第8話 メダカに乗って。

「この川をずーっと遡って行くとすっごく大きな湖があるんだよ。それでそこにはシロナガスクジラが住んでいるんだ」 


「それ湖じゃなくて海だろ」


 なぜかメダカ号になつかれてしまった旅人は、その背に跨がり川を遊覧していた。


 岸辺をだいぶ離れているが、視界の先は見渡す限りの水平線で未だ向こう岸が見えてこない。


 この巨大な川の上流に更に大きな湖があって、そこにシロナガスクジラが住んでいるなどと言われても、旅人には全くもって理解不能な事である。


「旅人くん。メダカは淡水魚だから海なんて泳げないよ?」


「クジラだって淡水に住めないだろ……」


「いいや、旅人くん。シロナガスはそんなに甘い相手じゃないんだよ。あいつは大きな胸ビレでお空だって飛んじゃうんだ。僕はいつかあいつを倒して水辺の一番になりたいんだ」


「へ、へぇ……まあ、頑張ってくれよ。それより、そろそろ岸に戻らないか?」


「あいあーい!」


 メダカ号は元気に返事を返すと川岸に向かって泳ぎ出した。

 

(よく分からないけど、色んな生き物がいるんだな……)


 もしかするとそれはこのおかしな森に限った事ではなく、自分がこれまで暮らしてきた場所のすぐ側でも色々な生き物が、色々な想いを抱えて暮らしていたのかも知れない。


 旅人はそんな事を考えながら岸へと戻っていった。





「喋るメダカに会ったんだ……」


「おおー、それは貴重な体験さんですよ旅人さん! ですが、今はそんな事より重要な事があるのです! ようやくノロマさんのカワセミさんが、水草さんを採ってきたのですよ!」

 

「何だとっ! 私はノロマさんなどではないぞっ! それに旅人君! さっきはちょっと油断しただけだからなっ! 私が本気を出したらメダカなんかよりずっと強いんだからなっ!」


「あ、はい……」


 旅人の目の前には、もみの木のような大きな水草が横たわっている。

 葉も茎も緑色で、所々にリンゴのような粒が付いている。


「早速いただくですよ旅人さん。そしてカワセミさんは帰るのですっ!」


「何でだよっ! 私も一緒に食べるに決まっているだろ! バカなのか君は!?」


「バカと言う人がおバカさんなのです! 人間さんの格言さんなのですよ!」


「……いただきます……」


 旅人は二人をよそに生乾きのシャツを羽織ると、粒を取って食べ始めた。


「これも意外に食べれるな……」


 水分をたっぷりと含んだ水草は旅人にもとても美味しく感じられた。


「ところで旅人君。人間は色々な服を着るそうだが、君はいつも同じ服を着ているんだね?」


「いや、これしか持ってないし……」


「何だって!? それは大変だっ! それなら私が羽毛の服を作ってあげるよ!」


「旅人さんにはそんなヘンなお洋服は似合わないのですよ。ミノスケはその辺きちんと考えているのです。それよりもカワセミさん。一体いつになったら帰ってくれるのですか……?」


「フンッ! 君に用意できるものなんてどうせ藁で編んだみすぼらしい衣装だろう。旅人君には絶対似合わないね! それから私は絶対帰らないからなっ!」


「旅人さんは葉っぱさんが大好きなのです。ですから桑の森のカイコさんたちに葉っぱさんのお洋服を作ってもらうのですよ」


「桑の森……?」


「はいです! この川沿いさんを少し行った先にあるのです。美味しい葉っぱさんもたくさんあって、とても楽しい所ですよ!」


「──それなら僕が送っていってあげる」


 ふいに聞こえた声に、旅人が振り返ると巨大な魚──メダカ号がピチピチと石の上を元気に跳ね

回っていた。


「うおっ! あ、現れたなメダカ号! こ、今度はさっきのようにはいかないからなっ!」


 カワセミはそう言って身構えるが、明らかに腰が引けている。

 丘に上がったメダカ号は、そんなカワセミを気にした様子もなくなんだか楽しそうに跳ねている。


「お前、大丈夫なのか……?」


「何がー?」


「何がって……いや、なんでもない」


 ようやくこの森の非常識さを理解し始めた旅人は、余計な事を考えるのをやめる事にした。


(色々考えすぎるのは悪いくせなのかもしれないな……)


 かくして旅人一行はカイコさんたちが住むと言う桑の森へと向かうのである。





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