答え合わせ
黒詩嗣躯の供述によれば、実行犯は黄地玄男だという。
しかし、彼を復讐に駆り立て、その手段として義手を与えたのは自分であるとも自供している。あくまで黄地玄男は、黒詩嗣躯に唆されてひとを殺めたのだと。
実際、倉科昂樹の殺人に関しては、その心臓の傷から彼女の手によるものだと証明されており、またあの義手と義足の性能からして、他の事件も彼女が行ったものだとしても不思議ではない。
黄地玄男は一貫して自分の復讐がすべてであると語っているが、それも怪しいところだろう。
最終的には黄地玄男を実行犯として、黒詩嗣躯を首謀者、根岸和利を共犯者として立件される見通しだ。
そうそう、黒詩嗣躯謹製の義手は、オリジナルの破壊後、すべて使用不能となったらしい。
その辺りの塩梅は、私の管轄外ではあるのだけれど、新作義手の売り込みを大々的に行おうとしていたらしい瀬田コーポレーションとしては、どうやら小さくない打撃をこうむることになったらしい。ご愁傷様である。
……個人的に懸案事項としては、結局、ケース・マーダ―・サーカスとの関連性は不明のままだったことがあげられる。
周囲に認識されないという事件性は、確かに類似するのだが、それを可能とする才能──それこそナーサリークライムのような異常は、ついぞ見つからなかったのである。
ただ、黄地玄男の言ったすべての人間が見て見ぬふりをしたという言葉は、あまりに現実性に乏しい。
ひとは確かに恐怖に縛られることがある。
それによって、保身のために口をつぐむことはあるだろう。
だが、恐怖は逆に、ひとを多弁にさえするのだ。
だから、その一点に関してはあまりに不自然で、私としては疑念を捨てきれないでいるのだった。
誰かが彼らを裏で操っていたのではないかという疑問。
その存在こそが、すべてを隠蔽する犯罪詩の持ち主ではないかという疑念。
私はぬぐいきれないでいる。
あの日。
あの瞬間に出会った、最低最悪の犯罪者が、この事件に関与していたのではないかという疑惑を──
「まあ、現状ではどうにもなりませんね」
文字通りのお手上げをして見せた私に、周囲の視線がすこしだけ集まったが、特に気にもしない。
場所は、行きつけにしている隠れ家的喫茶店である。
今回の事件について、いろいろと便宜を図ってくれた人物にお礼をすべく、私はおめかしして待ち合わせているのであった。
一応の非番であるが、アルコールは入っていない。それはこれから、その人物のおごりでしこたま飲む算段であったからだ。
「かしこい、賢いです、私」
「なにが賢いか、大馬鹿者め」
「…………」
私の背後の席で、誰かが美しい声で毒づいた。
ちらりと見遣ると、嫌味なほど眩しい黄金が眼球に差し込んでくる。
彼の対面では、白い羊がもくもくとなにもつけていないスコーンを頬張っていた。
「……紅茶、気に入らなかったくせにまた飲んでいるのですか」
「気に入らなかったなど、一言も言っていない。今回の事件と同じだ」
「…………」
「──よしたまえ。僕にとて、恐ろしいものはあるのだ」
糾弾の視線を、微笑みで打ち消しながら、彼は私に問う。
「それよりも、僕に聞きたいことがあるのだろう壬澄? そんな顔をしている」
そう言われて、私は盛大なため息をついた。
そうして背中合わせに、私たちの答え合わせは始まった。
「みっつ、訊きたいことがあります」
「聞こう」
「ひとつ」
私は珈琲の中に角砂糖を投げ込む。
「黒詩嗣躯が、本当に殺したのは誰と誰ですか」
「……ふたつめの質問を当てて見せよう。彼女の犯した不可能犯罪とはなにか、だね?」
私は無言で頷き、ふたつめの角砂糖を珈琲に投げ込んだ。
黄金の少年紳士は、すこしだけ思案するようにどこかを見詰めた。
「誰と誰というのだ。解っているね」
「あなたの口から聞きたいんですよ」
「……倉科昂樹と、ジャック──ジャック・C・フットレル義肢職人。彼女の、師匠だ」
殺されたのはやはりふたり。
では、その共通点はなんだろうか。
少年は、どこか悲しげな声で、言った。
「ジャックは自ら彼女に殺されることを選んだ。師匠として、すべての技を彼女に与え、すべての業を彼女に背負わせて。彼女の、あの砕かれた義肢となることを選んだ。知っているかね、壬澄」
犯罪王は、哀憫を口の端の乗せるようにして、こう囁いた。
「黒詩嗣躯は、生まれついての四肢欠損症だ。彼女はこの世界に産まれ堕ちた瞬間から、手足を持たないものだった。そんな彼女が独力で、師を殺し、義肢を作り上げる──これ以上の不可能犯罪が、あると思うかね壬澄?」
彼女は口にナイフを加えて、最愛の師匠を解体したのだよ──
少年の声は、幾ばくかの愁いを帯びていた。
「嘘ですね」
そうして、私はそれを否定する。
「やさしい嘘です。でも」
私はそれに、騙されてあげるわけにはいかなかった。
