第5話 奇跡か呪いか
○アパートの一室
ほぼ簡素な家具しかないアパートの一室でアークがコーヒーを飲んでいる。シュトも控えている。
――あれから現場は大混乱になった。
回想。爆発に混乱する猫たち。
――あれからというのは、もちろんソーティスが爆殺(!)されてからだ。
回想。まだ元の格好が認識できる程度のソーティスの死体。
――現場は悲惨なことになった。それはテロというより小規模な戦争だった。
回想。撃ちあっているモフられ派と正教会。
――ソーティスのバラバラになった身体は、モフられ信者たちが争って拾いあった。
回想。はっきりとは見えないが、ソーティスの死体を奪い合い、バラバラに分解していく猫たち。
――身体の奪い合いは、正教会との戦闘よりも激しくなった。
回想イメージ。段々と身体を失っていくソーティス。
――そしてソーティスの身体はバラバラに持ち去られた。
回想。何もなくなってしまった現場。
――僕はあの地を離れて街へ移り住んだ。
イメージ。そこかしこで続いている猫同士の戦争。
――それからさほど時は過ぎていないが、まだ小競り合いはそこかしこで続いている。
シュト「アーク様、教皇から関係の修復のためにお詫びしたいと連絡が入っていますが、いかがいたしましょう?」
アーク「教皇との面会なら顔を出さないわけにはいくまいよ。そろそろ争いも終わってもらわないと困るし」
○教皇庁
教皇庁の一室。単なる応接間にも見えるが、魚を主とした装飾が施されている。
ローブを着た教皇と、アークがテーブルを挟んでソファに座っている。派手な服の教皇の侍従とシュトが立って控えている。
教皇「この度はオブザーバーとしての契約の確認という形でわざわざご足労いただきまして、まことにありがとうございます」
アーク「契約はそのままで問題はないですし、僕としても活動は続けているつもりです。もちろん、ご心配のモフられについても、こちらは関与しておりませんし、良きかたちで収束するものと信じています」
教皇「魚を与えたもうた神のご加護があったものと。異端についても復帰を許す形で議会をまとめていく方向です。できればそちらとの交渉をお願いできないかと」
アーク「そうしましょう。こちらで動きますよ」
教皇「よしなに」
○ロールスロイス内
シュトの運転するロールスロイス・ファントム風のリムジンの車内。アークは後部に座っている。
――ソーティスの小屋が主戦場になったため、モフられの総本部は、身体を持ち去って安置した別の場所にある。
シュト「もうモフられ派の指導者とは話はついているのですか?」
アーク「ついているよ。心配してくれてありがとう。諸々うまくいくといいんだが」
車載電話が鳴る。
アーク「レンじゃないか。君からの電話とはろくなことがなさそうだな」
レンが自身の屋敷で電話を握っている画。
レン「ご挨拶だな。だがその通り。宇宙局から軌道上に異物が出現したと報告だ」
アーク「厄介なことになりそうなものなのかい?」
レン「超平面航法を使っているね。共時意識の中で現在こちら方面で航行しているものはいない」
アーク「人類じゃないのか」
レン「しかも、そいつは君が向かっている場所のはるか上空の静止軌道に入った」
アーク「なんてこった。するとソーティスのことを洗い直さないといけないってことか?」
レン「早計なことを言ってはいけないかもな。今のところはすべて謎と言う他はない」
○モフられ派総本山
広い敷地を囲んでいる壁。その向こうに高い塔を持った教会に似た建物が見える。建物にはソーティスの名が刻まれている。
アークの車が門の前に着くと、警備兵が寄ってくる。
シュト、窓を開ける。
兵士「一応どなたが乗っているかの確認だけさせてもらっている」
シュト、アークの座っている後部の窓を開ける。兵士に顔を確認させるアーク。
そのとき、アーク、ふと気づいて上を見上げる。
黒い雲が見える。それが動いている。
アーク、驚いて上空を指さす。
黒い雲と見えたのが昆虫の大群だったとわかる。
兵士「なんだ、あれは……」
アーク「大群だが、ただのヨロイ蝶だ」
シュト「大移動する蝶でしたか?」
アーク「そうじゃない。なにか異常が起きている」
シュト「蝶たちが何かを持っている……?」
ヨロイ蝶の一羽一羽は木の枝のようなものや葉のようなものを運んできている。
ヨロイ蝶たちは一斉にソーティスの教会にとりつき、木の枝と葉を貼り付けていく。
教会から信者たちが逃げ出していく。
兵士「これは奇跡だ……ソーティス様の……」
アーク「奇跡じゃないと言っても聞かんだろうな」
アーク、シュトに小声で耳打ちする。
シュト「しかし、これは奇跡か呪いにしか見えません……」
アーク「いずれにせよ、しばらく見ているしかなさそうだ」
ヨロイ蝶たちが次々にやってきて木の枝と葉を貼り付けていき、教会は段々と大きな一本の木のような姿になる。
神話的な大木の姿になった教会に一同言葉を失う。
――何も信じていない者でも奇跡だと思うだろう光景だった。
教会から逃げ出していた聖職者が、巨木を見て感動に目を見開き、やがて跪いて拝み出す。
聖職者「ああ……これぞ真の奇跡……やはりソーティス様は真に聖なる存在だった……。あの膝に抱かれた日々が思い出される……」
聖職者、感動に打ち震えながら信者たちを見回す。信者たちは感銘を受けた様子でうなずいている。
やがてアークに気づいた聖職者が興奮して走ってくる。
聖職者「アーク様! これぞソーティス様の奇跡なのです! 死して遺したお体から巨木が生えてきたのです! あなたの言っていたような普通の存在ではなかったのです!」
アーク「落ち着けとは言えないけれど、あれが奇跡でない可能性について少し心配してもいいんじゃないかな?」
聖職者「は? これが奇跡以外のなんだと? あなたはご自分が唯一の特別な存在から引きずり下ろされるのが怖いからそんなことを言っているのでしょうが……」
調子よくしゃべりはじめた聖職者の頬を背後から銃弾のようなものがかすめる。
銃弾のようなものはアークの車に当たり、めり込む。
聖職者「ひ……!?」
銃弾のようなものは甲虫である。
アーク「弾丸コガネだ……」
全員が上空を見る。黒い雲のようなものが再び出現している。
アーク、素早くドアを開ける。
アーク「中に入れ!」
シュトも運転席を開けて素早く中に。しかし、聖職者、兵士とも呆然としている。
アーク「早く!」
呼びかけるが、聖職者と兵士は動けない。敷地内にいた信者がバタバタと倒れていく。
聖職者「そんな馬鹿な! どうして……!」
聖職者と兵士も倒れる。
アーク、悲しげに首を振る。
アーク「車を出してくれ」
――この昆虫の反乱の原因はまだわからないが、これが奇跡でなく呪いだったことだけは確かのようだった。
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