第10話 カイコと邂逅。

「ミノスケちゃんミノスケちゃん、その人が旅人さんなのかなっ?」


「はいです! こちらが着るものがなくてお困りの旅人さんなのですよ! ミノスケの大切なお友達なのですっ! えへん!」


「別に困ってないけどな……」


「わーっ! ほんとだ! ほんと、みすぼらしいねーっ!? あと、顔は……微妙? あっ、私はカイコです! 宜しくね旅人さん。握手、握手ーっ! あっ! でも、ちゃんと手は服でゴシゴシしてね?」


「ぐっ! あ、ああ、宜しくな……」


 旅人は言われるままに服で手を拭いた後、少し不機嫌そうに握手を交わした。

 カイコはミノスケと同じくらいの背格好の少女で、黒い瞳以外は全身真っ白だ。

 白いさらさらした髪の隙間からちょこんと触覚が生えていて、背中にはカーテンで作ったマントのような大きな羽が生えていている。


 ミノスケやカワセミと比べると、カイコは少し常人離れした姿をしていた。


(それでもあれよりは……)


 旅人は横目に周囲を見渡す。

 そこでは旅人たちを取り囲むようにイモムシたちじーっと様子を伺っていた。


「──うわっ! それ以上こっちに来るなっ! ハウスだっ! ハウスっ! 分かるなっ!?」


「……あっちで騒いでる人もミノスケちゃんのお友達なの?」


 カイコは呆れたようにカワセミを指差した。


「んっ? 私の事かい? まあ、こんな田舎で暮らしていれば私を知らなくとも無理はない、か……では、覚えておくと良いっ! 我が名はカワセミっ! 美しき森の貴公子、カワセミだ!」


 カワセミはいつぞやのポーズを決めて「今日も私は美しい……」と悦に浸っている。


「……カワセミって、あのピヨピヨ鳴くカワセミ?」


「──なっ! バカなのか君はっ!? カワセミがピヨピヨなんて鳴く訳ないだろうっ!」


「……その人はちょっとガッカリさんなのですよ。なぜか着いてきてしまったのです」


「ほう! 用済みさんからガッカリさんと来て、今度はちょっとガッカリさんか……フム、私への評価がだいぶ上がってきているなっ! しかしだ、ミノスケ! 私はちょっとガッカリさんでもないからなっ!」


(確かにちょっとガッカリさんだな……)


 旅人は呆れたようにそのやり取りを見つめていた。

 そのすぐ側では奇しくもミノスケとカイコ、更にはイモムシたちまで旅人と同じような視線をカワセミに向けていた。




「──でもミノスケちゃんが楽しそうにしてて本当に良かったっ! ミノスケちゃんね、あっちの森でいつも一人で寂しそうにしてたんだよ。私が桑の森で一緒に暮らそうよって言っても全然聞いてくれないし……だから旅人さんっ! これからもミノスケちゃんと仲良くしてあげてねっ! お礼に私たちがステキな着物を作ってあげるからっ! って、ちゃんと聞いてくれてる?」


「……」


 旅人は何も答える事ができなかった。

 なぜならイモムシたちの吐き出す糸で全身ぐるぐる巻きにされていたからだ。旅人は繭になっていたのである。


 少し離れた場所からミノスケたちの楽しげな声が聞こえてきている。


 旅人はなんだか悲しい気持ちになってきてしまったが、しかし、これはカイコ族に伝わる伝統の採寸方法であり、決して旅人が蝶へと羽化してしまう訳ではないのである。


「旅人さんこっちですよっ! イモちゃんさんたちが、たくさん葉っぱさんを用意してくれたのですよ!」


(イモちゃんて、このイモムシたちの事か……)


 そう言えばカイコもそんな風にイモムシを呼んでいたと旅人は思い出す。


 ミノスケたちの陣取る桑の木の根本には葉っぱの絨毯が敷かれていて、そこに樹皮のテーブルが並んでいた。

 そして、テーブルの上には木の器に入った葉っぱや木の実が山のように積まれている。


「ふうっ、酷い目にあったぞ」


 旅人はミノスケの隣に座ると大きなため息を吐いた。


「きっと素敵なお着物が作ってくれるのですよ。カイコさんはお洒落さんなのです」


 ミノスケは「楽しみなのです」と、むしゃむしゃ葉っぱを頬張っている。


 カイコはイモちゃんたちの出す糸を使って衣服を作るのが得意である。

 旅人にはあまり興味のない事だったが、白一色のカイコの衣装もそれなりに見事なものだった。


「よぉーうっ! 旅人くーん! チョーシはどーだいっ? んふ、んふふふふっ!」


(なんだこの酔っぱらいは……)


 やけに陽気なカワセミが、文字通りの千鳥足で旅人の元へとやって来る。右手にはジョッキのような器を持ち、そして左手にはなぜかぬいぐるみのようにイモちゃんを一匹抱えていた。

 抱えられているイモちゃんは心なしか迷惑そうである。


「あは、あはははっ! 今日はなんだか楽しいなあーっ! なあ、旅人くんもそう思うだろーお? んーっ?」


「ああ、うん……」


「そう、そうなんだよ……うんうんっ。私はね、虫たちがあまり好きではなかったのだけれど、君を通じて触れ合う内に、彼らの事を誤解していたのだと気付かされたよ……今日は良い経験をさせてもらった……」


 カワセミは急にしんみりし始めるとその場で大の字に寝転んだ。


「ミノスケもありがとうよーっ! 色々あったけど、今日はとーっても楽しかったよーっ!」


「はいです。ミノスケも楽しかったですよ。水草さんもとても美味しかったのです!」


「あははははっ! そうか、そうかっ! よーしっ、また水草採ってきてあげる……けど、今はちょっと……くぅ……」


 カワセミはそのまま寝息を立て始めてしまった。


「どうしたんだこの人……?」


 旅人が呆れて見ていると、一匹のイモちゃんがよちよちと木のジョッキを胸に抱えてやって来た。


「んっ? くれるのか……?」


 旅人はイモちゃんからジョッキを受け取った。中身はどろりとした謎の液体だ。

 旅人がチラリとイモちゃんの顔を見れば、円らな瞳がじっと様子を伺っている。


(ぐっ、飲めって事か……!)


 旅人は意を決してそれを飲む。

 途端に胃の奥の方から何やら暖かいものが込み上げてきた。


「あっ! これ、リキュールだっ! 美味しいぞっ!」


 ジョッキの中身は桑の実を熟成させた果実酒だった。

 旅人はまさかお酒が飲めるなどとは思ってもみない事だった。


 こくりこくりと口をつけると、周囲のイモちゃんたちがよちよちとお代わりを運んできてくれる。

 彼らもどこか嬉しそうにしていた。


「旅人さん、葉っぱさんもとても美味しいですよ」


「うん。貰うよ」


(ああ、本当に楽しいなあ……)


 最初はどうなる事かと思っていたが、やはり連れて来てもらって良かったと、旅人は改めてそう思うのだった。

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