第3話 モフられたい
○神殿(昼)
アーク「さて、これをどうしたものか」
神殿の周囲には猫がおびただしい数集まり、ソーティスの前に列を作っている。
シュト「アーク様、ニュースが」
執事のシュトがタブレットに表示されたニュースを見せる。
『異星の脚は魅惑的? 撫でられる快感にはあらがえない』
アーク「あの撫でられたヤツが新聞社に感想を話したのか」
シュト「マタタビ以上の酔いと安堵感、と語っています。映像もありますが」
アーク「見る必要はないだろうね。この集まり方じゃ新たなニュースがすぐにあがってくる。それより対処をしないとな」
シュト「どのように?」
シュト、メモを用意する。
アーク「チケット発行。有料化、抽選制とすることをこの場で発表。取材メディアにも伝えてくれ。チケット管理はどこかの業者に任せてしまっていい」
アーク「家の横に建物を作って中にソーティスが隠れられる十分なスペースを。工事予算は任せる」
アーク「ここまでの騒動で警察もそろそろ来るだろう。こちらがとる対応方針を伝えて、封鎖をお願いしてくれ」
シュト「承知しました」
神殿を取り巻く猫たちの前でシュトがアークの指示通り発表。
やがて警官がきて猫たちを返しはじめる。
神殿の横に小屋が建設されはじめる。
やがて日が暮れる。
○神殿(夜)
ソーティス、小屋の工事進展を眺めている。
ソーティス「もうちょっとキュートな建物がいいんだけど。姫路城みたいなの」
アーク「姫路城……なんだ、冗談か」
ソーティス「文化ギャップ感じるよね~」
アーク「僕も君も馴れていくさ」
ソーティス「わたしの可愛さには馴れて欲しくないな~」
アーク「僕はもう馴れた」
ソーティス「ショック。でもまぁ可愛い小屋にして欲しいってのはホント」
アーク「これで資金が入れば君の自由にするから」
ソーティス「猫を撫でる労働なのね」
アーク「うーむ、否定できないなー」
ソーティス「ま、いいけど。わたしは社会に貢献する仕事をすべきだわ。できないけど」
アーク「できないんじゃしょうがないな……」
○小屋(昼)
ソーティスの小屋に並んでいる猫たちの列。列を整理するハンドマイクを持った猫が「ひとり五分です」と声をあげている。周囲には食べ物の屋台が並び、ペットボトルの水とビールを売っている者は移動販売をしている。
アークは神殿内からそれを眺めている。シュトが給仕をし、コーヒーを飲んでいる。
と、列にいる者の姿に気づいて、アークは歩き出す。
アーク「君も並んでいるのか」
アークが驚いて声をかけたのは聖職者。恥ずかしそうに誤魔化しながら弁解する。
聖職者「いや、同胞愛の表現というか、その、教えにも背かないということで……」
アーク「いや、責めてるわけじゃなくてね」
アーク苦笑い。
○神殿(夜)
ソーティス、夜の神殿でアーク相手に語っている。神殿から離れて警官たちが守っているので、周囲には誰もいない。
ソーティス「猫たち可愛いね~。ま、私より可愛くはないけど」
アーク「とはいえ、この星じゃ君、身体でかいからね」
ソーティス「でかい可愛さもあるよ~」
アーク「身体といえば、君の身体、稼働し続けいていると百年は保たないから、意識をアップロードしておくように準備するから」
ソーティス「意識のアップロード?」
アーク「君の時代では無理だったけど、人工知能でも自我があるものは意識を複製保管できる。肉体が滅びた場合でも、どこかの星の有機体に意識をダウンロードできるというわけさ。僕らの時代から人類はそうしてきた」
ソーティス「ほえ~」
アーク「意識をアップロードするのに有機体だと耐えられない場合も多いけど、人工知能ならほぼ大丈夫」
ソーティス「あー、あなたが時々少し考え事をしたあと、何かを調べてきたようなことを言うのは、サーバーにアクセスして検索しているということなのね」
アーク「そういうこと。超高速はデータ内でのみ共時性を持つようになっている。人類はもうそこでしか時空間を共有していないんだ」
ソーティス「共時性ね。ルールは知ってる」
アーク「君はそっちのこと考えるタイプの人工知能じゃないな」
ソーティス「え? わたしが何も考えてないっていうの? 大正解」
笑顔のソーティス。
ソーティス「でも、それだけ人類が進んでいるなら、どうして猫たちを仲間にしないの?」
アーク「時間がかかるんだ。意識がアップロードできるのを無限の寿命だと勘違いすると、その後の生活が難しいものになる。社会全体がそういうものに準備ができるまで技術が進歩するまで待っているしかない」
ソーティス「確かに、なんかわたしたちだけ死なないのって不公平に感じちゃう」
アーク「僕からすれば罰を受け続け、義務を果たす感じなのさ」
ソーティス「わたしもそうなるの?」
アーク「いずれわかるさ、いずれ。知性体は肉体を持っている限り同じ過ちを繰り返す」
○神殿
――ソーティスになでられることの流行は、それからも一向に収束することはなかった。
相変わらず小屋に並ぶ猫たちの遠景。
――関連してソーティスのアイドル化も進行していった。
ソーティスとの写真、ソーティス人形、ソーティスのポスターなどが描かれる。
――その頃には初期に感じていたヤバい感覚はなくなっていた。
猫を膝に載せているソーティスのイメージ。
――しかし、本当に騒動になったのは、これからだった。
運転手付きの車が停まり、来客がある。レン(灰ペルシャ)である。
レン「君のところでえらいことになってるって聞いたぞ」
アーク「そりゃまぁ、ご覧の通りさ。コーヒーか? 紅茶?」
レン「紅茶を。はん? その様子じゃ知らないな。昨夜の記事だ」
アーク「知らない。何のことだ? シュト、紅茶を。運転手にも後で持って行ってくれ」
レン「さっさと記事を見ろ」
アーク、タブレットで記事を読む。
――確かに、これはレンがやってくるのもわかる。
記事「モフられることにより真の精神世界へ扉が開く!」
聖職者が熱く語っている写真が表示されている。
アーク「……まいったな。というか、モフられる……って」
熟読してアークが顔をあげる。
レン「教皇庁内で新派が誕生したととらえている者も多い。実際、そうだ。すでに反対声明に近いものが保守派から出ている」
レンがタブレットを指し示す。
アーク「……異星人であるソーティスは同胞だとしても、彼女が頂点となる秩序を作ってしまうことには問題があると考える。いまや彼女の膝が玉座に喩えられていることも教えに背くものであることは明らかだ」
レン「荒れないといいが」
アーク「飽きっぽいのが猫のいいところではあるが……」
――しかし、当然のように事態は大げさになっていった。
信者「モフられて司教も悟りをひらかれた! 我らも感じているはずだ! モフられるときの心からの喜び! 底知れぬ安堵感! これぞ神のなせるわざである!」
信者たち「モフモフ! モフモフ!」
すっかり新興宗教と化した集団が小屋近くで集会をしている。一段高い位置にいるのは、煽っている信者とあの聖職者。
聖職者「これまで教皇庁はお布施や位階によって貴賎を設けてきました。しかし、モフられることを中心にすれば、すべての者は平等なのです! ソーティス様にモフられる瞬間こそ救いの瞬間! ソーティス様は文字通り天が遣わしたのです! さあ、モフられ、その瞬間の安堵に心をふるるわせましょう」
信者たち「モフモフ! モフモフ!」
ぼんやりとそれを眺めているアーク。
――これは本当に越えてはならない線を越えたのではないだろうか?
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