第3話 旅人、森に立つ。
「ところで旅人さんはやっぱりあれですか? 虫さんを捕まえに来たですか?」
一通りはしゃいだミノスケが改めて旅人に問いかける。
「い、いや、違うけど……本当に旅人って呼ぶ気なの……?」
「旅人さん旅人さん。しかしですよ旅人さん。人間さんはこう、ぶーんぶーんと、虫さんを追いかけ回すですよ? ご存知ですか旅人さん」
ミノスケは楽しげに虫取り網を振り回すようなジェスチャーをしている。
結局、本当に旅人と呼ばれる事になってしまった青年は苦笑しながら返事をする。
「いや、しないから」
「おおー、そうなのですね。それは安心したですよ……」
言葉と裏腹にガックリと項垂れるミノスケに、旅人は思わずズッコケそうになってしまう。
「なぜそこで落ち込む」
「いえいえ、本当に良かったですよ旅人さん。旅人さんが虫さんを捕まえない人間さんで……」
ミノスケはまた足元の芝をほじくり返している。
「分かったから、それやめろって……」
旅人は先ほどから微かに体力が戻り始めているのを感じていた。
(最後にもう少し、このおかしな子に付き合ってみるのも悪くないかな……)
旅人はぐっと力を込めると昨夜から身を預けていた巨大樹を支えに立ち上がった。
軽い目眩を感じるも、体調自体は悪くない。むしろ以前より力が増しているような気さえして旅人は不思議に思う。
「おおー、立ったのです! あの旅人さんが、ついに立ち上がる時が来たのです!」
「どの旅人さんだよ……それで、どこの虫を捕まえに行くって?」
パチパチと手を叩いて喜んでいたミノスケがぴたりとその動きを止める。
「虫さんと言えば、当然あのカブトムシさんなのです……昆虫界最強と恐れられる剛の者さんなのですよ……」
「どのカブトムシさんかは知らないけど、それは楽しみだな」
「おおー、さすがは旅人さんなのです! 修羅の道行くお人なのです! わーい、わーいっ!」
「ハハッ……さっぱり意味が分からない」
旅人が苦笑していると、目の前に小さな手のひらが差し出された。
「ん……?」
「迷子さんにならないようにミノスケとしっかり手を繋ぐのですよ? ミノスケは旅人さんにとってお母さんのような存在なのですから!」
「何言ってんだ……」
ミノスケは「えへん」と小さな胸を張り、つま先立ちで背伸びしている。
それでも旅人の胸元ほどの背丈しかないのだが、ぶんぶんと手を振り、早く掴むよう催促してくる。
「仕方ないな……」
旅人はミノスケの手をそっと握った。とても小さくて暖かな手だ。
旅人はその手に導かれ、この先幾多の困難に立ち向かわされていくのだが、その時はまだ知る由もない。
「ここから旅人さんの新たな旅が始まるのです!」
「はいはい……」
ミノスケに導かれるまま歩き出す旅人の頭上からは初夏の木漏れ日が優しく降り注いでいた。
まるでこの森全体が、旅人の再出発を祝福しているかのような光景である。
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