第7話 小さな恋のDNA

○レンの屋敷


 ――僕らはこの猫の星の住民からすれば転生を続けているようなものだ。


 原始時代の猫たちの中、火を差し出している一匹の猫。


 ――各時代で文明発達のきっかけを与えて長い時間を過ごしてきた。


 土器を作っている猫、鉄を鍛えている猫、車輪を作っている猫、火薬を爆発させている猫。


 ――その間、終末論が流れたことは何度もあった。


 ノストラダムス風の猫、「終末は必ず来る」「ネコと和解せよ」と書いた看板を掲げている猫。


 ――しかし、今回ばかりは終末が本当にやってくるかもしれない。


 レンの屋敷でモニターを見ている面々。

 モニターは報道番組。


ニュースキャスター「全国で昆虫たちの普通でない行動がはじまっています。これは猫聖教ソーティス派の教会の異変に端を発したもので、具体的には集団化とソーティス教会への移動がはじまっています」


 報道では各地で昆虫の大移動が起こり、混乱している街の様子を伝えている。

 道路が通行不能になるほどの昆虫の群れや、太陽光を遮断するほどの昆虫群の飛翔が見られる。


ニュースキャスター「弾丸コガネ、蜂による怪我も各地で多発しています。安全なところに隠れているようにしてください。扉や窓を閉めてください……」


 猫のけが人が運ばれている病院の様子。


アーク「えらいことになってるな」


 アーク、レンにソーティスのデータカードを渡す。

 レン、半田ごてで電子工作を続けながらそれを受け取る。


レン「データを読める機械が出来るまであとちょっとかかるんだが、どうも虫の支配者は待ってくれない空気だな」


 レン、電子工作を急ぎながらぼやく。


レン「しかし、襲撃も起こっているわけではないし、昆虫ではそれほど致命的な施設等への破壊は難しいようだ。行動からするに、ウィルスの知能も低いようだし、これはさほどの事態にはならないんじゃないか?」


 スフィンクス猫、PCをいじっていたのが顔をあげる。


スフィンクス「そうもいかない。長期的に昆虫が本来の行動を無視し続ければ、植物の受粉に影響がある。生態系が乱れて全種族が滅びる」


レン「原因の解明は急務か。しかし、謎が多くてわかるかどうか……」


スフィンクス「いろいろ推測してはいる。虫たちを支配しているウィルスはやはり特殊な形の知能を持っているということのようだよ」


 スフィンクス、PCの画面を見せる。画面には電磁波の測定結果が。


スフィンクス「虫から電波が出ているわけじゃないし、受信しているわけでもない。ウィルスが寄生することにより虫の知性を乗っ取るということのようだ」


アーク「ほ乳類を乗っ取るということはないのかい?」


 スフィンクス、難しい顔になる。


スフィンクス「あるだろう、としか言えない。あるいはもう体内に取り込んでいるかもしれない。ただ、ほ乳類の場合、昆虫のようにコントロールされるわけじゃないだろうね。強い志向性を何かに対して持たされる、という効果しかないようだ」


アーク「すると、空腹になったり、光がまぶしくなったり、程度はあり得るわけだ」


スフィンクス「そういうことだ。昆虫が最もコントロールしやすいのは確かだな。ウィルスもほ乳類の体内では早期に死滅してしまうし」


アーク「すると、ウィルスによりどのような志向性が植え付けられたかが知性の証拠になるのか」


スフィンクス「漠然とした概念を数回の試行で達成する程度のことはできそうだ。この場合、ソーティスを守る」


アーク「そうなるとどうやって宇宙から来たか、が問題になってくるわけだ」


レン「そこでタイミングよく完成したぞ、電子工作」


 レンが工作していた基板を出してくる。


レン「太古のフォーマットを読み取れる基板だ。カードを載せればコーデックは共時性ネットワークに保存されていたもので現在のモニターに写せる」


アーク「ありがたい。ソーティス製作時の映像か。古すぎて想像もできないが」


 レン、カードを入れてモニターにファイルを表示する。


レン「写真が多いな。まず全ファイルのコピーをとってしまおう……。お、我々には必要ないが、絵文字と単語、発音の音声ファイルがかなりの量ある」


スフィンクス「古代人類が他文明に読まれることを想定したファイルか。そうなると、今回のことに言及している可能性は高いな」


レン「さて、このファイルが怪しい。見てみるか」


 レン、映像ファイルを指示する。


 モニターに研究者の顔が映し出される。大学のものらしき研究室で、PCとファイルの山を前にしている。研究者の顔は、どちらかといえば細くしたアーノルド・シュワルツェネッガーに似ている。


