scene.2/“天使”は舞い降りた

1 スリーナッシングプラスワン



「鈴木頑真さん。学歴、職歴、資格、いずれも無し。BL3での長期の仕事をご希望と」

「戦うことしかできないんですが、働き口はありますでしょうか?」

「この条件では厳しいですなぁ」


 応対した職員の口調は素っ気無かったが、視線には多少の同情があった。



 BL3のハローワーク。仕事を求める人々が、履歴書片手に様々な表情を見せている。その三分の一ほどが怪人で、ジャケット一式に身を包む頑真もまたその一員だった。


「そこをなんとか。BL3では怪人の就労が認められているはずでしょう?」

「それはその通りですが、それだけにBL3で職を求める怪人の方も多くてね。雇う方はそこから条件の良い相手を選べるわけで……BL2での仕事ならすぐ紹介できますが?」

「それでいいならこんなところ来ませんよ。BL2とBL3じゃ給料がまるで違う」


 身を乗り出そうとしたところで、背後から鋭い視線を感じる。肩越しにそちらを見やると、都市迷彩柄の服に軍用の対怪人ライフルで武装した鹿型の怪人が頑真を睨んでいた。

 BL3以上の地域にある公共性の高い施設には、大抵軍属の警備担当が配されている。下手なことをすれば問答無用で攻撃してくるというから、まったく物騒極まりない。



「え~、しかしですね鈴木さん。厳しいことを言うようですが……」


 気を取り直すように軽く咳払いして、職員は話を続けた。


「先ほどもご説明した通り、BL3の仕事は怪人に大変人気です。そういった方々は少しでも就職に有利になるよう様々な努力をしていらっしゃる」

「はぁ」

「仕事の実績を積んだり、資格や学歴を取得したり、保証人を探したり……履歴書を見る限り、あなたそういった努力をしていない。この三年何をしてらっしゃったので?」


 問われて、唸って、腕を組んで考えて――頑真は真実を口にした。


「ずっと寝てました」

「あなた、本気で仕事探す気あるんですか」




   ○   ○   ○




「……うまくいかんもんだな」


 公園のベンチに腰掛けて天を見上げ、頑真はさめざめと息を吐いた。



 あの人生初の敗北から数日。なんとか職を得ようと四苦八苦しているが、今のところ空振りが続いている。胸に燻る想いはあるが、今は安定した生活環境の確立が最優先だ。

 自分の人生が計画プラン通りなら本来それを保証してくれていただろうヴァ・デオンがすでに滅亡している以上、自力でなんとかするしかない――となると生活費を稼ぐ手段が要る。働かなければ食べていけない、お金が無ければ生活できないのが人の世の常なのだ。



 一応はっきりさせておくと、論理的思考による帰結である。あのバンダナ少女の言葉に流された、とかではない。ないったらない。だってそこ認めると恥ずかしいし。



「学歴、職歴、資格も無しで真っ当な仕事は高嶺の花。軍に入るなら最低でも数年待ち」


 改めて現状を認識する。自分の性能ならば仕事くらい簡単に見付けられるだろう……と考えていたが、少々甘く捉えていたようだ。履歴書に怪人としての能力を書く欄無いし。


「やっぱりBL2で働くしかないのかね……ああ、保証人を探すって手もあるか?」


 この場合の保証人とは、“身分保証人”と呼ばれるものである。


 あらゆる怪人には、ヴァ・デオン大戦以前の記憶と記録が存在しない……つまり基本的に天涯孤独。そんな連中をいきなり信用しろというのも無理がある。

 そこで第三者に「コイツは信用できます」と一筆認めてもらう――これが身分保証人という制度である。本人の信用が不足している分を、他人のそれで補うわけだ。


 法的な根拠があるわけではないが、社会的信用度の高い人物に身分保証人になってもらえば怪人の就職もかなり有利になるという。試してみる価値はあるかもしれない。


「とはいえ、保証人になってくれそうな知り合いなんていってもなぁ……」


 頑真の短い人生の中で、顔と名前を知っているのは日生嬢と鬼丸覇奈の二人だけ。前者は未成年だし、後者はどう連絡を取ればいいか分からない。


「学生に身分保証人になってもらったって、大して信用してはもらえんだろう。軍人ならその点は問題無いだろうが、こっちはBL4まで頼みに行く方法が無い」


 まぁ、そもそも身分保証人になってくれるかどうかという話もあるのだが。


「軍は定期的にBL2を巡回している。鬼丸軍曹が怪人天国の警邏に来るのを待つか、別のツテで連絡手段を確保するか……どっちにしても気軽に解決とはいかないか」


 しばらくは怪人天国で瓦礫の撤去作業でもして食い繋ぐしかなさそうだ。己の前途多難ぶりを噛み締めながら立ち上がると、頑真は公園の出入り口へ向かった。


「ん?」


 数人の人影が、そこで何か物色している。見ればいつの間にか露店が開いていた。


「いらっしゃいアル。たくさん買っていってほしいのココロ」


 でっぷりと肥えた虎猫型……いや、虎型の怪人が話しかけてくる。独特の語調と漢服を着ている辺りからして大陸の出身か。怪人の場合、ただのポーズという可能性もあるが。


(なるほど、商売という手もあるか……)


