第9話 黄昏の王国

○世界崩壊の経緯


 ――あれから何度交渉しても彼との和解は不可能だった。


 NOのプレートに乗り続ける昆虫。


 ――二代目ソーティスがソーティスでない理由は誰にもわからなかった。もちろん彼本人にも説明できなかった。


 困惑するソーティス。


 ――ソーティスと同じ顔の彼女を襲うことはなかったが、虫たちは猫たちを襲った。


 襲撃にあう猫たち。


 ――殺虫剤がそこらじゅうに撒かれたが、死んだのは昆虫の総数にはほど遠い数でしかなかった。


 殺虫剤を散布するヘリコプター。


 ――そもそも昆虫たちが主に食い荒らしたのは原生林だった。


 減っていく原生林の模式図。


 ――そんなことをしたら昆虫も絶滅し、ウィルス型知性も死滅してしまうのだ、との説得は行われたが、回答は「先刻承知」とのことだった。これは彼なりの自殺だったのだ。


 「そーてぃす の いない せかい に いみはない」と答える虫たち。


 ――そして世界的な気候変動と食糧危機がやってきた。



○荒野


 草がなくなり木が枯れた荒野。世界が滅んだ後の光景のよう。

 しかし、日よけにフード付きマントをまとった猫の一団がよたよたと歩いている。

 まさに終末である。



○旧レンの屋敷


 そんな終末の光景を窓から見ているアーク。


アーク「また来たが、用意できるものはあるかな?」


 アーク、振り返る。

 シュト、レンがいる。室内はすでにがらんとしていて、何もない。


シュト「干し魚は最後です。水も」


 シュト、奥から干し魚とペットボトルを持ってくる。


レン「いろいろやってみたが、もうそろそろかな」


 レン、そう言いながらドアを開ける。

 フード付きマントの避難民が立っている。


避難民「もしあればでいいんですが、食料と水があればおわけいただけないでしょうか……?」


レン「これで最後です。ここももうダメですね」


避難民「貴重なものをありがとうございます。しかし、これで最後なら本当に受け取ってしまってよいものでしょうか? 共に南に逃げませんか?」


レン「南に? 何があるのです?」


避難民「あちらには海もあるし、太陽電池で動く機械で海水を濾過できると聞いています」


レン「そうですか。しかし、我々はここで最期を迎える覚悟はできています」


避難民「……わかりました。お別れですね」


 避難民、頭を下げて去って行く。


レン「やはりつらいな」


 レン、苦しげな顔である。


アーク「僕らは何とかしようとズルズル居残ってしまったが、もう終わりだな」


レン「我々は死ぬとして、だ」


 レン、部屋の隅に目をやる。

 機能を停止されたソーティス2が眠っている。


レン「彼女はどうしよう?」


アーク「僕らの無能で彼女には悪いことをしたな。作って、勝手に放棄したというわけで」


レン「よくやってくれたな。何度も彼と交渉してくれたからな」


アーク「しかし、猫たちの最期を見せるわけにはいかないしな」


レン「種族の最期というのはいつも悲しいな。とはいえできることはやった」


アーク「禁じ手の遺伝子改造にも手をつけたしな」


 アーク、部屋の脇にあるチェストに目をやる。そこに電子顕微鏡と薬品が並んでいる。


レン「結局、人類会議にもかけたが、この星でウィルスごと滅ぼせということだったし」


アーク「かくて世界は終わる……か。

         我ら空猫

         我ら襤褸猫

         共にもたれ合うも、悲しいかな頭の中は藁」


 そこにシュトが声をかける。


シュト「その悲しい詩はなんですか?」


アーク「大昔の世界の終末についての詩だよ」


シュト「終末が現実のものになると、実感はないものですね」


アーク「ああ。その詩の最後はこうなんだ。

         こうして世界は終わるのだ

         バーンとはいかず囁くように」


シュト「この世界そのものですね」


アーク「どこもそうさ。爆発や戦争があったとて、生き残る者はいる。そして、彼らは静かに死んでいくしかない」


レン「我々もその時は静かに逝くことにしている。その前に派手に肉体を放棄したい者はできる限り生者を救うというのが不文律さ」


アーク「さて、どこで死ぬか」


レン「やはり海岸に行くか。何もないとわかっちゃいるが、波が立っているだけ寂しさが薄れる」


 アーク、レン、顔を見合わせて笑う。


シュト「あの……本当に行かれるのですか?」


アーク「大丈夫。君もさ」


 アーク、シュトを見る。

 不思議そうな顔をするシュト。


シュト「どのような意味ですか?」


アーク「この星の文化を残すために数人が僕らと同じく意識体としてアップロードされた。君の意識もアップロードしたい。そういうことさ」


シュト「そして別の星で、別の身体で生まれ変わるというわけですね」


アーク「そうさ。もちろん実際にそうするかどうかは君の意志で決めて良い。まぁいろいろと爽快感のある選択ではないことはわかっているから」


 シュト、考え込む。そして、意を決したように。


シュト「これまでアーク様にお仕えして、素晴らしい時を過ごさせていただきました。さらに永遠の命まで与えて下さるご意志を示して下さったこと、本当に喜びに感じます。しかし、最期のわがままを許してくださるでしょうか?」


