第8話 二人目のソーティス

○レンの屋敷


アーク「教皇派の過激な連中にはチャンスだったろうが、最悪だな」


 アーク、モニターを見ながらつぶやく。


スフィンクス「ウィルス型知性は作った人間も詳細がわからないようだが、さすがに敵対行動は理解できるだろうしな」


レン「ともあれ、映像を見てしまってから、その後の“彼”とソーティスの道筋を調べよう。検索すべき画像とキーワードは拾えたのだから」


 レン、モニターを切り替える。

 再び研究者が画面に。


研究者「彼がソーティスに恋をしたということは理論化できない。それでも、恋としか言いようのないものだった。彼としてもソーティスに対して何をしたいのかわかっていなかったあたりも恋だといえただろう。なにしろ彼はウィルスのネットワークとしてしか存在していない知性なのだから、ソーティスには触れることができないのだ。人類としては、それを利用することにした」


 ソーティスの入っていたカプセルが映し出される。


研究者「ソーティスをこのカプセルに入れて射出し、その後、彼と交渉して同意を得た通り、彼のウィルスを凍結し、別の宇宙船で射出、後を追わせることにした。ごく簡単に言えば、それがこのファイルで伝えたかった経緯となる。ソーティスはこの図の航路を行く」


 地球を中心とした宇宙航路が表示される。


研究者「もしソーティスから話を聞け、このファイルを見ることができる程度の文明を持っている者なら、ソーティスを再びどこかに飛ばすことをお勧めする。そうでなければ、あなたの星からウィルスである彼が立ち去ることはないだろう。そして、それがどのような結果をもたらすかは誰にもわからないのだから。では、あなたの星に平和があるように」


 映像は終わるが、アークらは頭を抱える。


アーク「ソーティスもなぜこれを伝えなかったのか……」


レン「翻訳能力は見せてもらっていたが、どうやら映像再生能力もあったらしいな」


アーク「会話型だから、忘れることもあるんだろうが……。とはいえ、彼女がウィルスについてはしらされていなかったと考えられる」


レン「そこは仕方あるまい。しかし、この後の対処について考えなければ」


 スフィンクス猫、航路を表示したタブレットのディスプレイを見せる。


スフィンクス「航路から年号とウィルスの立ち寄った星を推測してみた」


レン「そうか、ソーティスの時代は超平面航法はないから、人類が彼らを追い抜いて行ったことになるんだな」


スフィンクス「そういうことだ。そうなると、彼らがどこで超平面航法を可能にしたのかが問題になるだろ?」


レン「じゃあその作業を頼んだ。こちらは対策を考えよう」


 レン、ニュースに画面を切り替える。

 パニック状態になったレポーターが街中で叫んでいる。


アナウンサー「大変です。各地で虫の反乱が発生しています。人々を襲っています。私もあちこちを蜂に刺されています!」


 街は逃げ惑う人々と、昆虫で埋め尽くされている。


アーク「思ったより対策を急がないといけないようだな。こちらはコミュニケーションをとるよう大統領に進言しよう。そしてやり方を考える。もっともそこで何を話すかが問題になるが……そうだな、ソーティスをもう一度作るという約束をすることで時間を稼ぐ」


 アークの提案にレン、ぽんと手を叩く。


レン「その手があったか。この星の技術では不可能だが、まぁ技術を前倒しで伝えてしまうのも悪くあるまい。それは私がやろう。それじゃあ、チームリーダーはこの三人で、あとはみんな協力してくれ」


 レンの言葉にその場にいた元人類一同、うなずく。



○大統領執務室


 共和国の大統領と接見しているアーク。大統領の周囲には数人の官僚チームが。


 大統領は三毛猫の女性。


大統領「……つまり、知能を持ったウィルスが原因というのはわかったわ。それと会話しろということも。どうやってウィルスが知性を持つのかわからないけれど」


アーク「説得が唯一の手段となるでしょう。ウィルス型知性については後で資料をご覧下さい。簡単にいえば、脳細胞が集まって知性をなしているのと同様、昆虫の一匹が脳細胞のようなものだと思っていただければ。普通の蟻や蜂が全体として知性的に見えるのに近いです」