 BL2には生産拠点がほぼ存在せず、基本的に物資は他地域からの輸送に頼っている。選択肢が少ないために多少値段が高くても、BL2での乏しい稼ぎを注ぎ込むしかない。


 頑真がBL3での就職を目指したのもそれが理由なのだが、個人商なら利益は全て自分のものにできるし、誰かに雇ってもらう必要も無い。

 仕入れには工夫がいるだろうが、たとえばあの移動販売車より安値で食料品を売れば、客の確保は難しくないように思えた。参考にしようと露店の売り物をチェックする。


 古い雑誌や書籍の類。どこかで拾ってきたものなのか、その内の何冊かは表紙が湿って歪んでいる。こんな品でも値段次第で商売になるのか――と。


「…………」


 その中にあった一冊のムック本を、頑真は無言で手に取っていた。


 タイトルは『天の使いか超兵器か――光覇神姫ルミナ・レギスの正体』。雨ざらしにでもなったのか薄汚れた表紙に、人の形をした光の塊のような何かを写した戦場写真が数枚並んでいた。


「ちょっとちょっと、お客さん。立ち読みは勘弁アルよ」

「いいだろ、少しくらい」


 水気を吸って歪んだページをめくる。本の内容は、ヴァ・デオン大戦で確認された光覇神姫ルミナ・レギスの写真や動向を紹介しつつ、その正体を考察する……といったものだった。



 ヴァ・デオンの攻撃により人類が追い詰められていく中、突如戦場で確認されるようになった五つの光。それは触れる者全てを滅却し、怪人たちを次々に葬り去っていった。

 天使、光の乙女、魔法少女……それは場所によって様々な名で呼ばれていたが、ヴァ・デオンが使っていた“光覇神姫ルミナ・レギス”という名称が今では一般化している。女の子であるかのように扱われているのは、その謎の光が十代前半くらいの少女の形をしていたためだ。


 赤の閃き、光覇神姫ルミナ・レギス聖心カノン

 青の輝き、光覇神姫ルミナ・レギス戦傑ティナ

 黄の煌き、光覇神姫ルミナ・レギス天燦マテラ

 緑の瞬き、光覇神姫ルミナ・レギス風王コアット

 紫の導き、光覇神姫ルミナ・レギス恐刃ルガー


 地上の怪人を一掃すると、赤い光覇神姫ルミナ・レギスを除く四つの光がヴァ・デオン月面要塞へ進攻し、これを撃滅。その後の足取りは不明――地球に戻ってきたのかも分からない。

 彼女たちは今どこに? 最後の決戦に一人だけ参加しなかった理由は? 万物を滅ぼすあの力は? そもそもいったい何者……? 大戦中から様々な説が唱えられている。


 某国が研究していた超兵器。

 歴史改変を目指して時を越えた未来人。

 神や宇宙人といった超存在が遣わした人類の守護者。


 もっとも有力とされるのが、ヴァ・デオンに反旗を翻した獣人兵器の一種だという説。彼女たちの超常的な能力も、かの組織が持つ超技術によるものだと考えれば筋は通る。


「どうかねぇ……研究所の音声内容からすると、反乱分子って感じではなかったけどな」


 光覇神姫ルミナ・レギスがヴァ・デオンの産物なら、わざわざ“対”光覇神姫ルミナ・レギス用の兵器なんて作らずに同じものを送り込めばいい。そうしなかったということは、彼女たちはヴァ・デオン由来の存在ではないのだろう……ではなんなのかと問われても答えられないが。



 と。


「……見つけた」

「お~い、玄! どうだ、そっちの調子は」


 こちらに近づく人影二つ。足音から体格を察するに怪人らしい。知り合いなのか、立ち読みを続ける頑真を渋い顔で眺めていた露店の主がそちらに顔を向けた。


じん兵衛べえとルアンじゃないアルか。怪我もう大丈夫のココロ?」

「ってやんでい! こちとら怪人天国にその名も知られた風斬りの迅兵衛様だぜぇ?」

「ルアンと一緒にボコボコにされて、用心棒の仕事クビにされた聞いたアルよ」

「運が悪かっただけだ! あんちくしょう、次に会ったらタダじゃおかねえ」


 記憶にある声&話の内容。見れば、案の定あの晩出会った鷹型の怪人だった。


「で、だな。次の仕事見つけるまでの当座の金策っつうか、儲け話があるんでい」

「ほほう。そういうお話持ってきたいうことは、僕も一口噛ませてもらえるのココロ?」

「……力、借りたい」

「オイラとルアンとお前と、あと一人くらい怪人がいれば……ンだよ、ジロジロと」


 鷹型の怪人が不穏な眼差しを向けてくる。気付かれたかと一瞬身構えたが、それ以上は何もしてこなかった。反応からするに、どうも頑真の顔を覚えていないらしい。


「いえ、別に」


 確かにあの晩は月も雲に覆われていたが、恨み節まで吐いておいて間抜けな話である。変に関わって思い出されても面倒なのでなんでもない風を装う。

 が、しかし。


「お客さん、お客さん。その本そんなに気に入ったアルか?」

「えっ……いや、まぁ、宿敵のことはやっぱ知っておきたいかな~と」

「じゃ、それあげるから手伝うヨロシ。怪人一人確保したアル、早速商談始めるヨ」


 露店の主に手首を掴まれる。慌てる頑真をよそに、三人は勝手に話を進めていった。


「さすが商人……時は金なり……」

「お店片付けるから少し待つのココロ。ここで商談もなんだし、場所移すアルよ」

「じゃ、バニーズ行こうぜバニーズ。タダ飯食わせてやんよ」

「バニーズ! タダ飯!?」


 バニーズといえば有名なファミリーレストランチェーンで、(怪人にとっては)高級店である。何より『タダ飯』という言葉は頑真の心の琴線に触れた。触れまくった。


「分かった。話を聞かせてもらおうか」

「おう! なかなか話せる兄ちゃんじゃねえか、気に入ったぜ!」


 生きていくだけなら、プライドはあんまり必要無いのである。




 面倒な話だったら飯だけ食って帰ろう……なんて、この時の頑真は考えていた。


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