗に使われているのか変な臭いはしないが、トイレの中で時間を潰すというのもそれはそれで暇なものである。立ち入るつもりでもなかったが、頑真は嬢に話しかけていた。


「聞くつもりで聞いたわけじゃないが、寮を出たとかって言ってたな。学生寮?」

「はい、神路学園の学生寮です。戦災孤児は学費も施設の利用費も免除になるんですよ」

「……戦災孤児、か」


 親の影が感じられない少女だと思っていたが……いろいろと苦労しているようである。といって頑真にできるのは、親の話題に触れないようにすることくらいしかないのだが。


「施設の利用費って、食堂なんかもあったりするのか? 屋根があって雨露凌げて食べ物もたっぷり食えて、至れり尽くせりじゃないか。どうして寮を出たりしたんだ」

「だって、ボクが学園の外で暮らせば、その分誰かが寮に入れるでしょ?」


 あっけらかんと嬢が言う。面食らう頑真の前で、彼女は誇らしげに言葉を続けた。


「神路学園は学生の自立を奨励しています。学園に身分保証人になってもらえば、未成年でも部屋が借りられるんです。お金はバイトすればなんとかなりますし」

「この間中学卒業したばっかだろ? アンタ今いくつだ、世界国家の法律は各地方のそれを当面は踏襲してるんじゃなかったか。極東地区だと十六歳以上でなけりゃ……」

「そういうのは、少しくらい知らないふりをするのが人情です」


 控えめな胸を張って力説してくる。その様を見て、少し悩んでから頑真は口を開いた。


「アンタ……いつまでもこれじゃ呼びにくいな。えぇと?」

「友達にはヒナって呼ばれてます」

「そうかい。じゃ、嬢ちゃんよ。俺はアンタに文字通り一宿一飯の恩がある」


 距離を詰めたいわけでなし、親しい人間とはあえて異なる呼称を採用。結果名前呼びになってしまったことには後で気づいたが、今さら訂正もできずに素知らぬ風を装う。

 嬢は一瞬怪訝な顔をしたが、こちらの配慮を察してくれたのか何も言ってこなかった。


「だから少し言わせてもらうが……少し独善が過ぎるんじゃないか?」

「独善? ボクが?」

「アンタが寮を出れば、代わりに誰かが寮に入れる。それはいい。きっと代わりに入れた誰かはアンタに感謝するだろうよ……だが、アンタはどうなる?」

「ボクのことなら心配してくれなくても平気です。一人分の生活費を稼ぐくらい……」

「じゃ、言い方を変えよう。アンタの友達が今のアンタと同じことを言って寮を出て独り暮らし始めたら、アンタどう思う? 無茶だとは思わないのか?」

「それは……でも、ボクは強いから」

「アンタの友達はそう思わなかった。だから心配で押し掛けてきた……違うか?」


 ぐ、と嬢が言葉に詰まる。胸に思うところがあったようだ。


「我ながらお節介とは思うけどな。アンタが寮を出たのは誰かのための善行かもしれないが、そういうのは必要以上に苦労したり周りの人間に迷惑かけながらやるもんじゃない。そこまでいってしまったら、そりゃもう善行じゃなくて自己満足のための独善だ」

「……ボクがやったことは、間違ってるっていうんですか?」

「そこまで言うつもりはないが、急ぎ過ぎ。親しい人間に相談くらいすべきだと思うね」

「だって……みんなに言ったら、絶対に反対される……」


 暗い顔で俯いて嬢が呻く。誰かに聞かせるというより、他の干渉を拒むような――理解できても受け入れられない、といったところか。意外と面倒な娘さんらしい。


「……ん?」


 店の入り口の自動ドアが砕かれ、数人分の足音が荒々しく入店する。何事かと頑真が耳に意識を集中した刹那、トイレの扉越しにもはっきり分かる銃声が店内に轟いた。


「大人しくしろ! 撃ち殺されたくなかったら金を出せ、シャクシャクシャクーッ!」


 響いて渡る悲鳴と絶叫。狭いトイレの中、思わず二人で顔を見合わせる。


「今のは……!?」

「千客万来にも程があるだろ、おい!」


 機を見計らって穏便に立ち去るという頑真の計画が、脆くも崩れ去った瞬間だった。

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