アーク「もちろんだとも」


シュト「自死に繋がるとも思いますが、私の考えを実行して終わりたく思います。僭越ではありますが、最期に可能性に賭けたいと」


 アーク、少々驚いた、という顔に。


アーク「いいとも。何でも言ってくれ」


シュト「では、虫たち……つまり、彼との対話をお許し下さい。そして、その前に、スイッチを切って保管してあるソーティス様を目覚めさせ、私に……」


 その最後の言葉はアークにしか聞き取れない。


 アーク、真に驚いた顔になる。


アーク「そんなことをしたら、君の意識はアップロードできなくなるぞ」


シュト「覚悟しております」


アーク「わかったよ。そういうことだ。レン、最期に一働きしようじゃないか」


 アーク、レン、共にうなずく。


○荒野


 シュト、ソーティス2とともに虫だらけの荒野を歩いて行く。前方には小高い丘があり、そこを目指している。


 窓からアークとレン、それを見ている。


 ――正直なところシュトの選択の意味は、僕にはこのときよくわかっていなかった。僕たちのやり方が気に入らず、意識体になりたくないのだろう、くらいに思っていた。


 シュト、ソーティス2、丘の上に立つ。敵対的に虫たちが周囲を飛び回っている。黙示録的な光景。


 ――しかし、シュトがやりたかったことは、ソーティスの言葉を証明することだったのだ。個人同士ならわかりあえると。


 ソーティス2、丘の上に座り、膝の上にシュトを載せる。


 ――シュトは免疫系を抑制し、自分の体内にウィルスを大量に取り込んだのだ。シュトと“彼”は一体になった。


 シュト、ソーティス2に撫でられる。

 喉を鳴らし始めるシュト。


アーク「ああ……。そうか、わかったよ、シュト……」


 見ているアーク、涙を流しはじめる。


レン「結局、我々は間違っていたというわけだ」


アーク「ああ、そうだな。うまく言えないが……僕らは傲慢だったということか」


レン「違いない」


アーク「ああ、シュト……」


 丘の上でソーティスに撫でられながら喉を鳴らしていたシュトの声が弱まりはじめる。

 敵対的に飛んでいた虫たちが、段々と地面におりはじめる。


 虫たちがソーティスとシュトにひれ伏すかのように周囲を埋め尽くしていく。


 そして、シュトが息を引き取る。

 その瞬間、虫たちが祈るように前足を掲げる。

 中心には、聖母像のごとき姿となったソーティス。


 陽が沈み、ソーティスとシュトの姿が影となる。



○未来都市


老猫「……というわけで、昆虫と猫は和解したというお話」


 未来都市の快適そうなリビング。窓の外には自然と共生した街。浮遊機械などが飛んでいる。

 リビングには老猫と子猫。ソファに座った老猫と、絨毯でゴロゴロ転がりそれを聞いていた子猫。


子猫「それが、あの絵の意味なんだね」


 子猫が見上げた先に絵がかかっている。ソーティスとシュトの姿を描いたものである。


老猫「そうだよ」


子猫「でも、意味わかんないなー。どうしてモフられただけで和解するの?」


老猫「それが神の愛だと教典は伝えている。しかし、まぁ、愛している存在に柔らかく触れられるということが快感だったということに過ぎないんじゃないかな」


子猫「そんな簡単なことを言うための話なの……? やっぱり、昔の人って馬鹿だったんだね。ずいぶん前の話なんでしょう?」


老猫「ざっと五千年くらい前のことかな。でも、当時の人もそこまで頭が悪かったわけじゃないと思うよ」


子猫「そうかな。やっぱりモフられ教の教典にある話なんて信じられないよ。そんな話を信じていたんだから、やっぱり馬鹿なんじゃない?」


老猫「確かにもう信じる人はあまりいない話だな」


子猫「そうでしょ? 大きな女の人もお話の中でしか見たことはないし、虫が意識を持ってるなんてこともあり得ないよ」


老猫「意識なんて難しい言葉を知ってるな」


子猫「勉強したもん。だから、もうおとぎ話や神話なんて信じないんだ」


老猫「信じなくていいさ。私は信じてるけどね」


子猫「おじいちゃん、頭良いのに、どうしてそんなこと信じるの?」


老猫「そりゃあ、私がそれを見てきたからさ」


 老猫、意味ありげに微笑む。


 子猫、まじまじと老猫の顔を見つめるが、やはり信じられないと首を横に振る。


子猫「変なの。それじゃあ、遊んでくるね」


 子猫、走り出す。

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猫の手いまだ借りられず 水城正太郎/金澤慎太郎 @S_Mizuki

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