なぜなら犯罪王は、かつてこう言ったのだから。
不可能犯罪と、超常犯罪は明確に違うと──そうして彼は、その事件を不可能犯罪と呼ぶのだから……。
「自らの肉体を自らで解体し、そのいのちが尽き果てる瞬間まで弟子を愛し続けた。確かにそれは──
私の皮肉に、彼が苦笑する気配があった。
そこでふと気が付く。
つまりは、そういうことである。
「……死に瀕しながら、なお死ねないものを苦痛から解放する。それが、彼女の殺人理由ですか」
私の問いに、彼は答えなかった。
当然だろう、質問はみっつまでなのだから。
私は、一度だけ瞑目した。
倉科昂樹は最後まで事件を追い続けた。
黄地玄男を追い詰め、事件の真相に迫った。そして彼に抵抗され、その頭部に打撃を受けた。
……それでもきっと、彼は諦めなかったのだろう。
だからこそ、黄地玄男が重ねた殺人と同じ方法で、黄地玄男には不可能な場所で殺されることになった。
頭部の傷と、あれほどまで暴力的で、段階的な破壊の理由はそれだったのだ。
或いは、彼女は懇願したのかもしれない。
指を折って、これ以上自分たちを追わないでくれと、爪を剥いで、腕を引きちぎり、脚を砕き、耳を削ぎ、鼻を捥いで、目を潰して……
見逃してくれと、脅迫したのかもしれない。
だが、なにをしたところで黄地玄男が逮捕されるのは目に見えていた。
なら……その嫌疑が他に向くようにするためになにが必要だったのか。
彼女は殺したのだろう。
最後まで屈しなかった彼を。
せめて、一息に。
ただし、打算的に利用して。
そして──
「 だれか止めて
あなたが止めて
あなたの信じる人が止めるために
くるしいの?
くやしいの?
だいじょうぶ、すぐに
すぐに、楽にしてげるから
むだになんてしません
だいじょうぶ、ひとを殺すのは、二度目です」
羊が歌う。
誰かの言葉を。
誰かの苦しみを終わらせた女性の声で。
「……みっつめです」
私は珈琲に最後の角砂糖を投げ込み、犯罪王へと訊ねた。
「なんのために、片羽根の鳥たちは殺人現場で歌を奏でたのでしょうか?」
ANSWER.
「互いを愛していたから。それ以外の理由で、クロウタドリが鳴きはしないさ」
いつか事件が露見することを彼女たちは知っていた。
もしそのとき、自分が現場にいる証明をすることができれば、はたして誰が犯罪者を疑うだろうか。
義手が歌を奏でるのなら、それこそが最大の
人殺しが人殺しをしたと言って、それを疑うものなどいない。
連続傷害事件も、連続裂断事件も。
その真犯人はどちらも、ただの殺人者だったのだから。
「恋を知ったが故に、愛のたまものでひとを殺し。芸術としての輝きを失い、ひととしての理性も失いながら、しかしこれ以上なく人間らしい営みの歌を紡ぐ。ああ、それはなんとも矛盾する愛の結晶だろうね。ゆえに、あのナーサリークライムへ名を与えるなら、こうなるだろう」
若き犯罪王が名付け、そして破壊した歪な愛の物語は、こうして他の誰にも語られることなく、闇の中に消えていく。
黒い小鳥たちが、夜の闇に溶け込むように。
その、うつくしい求愛の歌だけを残して。
「では、縁があったらまた会おう、壬澄」
彼もまたいなくなる。
白い彼女とともに、忽然と。
私はテーブルの上のコーヒを手に取り、口をつけた。
強い甘さと、ぬぐえない苦味だけが、その黒い液体のなかには同居しているのだった。
「──おや、待たせてしまいましたか、あなたが時間通りに現れるなんて珍しいこともあるものですね」
「失敬な。私は定刻通りの女と呼ばれています。あなたこそ遅刻ですよ、劉小虎?」
「ですが、ミスミン」
ミスミン言うな。
刑務所にブチ転がすぞ。
「まったく……そんなだからモテないんですよ」
私はため息と共に立ち上がる。
傍らには食えない笑顔を浮かべた糸目のマフィア。
彼は私にだけは言われたくないと笑う。
私は、それを無視して彼の手を取る。
「劉さんはモテない顔をしています。だから……仕方がないので、私がデートしてあげます」
私たちは歩き出した。
「光栄な話ですねェ……ところで昼食はなにがいいですか?」
「はい、牛丼を所望します。玉ねぎがいっぱい入ったやつです」
「
「詳しく聴かせて下さい」
そうだ、私たちは歩き出す。
先の見えない暗闇ではなく。
明るく照らされる、光射す世界へと。
夜目のきかない鳥たちが、それでも安心して飛び続けられる世界を守るために。
第二講義 ブラックバード=ダブルスタンダード 終了
第三講義に続く
ナーサリークライム Re;bake ~森屋帝司郎の犯罪帝王学~ 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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