大統領「後で解説を見ます。ウィルスの根絶は不可能なのですか?」


アーク「致死性がそれほどないウィルスです。つまり、昆虫と共生しているウィルスです。昆虫の寿命から言っても根絶は難しいでしょう。遺伝子を変質させたウィルスを拡散するという手段はありますが、どうやら向こうも自身の遺伝子書き換え能力はあると見えまして、不確実な手段ということになります」


大統領「恐ろしいことね。つまり我々も共生できれば大丈夫……いや、共生するしか手がないというべきかしら?」


アーク「おっしゃる通りです」


大統領「なにもわからずすいませんが、どうやってウィルスとコミュニケーションを?」


アーク「それはですね……」


 アーク、アルファベットの書かれたプレートを見せる。


アーク「向こうは簡単な言語なら理解できます。しかし昆虫の感覚器ですので、音声でのコミュニケーションは難しい。そこで視力です」


大統領「向こうの要求を聞いて、それに従えるかは私が判断するということね。しかし、そのプレートの文字は?」


アーク「彼の生まれた時代の文字です。こちらで翻訳して伝えます」


大統領「いずれにせよ。時間がありません。あなたを信用します」


アーク「恐縮です」



○荒野


 ――“彼”との交渉まで猶予はそれほどなかった。


 広大な畑がすべてイナゴに食い荒らされていく光景。


 ――飛蝗現象が各地で起き、将来の食糧危機は確実となっていた。


 植物が完全に食い荒らされた荒野にアルファベットのプレートが並べてある。


 ――ここでの交渉が失敗に終われば、この星は滅びる。


 大統領の車が用意されており、その中に大統領、アーク、シュトがいる。その外に大統領のSPたちが別のアルファベット・プレートを持って立っている。


アーク「指示通り文字を並べて下さい」


 SP、文字を並べはじめる。


大統領「この意味は?」


アーク「会話できるか? です。返答が可能ならプレートに対して反応があるはず」


 飛んできたイナゴの群れが地面に並んだプレートにたかりはじめる。YESの三文字。


 大統領とSP、驚いた顔になる。


大統領「三文字……その意味は?」


アーク「肯定の意味です。対話は可能です」


大統領「そ、それなら目的を聞きましょう」


アーク「わかりました。敵対しているかどうか聞きます」


 ――そして、対話は続いた。


   「我らと貴方は敵なのか?」

   「はい」


   「平和は可能か?」

   「いいえ」


   「敵対理由は何か?」

   「そーてぃす を ころした」


   「我らを殺すまで敵対するのか?」

   「はい」


   「我らを許すことは可能か?」

   「いいえ」


   「ソーティスを生き返らせることで平和は可能か」

   「はい」

   「はい」

   「はい」

   「はい」

   「はい」(大量にイナゴが寄ってきて真っ黒になるほど強い肯定)


大統領「やりましたね」


アーク「時間は稼げたというところでしょう。予定製作期間よりマージンをとってそれだけ待ってもらうよう交渉します」



○レンの屋敷


 レンの屋敷は雑然とした工房になっている。レンを中心に猫たちが働き、中央に寝ているソーティス二代目とケーブルで接続されたPCをいじっている。


 そこにアークとシュトが入ってくる。


アーク「進捗は予定通りみたいだな」


レン「おかげさんでね。この星の素材で人類の技術というわけさ。人工皮膚には難儀したが、鼠の皮膚に合成遺伝子をいれて培養できた」


アーク「人工知能はどうする?」


レン「新品にするしかない。我々のように人格となった人工知能に入ってもらうことも考えたが、ソーティス程度の初期人工知能となれば、新品のほうがいい」


アーク「名をソーティスとして、事情を教えればいいわけか」


シュト「あの、アーク様……よろしいでしょうか?」


 シュト、不安そうにアークに声をかける。


アーク「どうした?」


シュト「ここ数ヶ月でアーク様のおっしゃっていたことが真実だとおぼろげながら理解できたつもりです。アーク様を含む皆様は宇宙と通信して知識を共有されているのだと。しかし、そうなるとわからないことがあります。どうして宇宙船でやってきて、我らを救って下さらないのでしょう?」


 アーク、困ったように、しかし、暖かく微笑む。


アーク「その疑問は無理もない。しかし、我々は情報のみを共有しているのだ。情報伝達のみが共時性を持つ技術をもって、かつての地球時間で精神のみに共通した時間を共有している。宇宙航行には超平面航法といういわばテレポートのごとき技術はあるが、その運用には議決だけで共時単位で十年ほどの時間がかかる。違法のものもあるが、基本的には費用が払えないほどに高い。どこかの文明や生物が滅びるだけなら、意識をアップロードした方が早いというわけさ」