研究者「これを見ている人はソーティスからファイルを受け取ったのだと思う。そうならば幸いだ。ソーティスが動いていれば翻訳ができるだろう。言語の習得だけは早いはずだ。ソーティスがなんらかのきっかけで破損しているなら、翻訳用のファイルで解読を進めてほしい。とはいえ、急ぎのこともあろうから、絵文字で要点について示したファイルも用意してある。これもそれほど長い動画ではないが、詳細を語るためのものだと思っていただきたい」


 研究者、ウィルスの画像を出してくる。横には大きさの対比画像。人間の手、指、指に生えた毛、と拡大し、細胞、と対比。小さい方では標準の原子としての水素原子との対比がされる。


研究者「ウィルス型の知性の研究は、昆虫に寄生するかたちで進められた。最終的には昆虫をワーカーとして使用するレベルまで引き上げるのが目標だった。そして、それは条件付きではあるが、成功した。マーキングされた物体だけでなく、昆虫の判断力を利用することも可能となった」


 働く昆虫の画像。花粉の受粉に、マイクロカメラによる映像の撮影など。


研究者「しかしながら、その知能は我々の想像を超えてひろがりはじめた。ウィルスが群体として知性を持ったというのが正しい表現だと思う」


 ウィルスの集合体=脳、のイラスト。


研究者「昆虫の知能について甘く見ていたという表現は正しくないだろう。ただ昆虫同士のコミュニケーションの繊細さに気づいていなかったというところはあるかもしれない。ともかく、ウィルスは昆虫間での特殊なコミュニケーションを通じてネットワークを作成し、それ自体でほ乳類程度の知能を持つまでになったのだ」


 文字の書かれたカードが複数置かれており、そこから文字を選定する昆虫。


研究者「当然ながら人類は“彼”とコミュニケーションをとろうとした。ワーカーとしての労働を拒否した彼の意思に我々も従ったが、それだけではおさまらなかった。彼は強固な進化への意思を持っていたのだ」


 人間を襲う昆虫の図。


研究者「ウィルス知性としての進化がどんなものかは我々にはわかりかねたが、ともかく我々はウィルスの自己複製を可能にする昆虫の成育圏を確保し、人類とは限られたコミュニケーションしかとらぬようにした」


 バリケードに囲まれた昆虫の住む森の写真。


研究者「しかし、当然ながら人類と彼の関係は些細なことから悪化していった。基本的には彼の知性がそれほど高いものでなかったことに起因するとはいえ、彼の能力からすれば人類にかなりのダメージを与えることが可能だったことからすれば、そうなることは必然だったかもしれない。我々は彼の追放を決定した」


 地球から追放されるウィルス型知性の模式図。


研究者「追放は困難かと思われたが、思わぬところに突破口があった。ソーティスだ。元はひとりの研究者の私用コミュニケーション・アンドロイドだったのだが、ウィルス型知性とのコミュニケートにかり出された結果、良好な反応を得たのだ。そして、最終的に人類とこじれた際に、彼の行った要求は、ソーティスの引き渡しだった」


 研究者、考え込むような顔になった後、一拍おいて言う。


研究者「彼の知性がどのようなものかは我々にはわからなかったが、慣習的な表現を用いれば、このウィルス型知性は、ソーティスに恋をしたのだ」


 モニターを見ていたアークら、衝撃を受ける。

 そのとき、レンの電話が鳴る。

 電話を受けたレン、「……わかった」とだけ答えて、モニターをいったん切り替える。


 モニターには、ソーティスの神殿に生成された木を火炎放射器で焼いている兵士たちが映る。


レン「こちらが解決法を見つけるまでやめろと言っておいたんだがな」


スフィンクス「おいおい……しかし、今回の話をまだ最後まで聞いていないが、推測するに……」


アーク「モフられの面々が入院している今が焼いてしまう好機だという判断が働いても仕方ないが……考え得る限り最悪の対応が行われたってこことだな」

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