 シュト難しい顔であるが、納得したとうなずく。


シュト「なるほど。わかりました」


アーク「この作戦が失敗したら、意識のアップロードはこの星の者も対象になるだろう。全員とはいかないが。嫌な話だが、意識体には意識体の流儀がある。それに合致しない者は弾かれてしまう。古来よりその手の倫理問題だけは解決したことがない」


シュト「悲しいですが、納得するしかないと理解できます」


 そこにスフィンクス猫がやってきて口を挟む。


スフィンクス「お話のところ失礼。しかし、まぁ関連のある話だ。ウィルス型知性の超平面航法可能な円盤の正体がわかった。あれは、進化した昆虫だ」


 アークを含む全員、驚いた顔に。


スフィンクス「彼の飛行ルートを見たところ、違法の超平面航法実験をしていた種族が彼と接触、生体超平面航法技術を昆虫で実現したとのことだ」


レン「あの円盤は飛行できる生物ということか」


スフィンクス「単体か群体かはわからないがな。あの形態のものが現状で何体存在するか不明だが、今回の交渉次第では人類があれの殲滅を議決する可能性もあるな」


レン「意外に重要な交渉になるな……っと、ここでまずはソーティス再びのお目覚めだ。起動するぞ」


 レン、PCのキーを叩き、ソーティス2を起動させる。


 ソーティス2、目を開け、半身を起こす。


ソーティス2「おはようございます。って挨拶でいいんでしたっけ? もうちょっと可愛い方がいいかな?」


レン「そのままでいい。性格設定は良好だ」


ソーティス2「ともかくよろしくね。わたしが誰かの二代目だってことは知ってるから、できるだけ気を遣ってね。わりと繊細だから。おしぼりで顔は拭くけど、腋は拭かないくらいの繊細さ」


 ソーティス2、ひとりで笑う。


アーク「理解できない冗談もそのままか。レン、よく設定できたな」


レン「当時のものに近い辞書ライブラリが見つかったんだ。例の周波数も含め、どうやら完璧なようだ」


 レン、満足げにうなずき、アークを含む他の猫たちもほっとした表情。


 しかし、シュトだけが浮かない表情でいる。

 アーク、それに気づいて声をかける。


アーク「どうしたんだ? 違和感があるなら言ってくれた方がいい。僕らがいちばんソーティスの近くで生活していたんだ」


シュト「いえ、わかりませんが、違和感が……。ただ、それがなんなのかはさっぱり……。彼女は私も感激するほどソーティス様ですし」


ソーティス2「わたしはわたしだしね」


 レン、気を取り直して、手をパン、と叩く。


レン「ともかく、計画は動き出したんだ。期日通りにやるぞ。それまでに気づいたことがわかったなら最優先で報告してくれ。混乱しないようにモフられ連中はもちろん、他の者にもソーティス復活をさとられるなよ」



○荒野


 以前にイナゴと対話した荒野。再び同じ準備がなされている。

 リムジンには大統領とアークら以外に、ソーティスも乗り込んでいる。


 集まっているイナゴは先だってよりも大量になっている。


アーク「ではプレートを並べるように指示します」


   「ソーティスを生き返らせた」

   「はい」


   「平和を約束するか?」

   「それが そーてぃす ならば はい」


   「これからソーティスを引き渡すが、貴方は何をする?」

   「わからない そーてぃす に なにをするか わからない これまでも」


   「ソーティスの近くにいたいか」

   「はい」


   「ではソーティスを引き渡す」


アーク「それじゃあ、ソーティスを出します」


 大統領うなずく。

 ソーティス2、車を出る。


 周囲を取り囲んでいた昆虫が飛び立ち、ソーティス2の周囲をぐるぐるまわりはじめる。


大統領「これは……了解ということなのでしょうか?」


アーク「いや、なんとも。聞いてみましょう。SPに指示を出しますね」


 そう言った瞬間、外で文字プレートを並べる仕事をしていたSPに昆虫が一斉に襲いかかる。


アーク「なんだと!」


 驚くアークたち。すると、昆虫が文字プレートに集まりはじめる。


   「彼女は そーてぃす では ない」


アーク「失敗……したのか……」

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